第48話 影


そうだ。



「メタニンちゃん!」



忘れていた。

そうだった。約束した。ああ、どうしよう。



鳴り止まない警報。


これは、脅威の警告と、


そして、身近な人の命に関わる緊急警告。



「メタニンちゃん!!わたし約束したわ!!」


無意識に展開していたバリアが破られる。もう修復以外に力が回せていない。


「メタニンちゃんが死んだらわたしも死ぬ!!」



お、重い。失敗した、ちゃんと説得しておかなければならなかった。私のセンサーが本当に人の命の危機だと焦らせてくる。本気なんだ。ミナはずっと本気。



「でも死にたくないの!死んで欲しくないの!……だから!」



強烈な攻撃の気配。人類を逸脱した脅威の気配。



「だから!死なない程度に破壊して連れ去るわ!!」

「怖ぁあああ!?」



遠のきかけていた意識を強引に覚醒して飛び起きる。

目の前には無数の銃撃と斬撃。バリアを突破したミナによる凶悪な連続攻撃。


それが起きぬけに全弾ヒットする。



「痛ぁあい!!タイム!タイム!!」



避けようとした筈なのに、全てが直撃する。どうやら逃げようとした動作の初動を止められて回避が許されなかったらしい。


起き上がりにガード不可攻撃を重ねるのはマナー違反だと習わなかったのだろうか。



「メタニンちゃん!!起きた!?大丈夫!?」


ミナの心配するような声と、言葉とは裏腹に全く手を緩めることのない連続攻撃。決めるべき時に決めきるからエースなのだが、決められる側から見ると怖すぎる。


それに、ミナの攻撃は、なんていうかこう……例えば椅子から立ち上がろうとする時に頭を後ろに押されたり、キックをしようと踏み出した軸足を地に付く前に払われるみたいに、起点を止めてこちらの自由を奪う。


それは防御の起点も。なので、すんごい痛い。



「痛い痛い!全然大丈夫じゃないけど!?なに!?なんで!?」

「だって!メタニンちゃんが約束を破ろうとするから!」

「い、いや、その」

「約束したわ!死ぬまでずっと一緒だって!」

「あ、あれは、その、とりあえず一旦攻撃をやめ」

「死が二人を分かつまでって!!!」

「ん!?」



何かおかしくなってきた。というより最初からおかしい。どうして私の最優先事項に、ミナが割り込んで……!?



「健やかなるときも!ヤンデレの時も!命ある限り一緒だって!」

「あれ!?なんかちょっと記憶が改ざんされてるかも!」



慌てながら改めて状況を確認して、驚愕する。


ミナが乗っているのは白銀の機体じゃない。あれは……あの白い機体は……最初に乗っていた地球防衛隊の棺桶機体に似た……現人類の現代兵器!?



「メタニンちゃん、分かるわよね。この機体はあなたと絶対ずっと一緒に居るためのもの」


「そんな……どうして!?じゃあこれは……人類を逸脱している判定は……」


「修正が必要なエラーよ!ヒーローである以上メタニンちゃんには見逃せない、人の命がかかったエラー。ナインさんが用意してくれた、私達の切り札!」



大まかな形自体は似ているが、性能は明らかに違う。当然白銀の機体とは程遠い弱さだけれど、兵器の専門家でも何でも無いメアリーがガーディアンとして作った機体とはまた別の、設計自体に明確な殺気が宿る凶悪な機体。なによりミナが乗っている。私を圧倒出来るミナが。


弱いけど強い人型有人決戦兵器。最後の最後にどちらとも言い切れない絶妙な機体が出てくるなんて聞いたことが無いが、私にエラーを起こさせるメタ機体としては凶悪極まりない。



「今回の地球の危機に関係したあらゆる企業と団体が喜んで差し出してくれた最先端技術と莫大な裏金。地球防衛隊の機体が弱いのは資金やルール、そして量産という仕組みの限界であって、単騎に資金力と政治力を全て注ぎ込めば”通常の人類をちょっと逸脱してそうな兵器”くらい人類にだって用意できるのよ」


とんでもない屁理屈が飛び出したが、実際私はあれを脅威だと認識している。そして絶対に喜んで差し出したものじゃないとも判定している。


そうか、ただの善意で地球の人達がメアリーの救出に手を貸してくれたんじゃない。責任逃れと隠蔽に必死になった奴らが事件解決の協力実績を奪い合って植物変異対策に乗り込んでいたんだ。あわよくば汚染対策実績にまで成り得る大逆転の餌。最悪だ。あまり気づきたくなかった。



「法や慣習に囚われず潤沢な免税資金で運用される力の逸脱さを見せてあげる」

「悪人だってもう少し誤魔化すよミナ」


「これこそ現人類が誇る最強の違法兵器」

「最悪すぎる!!地球防衛隊がなんてものに乗ってるの!?」



普通に違法だと言い切った。もうダメだ。


「わたしはもう辞めたわ!!今のわたしは……メタニンちゃんの花嫁!!!!」

「あれ!?!?なんかともだち関係も勝手に変わってる!!!」



喋ってる間にも恐ろしい攻撃が続いている。言葉にも力にも一方的に押され続け、私の中の警告は全く鳴り止まない。



「よく見てメタニンちゃん!」

「な、なにを!?」

「この白い機体を!」

「速すぎてよく見えないかも!」


白くしなやかな機体が尋常じゃない速度で動き回る。白銀の機体が異様に速いとは思っていたが、あれは機体性能だけじゃ無かったんだ。予測に反する動きで目と思考が一瞬遅れて、その遅れを埋めようとする視線と思考のわかりやすい動きが読まれて再び外される。


とらえどころのない白い軌跡は、まるで風に舞う花びらのようで


「これは、ウェディングドレスよ!!」

「絶対違うよミナ!!!」

「違わない!約束したもん!!私と結婚するって言った!!」

「飛躍が!飛躍がすんごい!!」

「飛躍していない!一生一緒に暮らすって言ったもん!!!OKって返された!!!」

「あっ、いやっ、それは」

「プロポーズに応えてくれた!!」

「あれプロポーズなの!?!?!?」



ダメだ、攻撃も理論も防ぎきれない。宇宙の修復が緊急対応で中断されてしまう。


光に溶けかけていた体の端々が質量を回復する。ミナを放置出来ない。



「約束したからには、もう離さない。前の人とのおかしな約束なんて破壊してあげる。破壊出来ないなら、私がずっとそれを上回る脅威でいてあげる。これが私の結婚式」



私による脅威判定とその維持を確認出来たからか、急にスッと会話のトーンと攻撃の苛烈さが落ちる。とても嫌な予感がする。怖い。



「最初の恋人はナインさんに奪われてしまった。今はメアリーさんとの約束にメタニンちゃんそのものを奪われそう。だから奪い返すわ」


「あ、あの、私ほんとに宇宙を直さないと……」


「宇宙からも奪う。力とその責任からも奪う。全てから奪い去ってあげる」



白い機体が距離をとって構える。まずい、なんらかの必殺技だこれ。


さすがに慌てて逃げようとするのだが、気がつくと私の体は何か異様に細く硬い糸に絡み取られていて、力の入りにくい方向に四肢を縛られ身動きが出来ない。



「わたし、実は少しだけ束縛が強めなの」

「少しでは無い!全然少しでは無いかなって!!」



逃れようともがく私を無視して、ミナの機体が持っている長い剣が何かおかしな光を放ち始める。



「メタニンちゃん。もう精霊魔法は新しく出せないのでしょう。体まで光に変わり始めたら精霊魔法の源が尽きかけて対価が足りなくなった合図だと博士から聞いている」


余計なことを!ハカセはてっきり私の事を分かっていて、自分が巻き込まれるのも分かっていて応援してくれていると思っていたのに。


「これでその頑丈な体を少しでも破損させられれば、もうメタニンちゃんは明確に逸脱した脅威じゃない。仮にメアリーさんとの約束が破棄出来ずとも、自分を消すような判定は正しく修正し正しく解除してもらう。宇宙の修復はじっくり時間をかけて、わたしと一生一緒に穏やかに暮らしながら直していきましょう」



新たな定義が刻まれていく。対話学習型AIとの対話はただその場だけの会話では済まされない。メアリーとの約束に縛られているように、対話の一つ一つが自己アップデートでありプログラミングでもある。



「もしも約束破棄が不可能、メタニンちゃんに傷をつけるのも不可能だったら、今みたいに前の人との約束や宇宙修復の責任を上回る逸脱した脅威として、わたしが一生あなたの側に居るわ。わたしと一生一緒に戦い続けましょう」


まずい、どの選択肢でもミナと結婚するのは確定として、下手したら一生襲われ続けるらしい。もはやヤンデレなんてレベルじゃない。


「永遠に倒せないライバル。永遠に戦い続ける悪役。事件を解決してヒーローが去るというのなら、わたしがあなたの事件になる。終わりのない終わり。あれを放った時は驚いたけれど、メーちゃんの真のバッドエンドイレイザーは責任と良識に囚われた優しいメタニンちゃんより手段を選ばないわたしの方が再現出来る。あなたの悪いエンディングを、わたしが破壊する」



技名を宣言すると、ミナは大きく弧を描くように一度私から離れ、白い機体が急激に加速していく。


……ということはこれ、凄まじい勢いをつけて私を貫くという意味では?



「行くわメタニンちゃん!これがわたしたちのケーキ入刀!!」

「嘘でしょ私が入刀されるの!!?」



まずい。このままだととんでもない加速をつけながら白い機体が突っ込んでくる。どうしよう、めちゃくちゃ痛そうなんだけど。


ただ、ただあるいは。あるいは本当に私のちょっと後悔したエンディングを変えてくれる可能性がある。この頭に鳴り響き続ける警報と垂れ流されるエラーを止めてくれる可能性がある。



私はもう気づいている。


自分が本当はまだ皆と一緒に居たい事も。

ミナが泣きながら私を攻撃している事も。

ナインがまだ考え続けてくれている事も。


全部気づいて、甘えて良いのかずっと迷っている。



本当は、全てを振り切って宇宙を完全に修復し、私も去るべきだ。

例え本当にミナが私の道連れになりそうだとしても、人類の未来に私と私の力の残滓は残せない。宇宙の傷跡は残せない。本来はそれが正しい筈だ。


そういう道連れみたいな犠牲を捻じ曲げて回避するチートが私だったけれど、それが使えなくなったってナインや他の皆にミナを止めてもらえる可能性はきっとある。


正しい筈だ。正しい筈なのに。迷ってしまう。



ミナの必殺技が迫る。


私の決めた私のエンディングを破壊しようと。


受け入れても傷ひとつ付かないかも知れないし、逆に何かが決定的に壊れてしまうかも知れない。恐らく何度も攻撃して試して当てる箇所を確認し、全てを覚悟して放つ一撃なのだろう。



届いて欲しい。


届いて欲しいと願ってしまう。


人類が私に届くのなら、私は、私はまだ、大好きな人達と一緒に……



「必殺!バッドエンドイレイザー!!」

「ミナ!!お願い!!!」



恐らく現人類の最強の一撃。


それが、全力で私にぶつけられる。



「……っ!!ミナ……!」



凄まじい衝撃が自分の体から響く。


だが見えた。


見えてしまった。



「~~~~っ!!!」



ミナが狙いをそらすのを。



「メタニンちゃん!!おねがい、おねがい!通って!!!」

「ミナ、ごめん……!ごめんね!!」



ミナが狙ったのは、頭部の両端からツインテールのように垂れる筒状のパーツ。私があまり痛がらない箇所。


本来は腹部の継ぎ目を狙っていた。少し光に還った、脆そうで、衝撃が逃げづらく、大ダメージを与えられそうな箇所を。


それを最後の最後に変えた。



まるで時間が引き伸ばされたかのような長い衝突の瞬間を経て、互いが弾き飛ばされる。


「っ!!」



その刹那、剣が爆発したかのように粉々になって、宇宙へと霧散していく。


衝撃で拘束も千切れ、くるくると回転しながら遥か遠くへと飛ばされていく私を、一呼吸おいて追いかけてきたミナの機体が抱きとめる。



「ミ……ナ……っ!」


今まで受けたことのないとてつもない衝撃に貫かれ、処理が鈍っている。いったい何をどうしたら丸みを帯びた部品を尖ったもので突いて衝撃がそれず剣が破裂するのか。


白い機体のコクピットが開き、ミナが飛び出してくる。



「……っ!メ……ちゃ……っ!!」



私を抱きしめるミナは全身が震えていて、声にならない悲鳴を詰まらせながら泣いていた。やはり怖かったのだ。この役目をミナはいつもいつもやってきた。私を止める役目を。攻撃したくない相手を全力で叩きのめす役目を。


そして、私に脅威だと認識される為に、ただの人類では済まされない力と技術だと認識される為に、ともだちを全力で攻撃し続ける役目を選んだ。



抱きしめ返す。



「ごめん、ごめんねミナ。……でも、私、やっぱり……」

「……手応え、あった…っ!絶対、絶対出来た……!」

「えっ!?」



ミナが攻撃を逸したのを見たのもあって、私は明らかに自分のノーダメージを確信していたが、ミナは何かを確信して私を手放さない。


インパクト箇所のツインテール先端を改めて確認するが……やはり傷ひとつ見当たらない。



「ミナ、ごめん、やっぱり今の人類に私は……」

「ちゃんと……みて……っ!わたしの勝ちよ!!」



ミナが震える手でインパクト箇所を指し示す。


……多分、粉々になった剣の粒か何かを見間違えているのでは無いだろうか。



「もっとアップに!!!」

「はいっ」


人間の目視レベルでは見えないものを見ろと仰っている。



「……モニタに映った点を見つける事なら、私は世界で誰にも負けたこと無いわ」


まるで巨大なモニタで小さな小さな点を撃ち抜くゲームが異様に得意みたいな自慢が飛び出てきたが、いくらなんでもそんな


「ほら!!」


ほらと何度も指差す先。


センサーの感度を上げていく。


極小の付着物が幾つかあるだけで……



「それ!」

「んん???」


どれだ。


このちょっと黒めの付着物……?



不意にミナがスーツについたライトで、角度を変えて照らす。



すると、黒っぽい付着物が消える。



「んんん??」



もう一度ミナがライトの角度を変える。


すると小さな小さな黒点が……



「ほら!!!影!!!」

「……ちっっっさ!!!!!!!!」



一体どういう目をしているのか。

付着物の一つに見えた一つの点は、極小の影。



小さく小さく欠けた穴に出来た影。



「わたしの、勝ちよ!!」



現人類が数百年先の最強ロボットを貫いた、小さく大きな勝利の点が、描く影。

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