第11話 アラサー社畜、レヴィアタンのいくら丼を食す

 それはさながら、ルビーの山だった。深紅に輝くその小さな宝石達は、それぞれが自らの美味しさを主張するように輝き、見る者の目を潤していた。それが海のように白米の頭上を覆っている光景は、まさに財宝が山となっているかのようだった。


 ♢♢♢


 青爺:めっちゃ綺麗だな

 ミレ:うまそ~~!!!

 はうる:絶対美味いやつやん、これ!!! ホテルのビュッフェみたい!!


 ♢♢♢


「おぉ~! 凄い! 綺麗ですねぇ、本当に、赤い真珠みたい!!」


 新城さんはキラキラした目でいくら丼を見ている。


「わ、私いくら丼が実は大好物でして……じゅる……美味しそう……」


 彼女はそのあとで、はたと気付いたように目を瞬かせると、上目遣いにこちらを見た。


「……あの、これって、一人前だけですよね……?」

「いえ、二人分ありますよ。ご心配なく」

「や、やったぁ!!」


 彼女は諸手を挙げて喜んだ。どうやら機嫌は直った様子である。ほっと息を吐き、いくら丼の盛られた茶碗を新城さんの方へ渡した。


「では、お先にどうぞ」

「え? 良いんですか?」

「はい。お客さんですし」

「ほ、本当?」


 彼女は嬉しそうな顔を作る。だが、すぐに気付いたように眉を寄せると、


「あ、で、でも最初に田中さんが食べないと、視聴者の皆さんが……」


 そう言いながら、ちらとコメント欄を見た。


 ♢♢♢


 しまむー:wwwww食べて良いよwwwww

 とりにく:新城ちゃんの食レポ聞きたいw

 としのり:いっぱい食べな!


 ♢♢♢


「や、やったぁ! じゃあ食べます! 食べさせて貰います!」


 彼女は飛び跳ねんばかりの笑顔を見せると、俺から茶碗と箸を受け取り、よだれを垂らしながらそこに盛られたいくら丼を見た。ほかほかのご飯があげる湯気に、いくらの光沢が踊っている。彼女は涎を拭うと、慎重にご飯をよそった。


「綺麗な白米に、いくら……! こんなの美味しいに決まってるじゃないですか……」


 彼女はごくりと唾を飲み下す。そのあとで、


「じゃあ、いただきます……!」


 そう言って、静かに目礼すると、いくら丼を口に放った。


 沈黙。彼女は置物のように固まってしまった。


「ど、どうしたんですか……?」


 正直、彼女の「美味しい」を待っていた俺は、不安になってしまった。


「まさか、不味かったですか?」


 ♢♢♢


 春巻き春男:マジ?

 じぇしか:でも確かに、鮭の卵じゃないしなぁ

 かーる:もしかしたら美味しくないのか?


 ♢♢♢


 師匠曰く、『アイツの卵? 結構美味いぞ』との事だったし、自信自体はあったのだが。まぁ、師匠はバカ舌っぽいしな。っていうかあの人人間じゃないし。あの人の味覚を基準に考えるのが間違いだったのかも知れない。


 マジか……失敗したなぁ……。


「ひ、ヒン……!」


 だが、そこでおかしな声がした。見ると、新城さんがくしゃくしゃに顔を歪ませていた。


「し、新城さん?」

「ヒン……ヒン……」


 彼女は肩をふるわせながら泣いていた。そして、


「こんな美味しいいくら丼、食べたことない……!!」


 とボロボロ涙を零し始めた。


「え、えぇ……?」


 ♢♢♢

 

 青爺:泣いちゃった!

 ミレ:泣く程かwwwww

 じぇしか:おもろwwwww

 

 ♢♢♢


「プリプリのいくらから、海のように深い味わいがどんどん湧き出してくる……! それとご飯が絡み合って、化学反応を起こしてます! し、幸せ! まるで、幸せのハーモニーです!!! 私、こんな幸せで良いんでしょうか!!!」

「食レポ、上手ですね。新城さん……」

「こ、これ以上食べたくない……なくなっちゃうのが嫌だ……」


 彼女はグスグス涙を拭い始めた。


「このいくら丼を、失いたくないよぉ……!」

「……」


 なんか、思ったより変な人のようである。まぁ、美味しかったようで良かった。


 俺も自分の分をよそって食べてみる。彼女の言うとおり、芳醇な味わいと白米の甘さが合わさって美味しかった。ぷちぷちとした触感も最高である。自然と頬が緩んだ。


「田中さん。私、このままじゃ爆速でいくら丼を失っちゃいそうなんですけど」


 新城さんはぐずりながら箸を右往左往させている。


「ヒン! ど、どうしたらいいですかぁ……」

「……」

 

 まだ言っているらしい。いい加減覚悟を決めて食べて欲しいのだが。


 まぁしかし、食事が一品だけでは箸の進みも悪くなるか。


「よし。それなら、副菜を作りましょうか」

「ヒン……副菜?」

「はい」


 俺は刀を手に言う。


「せっかく鮮度の良いお魚があるんですし、お寿司でも握りましょう」

「お寿司!?」

「血抜きは……必要なさそうだな。よっと」


 俺はまず、レヴィアタンの体を角切りにした。そのあとで、一つの塊をまな板の上に置くと、刀を洗ったあと、まず皮を剥いだ。すると、レヴィアタンの赤身が露わになった。色合いは、まぐろとサーモンの中間といったところである。それを作切りにして刺身にし、余っているご飯と一緒に何貫か握る。それを皿に載せ、新城さんに渡した。


「さぁどうぞ。レヴィアタンのお寿司です」


 ♢♢♢


 ミレ:S級モンスターのお寿司wwwww

 としのり:初めて見たとかそういうレベルじゃねぇwwwww

 青爺:でも、美味そうだな……


 ♢♢♢


 艶やかで、厚みのある刺身がご飯に載っているのを見ると、不思議とお腹が減ってくる。これはもう日本人の性なのかも知れない。新城さんも同じ気持ちのようで、顔をキラキラ輝かせると、


「い、いただきます!!!」


 そう言って、寿司を一貫箸で取り、俺の用意した醤油に少し漬けると、慎重に口へ放った。


 瞬間、彼女は地面に、ガンと頭をぶつけた。


「おいじい……!!」

「……」


 俺はあきれ顔で彼女を見おろす。


「脂ののった刺身! 酢飯じゃないけど、柔らかいご飯! こんなの合わないはずがない!! 卑怯です、田中さん!! こんなの卑怯ですよ!! いくら丼に、お寿司! これじゃまるで拷問です! 美味しさの拷問ですよ!!!」

「そ、そうですか……」

「来て良かった。本当に来て良かったぁ……!!」


 彼女は言いながら、いくら丼と寿司を交互に食べる。幸せそうで何よりだ。


 そこでふと、俺はポケットの調味料を思い出した。会社の新商品のアレである。


 取り出して見てみる。会社からは、これを使って料理をしろと言われていた。


 しかし、これは塩にうま味成分を足したようなもので、肉料理に合うような感じの商品だ。今回の料理には合わないだろう。毎度肉料理というわけにもいかない。


 そう思って、俺は調味料をポケットにしまった。


 そんなことを考えていたとき、スマホが揺れた。俺はそれを取り出し、通話ボタンを押す。


「はいもしもし」

『オッスオッス、田中っち~!』

「……女の声……?」


 新城さんの怪訝そうな呟きを無視して、俺は眉を寄せる。


「お久しぶりです。先輩。しかしいま立て込んでいまして……」

『知ってる知ってる。配信中っしょ? だから声をかけたんよ~』

「はぁ、えっと、ところで、どんなご用件で?」

『まぁ単刀直入に言うとね。田中っち。会社辞めて、うちの事務所で配信しない?』


★★★


 作者です。十一話はいかがだったでしょうか!


 自分自身いくら丼が好きなので美味しく書けていれば幸いに思います!


 それでは、また次話でお会いしましょう!

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