かつて剣聖と呼ばれたアラサー社畜、会社の命令で撮ったダンジョン料理配信にてバズり散らかす~元最強のブラック社畜が、S級モンスターをあっさり食して伝説になった話~
第6話 アラサー社畜、再びダンジョンへ行く
第6話 アラサー社畜、再びダンジョンへ行く
『キヒヒッ! 貴様、才能があるな!』
無数にあるドラゴンの死体。それに囲まれた状態で、着物を着た彼女は、空中にあぐらを掻き、満身創痍の俺を見おろしていた。
『人間。貴様がもっと強くなりたいと願うなら、我が稽古をつけてやろうか?』
彼女はそう言って、小さな手をこちらに差し出した。
『そうすれば、貴様を最強の人間にしてやろうぞ。キヒヒッ!』
俺は深く考えていなかった。
ただ、強くなればこの状況を変えられるのではないかと思った。
強くなれれば、きっと――。
何もうまくいかないこの状況を、きっと――。
そう思って、俺は彼女の手を取った。
『キヒヒッ! よかろう。ではまず――』
彼女は自身の角に触れながら笑った。
『手当たり次第にモンスターを倒しに行くぞ。我がサイキョー流剣術は、実戦が命だからな。キヒヒッ!』
そうして俺は、彼女に指南されながら数多の敵を倒した。
思えばそれがすべての始まりだった気がする。
この身を襲う退屈の、その始まり。
♢♢♢
「さて、ダンジョン到着っと」
俺は荷物を担ぎ直しながら、ダンジョンへと入った。いつもの土の通路。安心感すら覚える風景だった。外回りをした後、自宅へ準備に戻ってのことなので、既に時刻は深夜だが、苔に照らされてダンジョンは明るい。
「で、ところでなんですけど」
俺は眉を寄せて隣を見る。
「なんで新城さんも一緒に来てるんですか」
「う、ダ、ダンジョン……!」
新城さんは緊張した面持ちで土の壁を眺めていた。
「ゴ、ゴクリ。久しぶりに来た……」
「……帰った方がいいんじゃないですかね? ダンジョンに向いた装備じゃないし」
彼女はスーツに革靴のままである。どう考えても動きづらそうだ。
「何言ってんですか! 仕事を途中で放り投げられませんよ!」
スーツ姿の新城さんはちょっと怒ったような顔で言う。
「私は、あなたを大臣の下へ連れてくるように命令されているので! 手ぶらで帰ると上司に怒られちゃうんですよ! それに、これに失敗したら、上司から仕事の出来ない奴って思われちゃいますし! そうしたら出世できなくなっちゃう!!」
「は、はぁ……」
まぁこんな感じで、彼女は俺の外回りにも、家での準備にも同行してきた。ここまで来ると一周回って暇人なのではないかと思わないではない。
「っていうか、どうして表彰を受けてくれないんですか! 受けましょうよ、減るもんじゃないんだし!」
「え、いやだってさ。クリムゾンドラゴンくらい誰でも倒せるし――」
「倒せるわけないでしょッ!!!」
「ひっ!」
俺はその剣幕に後ずさる。新城さんはずいと顔を近づけてきた。
「いいですか! クリムゾンドラゴンはS級モンスター! 『排除に国家戦力を要する』と判断されるモンスターです! 本来なら腕利きの探索者数十名がいなければ、とても太刀打ち出来る相手じゃないんですよ! ひとりで倒せるのは【剣聖】くらいなもんです!」
「はぁ――」
あの後ちょっと調べたが、【剣聖】とは都市伝説のようなものらしい。
ダンジョンに突如として現れては、追詰められた探索者を颯爽と助ける人物。お礼も聞かず去って行く、まさしく風来坊という感じの存在。都市伝説と言ったが、目撃者はそれなりにいるようで、実在はほぼほぼ認められているらしい。新城の言った通り、刀すら使わずドラゴンを斬ったとか、水を斬ったとかいうエピソードが伝説として語り継がれており、いまでも探索者の間では神格化された存在として話に出てくるそうだ。
偉い人もいたもんだと思う。
でも、刀でモンスターを斬るのも、水を斬るのも、全然難しいことじゃないと思うのだが。なんでそれが伝説になっているのかいまいち分からない。
「とにかく、クリムゾンドラゴンは強敵なんです! 普通倒せないんです!」
「でも師匠は言ってましたよ。クリムゾンドラゴン程度――」
「でもじゃあないです! まったく――。ん? 師匠? 師匠がいるんですか?」
「はい。いますよ。へなちょこだった俺を鍛えてくれた人です」
俺はドローンカメラを用意しながら苦笑する。
「わがままで、苛烈な人だったけど、おかげでそれなりには強くなれました」
「それなり……」
「何か?」
「いや……はぁ、もういいいです。とにかく、私はあなたが表彰を受け入れてくれるまで、傍を離れる気はありませんからね!」
「でもこれから配信なんですけど……」
「目立たないようにしますので!!」
「はぁ、そうですか……」
エリートも大変だな。そう思いながら、俺は深呼吸を一つする。
「さて……やるか」
そうして俺は、飛ばしておいたドローンカメラのボタンを押し、配信を始めた。
「あ、えっと、皆様、ここ、こんにちは」
カメラの方へ、微笑みを作ってみせる。
ドローンカメラに付属した液晶に視線を向ける。学生の頃は、ここに一人のリスナーしかいなかった。
だが、いまは違った。
♢♢♢
春巻き春男:アラサーきたぁぁぁぁぁ!!!
青爺:ようアラサー! 配信待ってたぜ!!
ミレイ:キャー! アラサーさーん!!
♢♢♢
そんな感じのコメントが、爆速で流れていく。視聴者数は既に二万人。
に、二万人……。
「どうしたんですか。田中さん」
「胃が痛くて……」
俺は腹を押さえながら返す。からっぽの胃に、むりやり食べ物を詰め込まれたような感覚だった。ひどい重圧を感じる。
「メンタルは弱いんですね。田中さんって」
新城さんはどこかあきれ顔だった。
「不慣れなもので……」
だが、ずっとうずくまっててもいられない。俺はふらつきながら体を起こした。
「……ふぅ。よし。お待たせしました。じゃあまず、今日は同行者の方がいらっしゃいます。その紹介からしたいと思います。ダンジョン管理局の新城さんです」
「え? あ、はじめまして! 新城です!」
彼女はカメラを向けられて一瞬驚いたようだったが、すぐに元の元気を取り戻した。
「いろいろあって、今日は田中さんに同行します! 足手まといにならないよう頑張るので、皆様、よろしくお願いしますっ!」
♢♢♢
青爺:よろ~
ミレ:管理局に目をつけられてるのかwwww S級倒したし、まぁ当然かwww
♢♢♢
「さて、今日は、ですね。いや、今日も、ですね。あれをやりたいと思います。料理配信。上司から命令されているのでね」
♢♢♢
ゴッチ:キタキタ
はうる:マジで楽しみ!
高山:今日は何を料理してくれるんだ?
♢♢♢
「はい。今日はですね、まぁ、自分で言うのもおこがましいんですが……」
俺は咳払いをし、宣言するように言った。
「最高のいくら丼を作ってみたいと思います」
★★★
作者です。六話はいかがだったでしょうか!
最後まで読んでくださった方はお疲れ様でした! そして、ここまでお読み頂き本当にありがとうございます!
さて、今話はわかりやすいようにコメントの間に♢を入れたのですが、逆に読みにくかったりしなかったでしょうか。どのように描くかをこちらも試行錯誤しているので、もしこうした方が良い、というご意見がありましたら感想までお寄せください!
また、フォローや☆、とくに☆で応援頂けると、作者は飛び跳ねて喜びます! 何卒、何卒よろしくお願い致します!!
暑い中ですので、読者の皆様は体調にお気をつけ下さい。それでは!
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