第4話 アラサー社畜、反響に驚く
「大変申し訳ありませんでした、専務ッ!」
翌朝。オフィスにて俺は、デスクに座る専務へ頭を下げていた。
「ま、まさか配信が始まっているとは思わず――その、勝手に動画チャンネルを使う形になってしまって……なんと言えばいいのか、本当に、あの……」
上目遣いに専務の様子を見る。ふくよかな彼は、ウィンナーみたいな太い指を口元に当て、モニターの画面を眺めていた。どうやら、昨日の配信をみているらしい。
「あの、専務……」
「ふむ。田中君」
「は、はい」
「君がこんな初歩的なミスを犯すとは予想外だった。私は、配信をしろとはひと言も言っていない。そうだね?」
「お、仰るとおりです……」
「……田中君……」
彼は俺の事を睨むように見た。怒られる。そう思って、腹に力を入れた。
「――いや、よくやった!!!」
「へ――?」
俺は呆けた顔で聞き返す。専務はニッコリ微笑んで俺をみていた。
「いや、実によくやった! 怪我の功名ではあるが、ファインプレーだぞ!」
「え、えっと……?」
「見たまえ」
専務は言うと、モニターを俺の方へ回した。
「ほら、見てみなさい。このアーカイブの再生数を! 何回に見える?」
俺は画面に顔を近づける。そして、そこに表示された数字に目を瞬かせた。
「……百万、ですか……?」
「一千万だよ」
「一千万!?」
「そうとも。あの配信が、一千万回再生されたんだよ、君! 我が社の新調味料を使って料理をした動画が、一千万回見られたんだ!」
専務のご機嫌そうな顔を横目に、俺は茫然と数字を見る。信じられない。一千万って。百万再生だってものすごい数なんだぞ。ひとつの到達点と言って過言ではない。それの十倍。それが、瞬く間に再生されたのだ。
にわかには信じられなかった。
「おかげさまでチャンネルの登録者も百万人増えたよ。これで、もっと多くの人に我が社の商品を知って貰えるようになったわけだ! はっはっは! あっぱれあっぱれ!」
「は、はぁ……」
「今後もよろしく頼むよ、君! じゃ、話は終わりだ!」
「し、失礼します」
いまいち現実味のない話に、中身のない返答をしながらオフィスを後にする。
「……一千万回……」
「本当に、怪我の功名でしたね」
見ると、島内さんがそこにいた。彼女はスマホを見おろしている。
「厳格な専務のことです。本来なら減給処分になってもおかしくありませんでしたが……まぁ、騒ぎが騒ぎですからね。ミスを差し引いても莫大な利益がある、と判断されたのでしょう」
「騒ぎ……?」
「ご存じないんですか?」
彼女はスマホの画面を俺に見せてきた。最大手のウェブニュースサイト。その大見出しに、ステーキを焼いている俺の姿が映っている。
「どのこニュースサイトもあなたのことでいっぱいですよ。急に現れた凄腕の探索者。あなたはもはや、時の人です」
「はぁ、そう、なんですか……?」
実感がいまいち湧かない。そんな俺を、島内さんはため息交じりに見た。
「そもそもこんな実力があるのに、なんで探索者を辞めたんですか?」
「は、はぁ、まぁ、色々あって――」
「まぁいいでしょう。とにかく、あなたは凄いことをやってのけたんです」
「そう、ですか」
そこで、スマホが震えた。見ると、タイマーが作動していた。
「あ、外回り行かないと。すみませんが、失礼します」
「待ってください、田中さん」
駆け出そうとした所を止められる。振り返ると、島内さんは名刺をこちらに渡してきていた。俺は訝しみながらそれを受け取った。
「裏面に私の携帯番号がありますので」
彼女は長い金髪を耳にかけながら微笑んだ。
「ご用の際は、ご連絡を。私、優秀な人には目がないの」
彼女は言い、背中を向けた。
「あぁ、それと、外に出るときはお気をつけを」
「な、なんで?」
「では、また」
彼女は専務のオフィスへ消えてしまった。
俺はしばらく目を瞬かせて、名刺とドアを交互に見ていたが、やがて廊下を歩き、エレベーターを呼び出すと、それに乗った。
おかしな人だ。まるで俺が優秀みたいな言い方をして。
それに、外へ出るとき気をつけろ、とはどういうことなのだろう。
「ヒソヒソ……」
その間、同乗したOLが俺を見ながら小声で何かを話していた。
「あの人じゃない? 昨日のあのかっこいいやつ」
「声かけてみる?」
「連絡先とかさ――」
「でも恥ずかしいよ――」
一階に到着した。俺はOLを怪訝に見ながら、エントランスを歩く。何を喋っているのかは聞き取れなかった。ただ、どうやら人違いで注目されているわけではないということは理解できた。
「ヒソヒソ、ヒソヒソ……」
エントランスを歩く間も、俺は注目の的だった。社員達は皆俺を見て、何やら話をしている。
「……」
やはり、社内では昨日の話が広まっているらしい。昨日のやらかしが、完全に周知されているようである。それを考えると、恥ずかしさに顔が赤くなった。
……とにかく、さっさと外へ出よう。俺はため息交じりに考える。
外へ出れば、この視線から逃げられる。そう思って、自動ドアをくぐった。
「こんにちは! アラサーさんですか!?」
そこで、急に湧いてきた大量のカメラと、マイクを持ったキャスターに囲まれた。
「へ……?」
「間違いありません! この方です! すみません、いまお時間よろしいですか? 昨日の配信について取材させてください! ネットでは、強すぎるアラサーとしてずいぶん話題になっているんですが――」
「ちょっと、こっちが先なんだけど!」
「どけよ! うちらの方が早くスタンバってたんだぞ!」
キャスター達は俺を横目に喧嘩をし始めた。俺はその様子を茫然と眺める。
「おい! あれ、アラサーじゃね!? ニュースに載ってた!」
「え。昨日の料理配信の!?」
「おーい、アラサー!!」
そんな騒ぎを聞きつけてか、通行人は俺に気付いた様子で手を振ってきた。人の数は瞬く間に増えると、俺の方へ駆け寄ってきて、
「握手してください!」
「サインサイン!」
「アラサー! 一緒に写真撮って!」
と口々に言い始めた。
俺は彼らに揉まれながら、口元を引きつらせる。
どうやら俺は、想像以上にやらかしてしまったらしい、と。
「こんにちは! 田中さんですね!?」
そのとき、よく通る女性の声がした。その場にいる全員が振り返ると、スーツを着た短い黒髪の女性が、笑みを浮かべながらこちらに歩いてきていた。若く、背が高い。いまにも飛び跳ねそうな、闊達な印象を受ける美人だった。
「私は国交省ダンジョン管理局、新城あきらと申します! 本日は、表彰の打診に上がりました!!」
俺は眉を寄せる。というのも、彼女の右目には、
眼帯がつけられていたからだった。
★★★
作者です。四話はいかがだったでしょうか!
はじめてのヒロインと言うことで少々緊張しますが、しっかり可愛く描けるように頑張っていきたいと思いますので、☆やフォローなどで応援を頂けると、大変励みになります!
とくに、☆を頂けると本当に嬉しいです。よろしくお願いします!
それでは!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます