第9話 アラサー社畜、レヴィアタンのいくら丼を作る(前編)

「――【サイキョー流剣術】、無刀術の一。【風斬脚】」


 その言葉と共に田中さんはかかとを振り下ろすと、レヴィアタンを両断してしまった。


 迸る水しぶきと共に断たれたレヴィアタンは、そのまま水面へ倒れる。


♢♢♢


 春巻き春男:アラサーTUEEEEEEEEEE

 れいにー:足でwwwwイカれてるwwwww


♢♢♢


 そんなコメントの映るドローンカメラを横にしながら、私は茫然としていた。


 それは、田中さんの横顔が、五年前のあの人の顔にダブって見えたからだった。


 私の命の恩人。憧れの人。あの【剣聖】の姿に。


 私は目を瞬かせる。そして、呟いた。


「あ、足で斬った――? こ、これじゃまるで、あの……!」


 いや、まるで、じゃない。きっと、そうなのだ。


 彼こそが、彼こそが――。


「怪我はないですか。新城さん」


 間近に、彼の微笑みが映る。長い前髪の間から、優しそうな顔が見えた。


 これが、私の命の恩人。【剣聖】の顔。


 そう思うと胸の鼓動が早まり、顔が赤らむのを感じた。


 見つめられると胸が苦しい。でもそれは決して苦痛ではなくて、


 どこか、甘い感覚だった。

 

 ♢♢♢


 レヴィアタンを引っ張り、湖から陸地へ上がった俺は、まな板を鞄から取り出すと、その上にレヴィアタンの筋子を置く。つぶつぶの卵が連なっている筋子は、鮭のものと色合いがよく似ていた。


♢♢♢


 春巻き春男:結構鮭に似てるんだな

 しまむー:それに、大きさも鮭と似てて食べやすそう


♢♢♢


「そうなんです。実はレヴィアタンの幼生は結構ちっちゃくて。ほら」


 俺は水辺から小さい魚を手に取って見せた。


「これくらいの大きさなんです」


 俺はボウルと、焼き肉に使うような金網を取り出した。ボウルをレジャーシートの上に置き、ボウルの上に、金網を設置する。


「だから卵も小さいんです。師匠なんかはよく幼生を躍り食いしてたなぁ。僕は食べなかったけど。でも、こうして料理配信をしていると、あのときに色々食べておけば良かったと思いますね」


♢♢♢


 ミレ:そういや、師匠ってどんな人なの?


♢♢♢


「小さい着物を着た女の子です。年齢は結構いってるけど、外見はそうでした」


 俺は筋子の膜を取ると、金網にこすりつけた。雑巾がけみたいな要領で前後に動かすと、卵はぽろぽろと取れて、ボウルに積まれていった。


「滅茶苦茶強いひとで、僕はその人に剣術を教わったんです」


 思い出す。着物を着た十歳前後の彼女の姿を。額から伸びた二本の角。その腰に差された一対の打ち刀と脇差し。


♢♢♢


 青爺:お、女の子……?

 はうる:それが剣を教える……?

 ゴッチ:どんな超人女児なんだよ……


♢♢♢


「懐かしいなぁ」


 俺は苦笑しながら呟く。


「彼女と一緒に、俺は――」

「【剣聖】として、たくさんの人を助けてきたんですね?」

「え?」


 見ると、むすっとした顔で新城さんは俺を睨んでいた。


「あの、なんでそんな怖い顔してるんですか……?」

「ひどいです! 知らなかったフリをするなんて!」


 彼女はずいと顔を近づけてくる。その拍子にボウルが倒れそうになって、俺は慌ててそれを手に持った。


「あなたが、あの【剣聖】なんだ。そうでしょう! 田中さん!!」

「えっと……絶対人違いだと思いますよ。僕は別に誰かを助けた覚えなんか……」

「しらばっくれてももう遅い! こっちにはね! 証拠の動画があるんですよ!」


 彼女はそう言ってスマホを取り出すと、映像を俺に見せた。


 ノイズ交じりの荒い映像。スマホで撮られたもののようだ。災異整数は十万回程度。タイトルは、『あの【剣聖】を撮ってみた!』。撮影者の手には血が滲んでいる。その映像には、ぼろを纏った人物が映っていた。彼の対面にはクリムゾンドラゴンが二体いて、彼に対して咆哮を上げている。

 

 ボロを着た人物が跳躍した。彼は足を横に凪ぐ。すさまじい勢いで振られた蹴りによって、空間をひずませる衝撃波が生まれる。それは真っ直ぐクリムゾンドラゴンへ飛ぶと、二体の体を一挙に切り裂いた。


「見てください! これは、クリムゾンドラゴンに襲われた探索者が撮った映像です! 彼女を助ける謎の人物――これが【剣聖】です! そして、この人の使っている技は田中さんの使っていたものと同じ! ちなみに私が助けられたのも同じ技、同じ技名でした!  そして――ご覧下さい!」


 彼女は動画を一時停止した。画面を指さす。ボロを纏った剣聖の頭上。そこに、着物を纏った少女が浮いていた。角の生えた十歳前後の少女が。


「【剣聖】は着物を着た少女といつも一緒だったと有名なのです! これを総合すれば、彼はあなたということになるんですよ! 田中さん!」


♢♢♢


 春巻き春男:俺もこの映像見たことあるぞ。一時期話題になった【剣聖】だ

 しまむー:そういやこんな技使ってたな

 レイ:アラサーと一緒の技じゃん! じゃあ、本当に――


♢♢♢


「さぁ白状してください田中さん! あなたが【剣聖】なんですよね!? それなのに、知らないフリをしていたんですよね? そうですよね!?」


 新城さんはどこか顔を赤らめて、至近距離で俺を見ていた。


 俺は画面を見ながら、眉を寄せて目を瞬かせる。


 ……ふむ。なるほど。


 これは俺である。


 確かに、俺は師匠に連れられて様々なモンスターを狩ってきた。実戦第一。それがサイキョー流である。というのが師匠の口癖だったからだ。彼女の監視と指示の元、モンスターを倒して回りながら、俺は技を磨いたのだ。しかし、こんな風に話題になっていたとは知らなかった。


 っていうか、それなら免許皆伝を貰った後の配信でももっと人気が出て良いはずなのだが。どこかげんなりとした気分になって、俺は眉を下げる。


♢♢♢


 青爺:こんな映像知らなかったな……なんでアラサー、こんな話題になってるのに人気なかったんだ?


♢♢♢


「やっぱり、あなただったんですね」


 彼女の目が段々潤んでくる。彼女は俺の腕をがしっと掴んだ。


「田中さん。私はこの五年間、ずっとあなたに感謝してきました」


 彼女は赤らんだ顔を一度逸らし、そのあとで再びこちらを見た。


「そして、私はあなたのことを、ずっと――! ずっと、あなたの事が……」


♢♢♢


 しまむー:おお、まさか新城ちゃん!

 はうる:いけいけー!


♢♢♢


「す――……」

「す……?」

「す――!」

「す?」

「す……」


 彼女は俯く。そして、拳を握ると、


「筋子、美味しそうですね! あはは!!」


 真っ赤な顔を浮かべて、彼女は笑い出した。


「は、はぁ……そうですね?」


 ♢♢♢


 ミレ:嘘だろ新城ちゃん……

 はうる:えぇ……

 青爺:へなちょこ


 ♢♢♢


「な、何やってんの私……! せっかく憧れの人に会えたのに!!」


 彼女は一人言いながら、自分の頭を叩いていた。


「そうじゃないでしょ! そうじゃ! 絶対違うでしょうが!! 五年の間、この瞬間をずっと待ってたんでしょ! 私は!!」


 何を言ってるんだろう。俺は眉を寄せながら鞄からケトルを取り出し、寄生虫を死滅させるため、レヴィアタンの卵に熱湯を注ぐ。


「田中さん!」

「はい?」

「違うんです! 私が言いたいのはですね、私はあなたの事を、あ――あ――……」

「あ?」

「……あ、案外、手先の器用な人なんだなぁって! は、はは! ははは! ……はぁ……もう、最悪……無理……五年間想い続けた相手に告白するのキツすぎ……」


 いまいちよく分からない。彼女はすっかり落ち込んでしまった様子だった。


 ♢♢♢


 じぇしか:根性なし

 としのり:意気地なし

 青爺:甲斐性なし


 ♢♢♢


「よくわかんないですけど、とりあえず漬け汁を作っていきたいと思います」


 俺は焚き火の上に鍋を置き、鞄から各種調味料を取り出した。新城さんは筋子を見ながら小首をかしげる。


「……漬け汁? このままでいくらになるんじゃないんですか……?」

「いくらは、筋子をほぐして醤油だれにつけたものなんですよ」


 俺は苦笑して返す。


「だから、まずは漬け汁を作らなきゃいけないんです」

「……へー、そうなんだ……」


 彼女は言いながら、がっくりと俺の隣に座った。


「……どうしたんですか? 元気ないですけど」

「……別に」

「怒ってます?」

「怒ってないです」

「いやでも」

「怒ってないってば」

「敬語が……」

「怒ってないって言ってるでしょ!!!」

「ヒッ!」


 突然の大声に、俺は後ずさる。


「あーもう!」


 彼女は頭を掻きむしり始めた。


「もう良いですから! さっさと作業を続けてください! さっさと!!!」 

「は、はい!! まずは、料理酒を鍋に入れまして! 次にみりんを注ぎます!」



★★★


 作者です。九話はいかがだったでしょうか!


 次話でも話しますが、少々内容を変更致しました。優柔不断で申訳ないです。ご迷惑をおかけ致します。古い内容で反応を下さった方々には申し訳ありませんが、なにとぞ今後もお付き合いを頂けると幸いです!


 それでは!

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