第47話 任務完了

ナインの機体にメアリーを預けて、最後の後始末へと向かう。


隕石という外殻とメアリーおよびハカセという制御者を失った工房は、自己防衛プログラムを暴走させて一つの巨大兵器へと変貌し始めていた。



別に強敵では無い。


時間加速というチートが弱体化された工房にはもう兵器を絶えず無尽蔵に生み出すような力は無い。


迎撃装置も私を含むスーパーヒーロー相手に通じるような代物ではなく、戦艦のような形態へと変わって明確に迎撃体勢を取り始めるが、砲台には全て巨大なスライムが詰められて撃つことすら出来ない。


正確には今私が召喚したエロスライムだが、あえて言及はしない。



よく見ると戦艦では無く宇宙船に兵器をごりごり取り付けただけの急造形態のようにも見えるので、もしかするとあれが元々メアリーの乗っていた宇宙船なのかも知れない。



多少苦戦するかも知れない相手は特別な重要施設だけに配備されているガーディアン、ミナの乗る白銀の機体の同型機くらいだが



「精霊!!ホーミングマルチNTRビーム!!」



今完全に無力化したので問題ない。


『お、おい新人ヒーローやばいぞあれ』『キッズヒーローがNTRって』『無人機AIに精神攻撃するやつ初めて見た』


スーパーヒーローの先輩方からの評判が若干落ちたが、問題ない。



ハカセとメーちゃん達にはメアリーと一緒に居てほしかったので、あの子を届けたナインの機体の側まで下がって貰っている。


ミナは同じくナインの機体付近で待機している。一応長期戦闘明けの睡眠中の筈で通信にも応答無いのだが、いつの間にかうろうろ動き回っている気がする。



メアリーの安全も考えて、かなり距離を取ってもらう。皆にあまり見られたくないので、そういった意味でも丁度よい配置になった。


これから私は、自分が生まれて過ごした家を、皆と出会って皆と暮らした大事な場所を、消滅させる。人の一生から比べれば短い時間だったろうけど、私にとっては一生の殆どを過ごした、私の居場所。もう帰れない我が家。



「じゃあ先輩方、ありがとうございました!」


スーパーヒーロー達にお礼を言う。


全員事情を知っているので、光の球を渡してくれた時と同じく私を応援し、健闘を祈りながら、光に溶けていく。お別れの時だ。


とあるメーちゃんだけはメアリーの側でもう少し残ってもらう。私を含む全てのヒーローが全員急に消え去ってしまうと心細いだろうし、心配だから。ちょっとだけ延長お願いします。



光に溶けた様々なスーパーヒーロー達が、私の中に還っていく。

数多のヒーローを学習し、その力を回収し、滅すべき敵に放つ。



スーパーヒーローモード最後の必殺技。



必殺というのは、必ず殺すという意味だ。だいぶ物騒だが、これを受けた相手はこの宇宙から必ず消滅するのでまさしく言葉通りだろう。



極大のエネルギーを感知したらしい工房が全火力を集中させながら逃亡しようとするが、既にその周囲はこの宇宙から切り取られ始めていて、もうその球状の断絶空間から動く事は出来ない。


もうこの宇宙に、私達の家があった証は何一つ残らない。



「さよなら我が家。ずっと楽しかった」



眩い光がマントの形で装着されて大きくはためき、暗闇を照らす。恐らく根源的なスーパーヒーローの力の具現化。


ロボットが魔法少女に変身した上でマントはなかなか装飾がごちゃついてしまっている気がするが、私にとっては凄くかっこよく感じるのでアリとする。



隕石を倒すという、最初に受けた最重要のミッションの、後片付け。



さあ、お別れだ。私の全身が輝き、断絶空間ごと貫くための加速領域が展開される。ヒーローの力を集結させたこの拳が、バッドエンドを突破する。



「必殺!」


この宇宙から、消えよう。私と共に。


「バッドエンドイレイザー!!」



キッズ向けコメディヒーローの再現として生まれた私の、最大最強の必殺技。バッドエンドの要因をこの宇宙から消し去る、ヒロイックパンチ。


拳を突き出したまま対象を貫通し、この世界から削り取る。


私の背後には、空間ごと貫かれた工房。僅かに遅れてから衝撃が伝わり、一瞬極限まで空間が小さく凝縮されたあと、凄まじい光を放って大爆発する。


凝縮も爆発も、この宇宙から一つの存在が消滅した余波に過ぎず、工房があったという事実すらもう誰にも観測する事が出来ない。



あの場所は、この宇宙にもう無い。


終わったんだ。


これで全部終わり。私の、エンディング。



「あ、結構つらい」



泣く機能が多分無いのでそういう感情を発現させる手段が無いけど、やっぱり辛い。


皆と離れておいてよかった。一応表情は表現されるので、かなり心配をかけてしまう可能性があったかも知れない。


離れておいてよかった。これはちょっと、笑ってお別れみたいなのは無理だ。



「でももう大丈夫。メアリー」



私は全てのミッションを間違いなく達成した。今の人類にとって逸脱しすぎた力という脅威は、もう残っていない。私を除いて。



「普通の脅威はお願いね、ミナ、ナイン」



もちろん、ミッションを達成したという事は、私についても問題無いという事だ。



「メーちゃんと……ハカセとメテオタベタラーは、ちょっとの間だけ残っててね。問題ないくらいに先に補正していくから」



置き土産は精霊数体。ミナ達を無事に地球に送り届けて、出来れば私の代わりにお別れもしておいて欲しい。



「じゃあ……ばいばい、みんな」



最後の切り札というのは、そこで絶対決着をつけると決めた覚悟の切り札。その後に残すものなんて何も無い。


これが、私の終わり。



スーパーヒーローとは超越した力。この宇宙から逸脱した力。それを無数に喚び出して、自分でも全力で行使した。


例えば壁にペンキで落書きするように、ガラスを落として割るように、書き換えたり壊したりする事自体は簡単だ。


大変なのは元に戻す方。



病院の大精霊とヒーローモードだけでもセーフティが必要だったように、私が自分のとんでもない力を全力で振るえば、私自身でさえもそう簡単には元に戻せなくなってしまう。


好き放題に書き換えた宇宙を問題ない程度に戻しきるには、書き換えた以上の労力が要る。だから、私が本気で全てを出し切るのは最後だけ。最後の切り札の時だけしか許されなかった。



まぁ、でも、丁度良い。


残った最後の脅威の排除と、宇宙の修復。同時に行えるのだから、良しとしよう。



体から力が抜けていく。


私というチートが荒らし回ったプログラムの修復エネルギーに、そのチートを動かしていた力の全てが使われ、溶けていく。私の中の別宇宙が、この宇宙の修繕の対価として消えていく。


機械生命体としてハカセが完成させた頑丈すぎる体が、それを構成していたエネルギーへと還って光の中に消滅していく。質量とエネルギーは似たようなものなので、頑丈というのはつまりすごいエネルギーらしい。


痛いと嫌だなぁと思っていたけど、何も感じない。ちょっと暖かいかなくらい。これならまぁいいや。



ふと胸が苦しくなり、両手で顔を覆う。



少しの後悔。まぁそうだよね。こういうときは、何を選んでも、何かしらの後悔をするくらいはしょうがないよね。



……やっぱり、ちゃんと挨拶くらいしたかった。


ちゃんと会って、出来ればメアリーを完全に送り届けて、これからどうするのか聞いて、可能ならもうそれを見守って、その先の事をミナとナインに相談して、それから、それから、


ああ、そうだった。ハカセも巻き込んじゃうんだった。これもちゃんと、ちゃんと、



ああどうして。少しじゃない。全然少しじゃない。全然後悔ばっかりじゃん。最後まで来ても、やっぱり思ってたよりうまくいかないものなんだなぁ……。



せめてどうか。どうか静かに。


全部ちゃんと思い出して、ちゃんと全部抱えて行きたいから、どうか静かに。



こんなにうるさいと、集中できない。

どうして最後くらい締まらないのか。



どうして、もう全部終わったのに。



どうしてこの警報は鳴り止まないのか。


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