第45話 全てはこの日のために
長時間の星間飛行。
しばらく語らった後、ミナは気絶するように眠りについた。
大暴れする私を止めた後、実に10日近くメアリーから私を遠ざけ続けた疲労は尋常では無かっただろう。お礼を言い切れていない。
白銀の機体の手を引いて、地球付近の宙域で待つナインの機体を目指す。
「ヒーローモード、二段階へ」
完全に起動したヒーローモードは、これから最後まで……メアリーを救うまで解除される事は無い。眠気として訪れるリミッターも二段階より先に進めばもう働く事は無い。この時の為に取っておいたのだから、ここから先は必要ない。
日常を過ごすには過剰すぎる力を存分に解放し、脅威排除の為のモードを力で抑えつけて、静かな宇宙を進み続ける。
私とミナの恐らく最後のデートは、誰からも観測される事は無い。
観測は見るものと見られるものが相互関係に無いと成り立たない。観測されたものから情報という力を奪わない限り観測は実行出来ない。
観測出来ないという状態は観測で奪われる重大な力を消費せず、その観測者の所属する時間に張り付けられる事も無い。
私は時間の加速をパクる際にミナの案をメインで採用した。この宇宙の時間のルールは周囲の処理の重さで速度が変動するという大分無茶な感じに砕いた解釈の元、例えどれほど重い処理を取り除こうと時間の遅れが解消されるだけで速くはならないという課題に対し、配信PCとは別にハード性能を増強したゲーム実行PCを持ち込むツインPC方式での時間加速を行っている。つまりこの宇宙にもう一つ別の宇宙空間を持ち込んでいる感じだ。
精霊魔法も含めて、基本的には私にとって処理方法や理屈は曖昧な理解止まりで、今回の仕組みもそれを実現するために行っている自動補正部分が実際には何をどういう理論でどうしているのか理解しているわけでは無い。正直あんまり難しい認識は苦手なので色々怪しさは残る。自分の事を賢くカワイイ天才ロボだと信じているが、難しい数字や言葉があんまり得意じゃないというのは認めざるを得ない。
それでも、今回自分にとって明確に何をどうしたのか定めたのには意味がある。ハカセの作戦の一つ。
メアリーによる観測不能シンギュラリティを観測可能なレベルに堕とす為だ。
例えどこまで正確なのか実際には正しく分からなくても、私が一つ解を出した。この宇宙に一つ回答を提出した。
メアリーの工房の真価は、人類にとって想定を超えた特異点という観測も計算も成り立たない不確定さにある。
今の人類には答えにたどり着けないという不確定チートを、答えを無理やり観測する私のチートで破壊する。
メアリーの工房の力をパクって、それがどんな感じかざっくり世界に示した。
それが収束しない筈の確率だろうと、自在に動き宇宙同士の壁も超えて力を伝える筈の波だろうと、原理を予測されたオカルトが物理現象に縫い付けられてしまうように、未知という強い力は未知のまま世界から隠されていなければ予測されうる弱い力へと墜とされる。
仮想宇宙だろうと実在観測可能で、フィクションと現実の区別をする必要のないフワフワした私に対抗出来るのは、答えがフワフワした状態の工房まで。
現状不可能なものを不可能としか観測できない人類ではなく、メタニンとして完成した私の前でその全力を見せてパクられた以上、特異点のままではいられない。
ある意味ではもう私と工房の戦いが始まっていて、それはハカセが私を精霊魔法使いに調整した時点で決定的に私が優位となっている。ロジカルから逸脱しきれない存在がマジカルと定義される存在の前で不確かなフワフワさの勝負をしようなどと無謀が過ぎる。
人類がAIによって成されると夢想した夢をAIである私が破壊するのは申し訳無さもあるが、女の子を犠牲にするようでは不合格だ。再び眠りについてもらう。
やがて、止められた隕石が見えてくる。
「メアリー……」
小さな地球を判別できる程度にまで近づいていたけれど、隕石がその先にある見えないラインを超えることは絶対に無い。
時間を越えようと、瞬間移動で飛び越えようと、そこがゴールラインだと指定されている限り絶対に超えられない。超えられなかったという確率の確定を押し付けられる。
保険として起動していた精霊。溢れんばかりに力を注ぎ込み続け、強固な概念として存在する守護神。
最初の精霊であり、最初に望まれた力であり、止めるための力。守るための力。
ゴールキーパーの精霊が居る限り、ゴールラインは割られない。
月よりでかい隕石は、月よりでかい二つのキーパーグローブに掴まれてもう動けない。
「ひ、ヒーロー……!ハカセ……!!」
離れた場所で待機してくれていたナインの機体の側まで白銀の機体を届けてから通常時間の時空へと戻ると、すでに加速を失って捕らえられているメアリーから苦しげな声が届く。
『メアリー、ワタシは約束を守る気も守らせる気も最初から全く無かったし、ずっとそう言っていたぞ』
精霊のハカセが私の近くに再召喚される。
大半の戦いはその瞬間よりも準備期間で決着が決まる。ハカセにとっての戦いは、これまでの全て。きっとメアリーを助けるためだけに積み上げてきた、これまでの全て。
「ま、まさか私をホームランする気だったなんて……!」
そしてハカセの球技認識が壊滅的なのは、簡易無補正AI学習にありがちな変な誤認だけでは無かったらしい。メアリー、サッカーにホームランは無い。
「う、うわ!?ミナさん!?メタニン!?」
「ナイン!しばらくミナをお願い!」
突然目の前に隕石が現れて、なぜか自分の機体がだいぶサイズ差のある白銀の機体を抱えていた為、ナインの悲鳴が通信機から届く。
「りょ、了解!えっと、そうだ、脅威度はちゃんと落ちてるか?」
「うん。ありがとう。ナイン、メテオタベタラー、本当にありがとうね。これならきっといける」
「オレは人なんて絶対に食いたく無いからナ。頼むぞあるじ」
逸脱した脅威とは、他者に協力されないと目的を完全達成出来ないような隙だらけの存在では無い。頭脳組に揚げ足を取られ、エースパイロットに苦戦しているようでは評価が落ち続ける。
既に脅威排除モード対策のヒーローモードは起動していて、その脅威も落ちている。保険は完璧に働き、準備としてはかつてないほど万全だ。
根本的な危険度の高さゆえにどうしても脅威側に引っ張られる感覚はあるが、不意打ちの時とは違って主導権は完全にこちらが握れている。
「ヒーロー、どうして……!抑えきれなくなる前に倒してもらわなきゃ、ダメだったのに!」
メアリーの意思とは裏腹に、隕石の体は拘束から逃れようと様々な兵器を放出する。
どれもこれも今までとは違い明確に相手を攻撃して排除する為の強力な兵器。免疫や反射と言った、思考とは別で容赦なく無慈悲に敵を排除し、場合によっては自分が傷つくのも厭わない強烈な反撃行動。
……これに勝つだけではなく、圧倒して、工場を再現性ごと破壊する。その先でこそ脅威度を失ったメアリーを完全に救える筈だ。
だからこちらも本気で行く。
「私の、ヒーローの、バカー!!」
「いくよ、メアリー!」
戦闘が始まる。
メアリーに見せなければ。
ヒーローモードの段階を上乗せた先にある、神話から続く人類が憧れ続けた超越者の現代の姿を。
これが、私の最後の切り札。
「スーパーヒーローモード!」
無数の光が、謎の派手なエフェクトが、高速で動く何かが、危険な兵器群を吹き飛ばす。
必殺技だ。それも一つや二つではない、無数の決め技。
「な、にこれ!?」
驚愕するメアリーの声。
いくら危険な兵器を出そうと、むしろ危険なほど、無数に散らばる光り輝く何者かがそれを打ち砕く。
メアリーが作りたかった、メアリーが助けを求めたかった本当の相手。
フィクションのスーパーヒーローに助けてもらいたかったメアリーの本当の願いを叶える形。
私を通して、子供たちから見たスーパーヒーローそのものを精霊として無限に喚び出し、私自身もスーパーヒーローとして認識されうる力を振るう、フィクション実現チート。
様々なヒーローの力をごちゃまぜに内包し、名前までめちゃくちゃに盛られた私がそれらを全て解放する最強の力。
今、この世界には、本物のスーパーヒーローが居る。原画や俳優という意味の本物では無く、子供たちが本当に存在すると認識し観測していた心の中のスーパーヒーロー達が、ここに居る。
嘘でありながら本物。誤認してたり美化してたりするけど本物。そして本物中の本物。無数の心に宿る無数の世界から、無数のスーパーヒーロー達が飛び出してくる。
何千回でも何万回でも誰かを救える力を前にして、救われずに済むと思わないでよ、メアリー!
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