第44話 ヒーロー復帰と修羅場


眠りについてから24時間が経過。

まだ保険は発動しない。メアリーは動いていない。



100時間が経過。

まだ保険は発動しない。想定より盤石なチャージが完了した。


200時間が経過。

保険配置の精霊に起動気配を感知。準備を開始するが、メアリーはまだ動かない。

フルパワーでの稼働時間が期待値を大幅に突破。予備チャージ継続。



240時間が経過。

予測値が保険起動を指示。覚醒状態へ移行。



 * * *



周囲の音が聞こえ始める。ミナと……メアリーの声だ。


かつてないほど体に力が漲っている。まさかこれほど万全の体制で挑めるとは。きっと私に見えない部分まで想像以上に皆が頑張ってくれたのだろう。


保険配置の精霊が起動した。きっと、メアリーが動き始めているのだろう。一体どうやったのか全く想像が付かないが、これほどまでに時間を稼いでくれてありがとう。



さぁ、覚醒だ。


あらゆるセンサーが、周囲の状況を一斉に送り届けてくる。

最初に届いたのは、大事な人達の声。



「私のヒーローを返して!バカ!メンヘラ!!」

「メタニンちゃんの一番はわたしよ!」



大事な人達の、口喧嘩。



「私が作ったんだから!私の子なんだから!」

「親が子の恋愛に口出しなんて!」

「恋愛じゃないもん!他に彼女が居るって言ったじゃん!」

「ハーレムなのよ!」

「アウトだって言ったでしょー!!!!」



大事な人達の、痴情のもつれみたいな、地獄の口喧嘩。


あれ?


「なんだこれ!?」

「メタニンちゃん!!」

「ヒーロー!」



飛び起きて周囲の状況を確認する。

白銀の機体のコクピット内。その後部座席に私は括り付けられている。


外にはどうやらミナが倒してきたらしい無数の機体の残骸。どうやら口喧嘩ではなく手も出ていたらしい。



「メタニンちゃん、もう準備完了?」

「う、うん、凄く。本当にありがとうミナ。でもこれどういう……」


眠る直前まで間違いなくシリアスだった。かなりシリアスだった筈だ。何がどうなってこんな有様になっているのか。


「メーちゃんは私のヒーローに生まれ変わってくれた筈なのに!メタニンって変な名前はまだ許すよ!スーパーとヒューマンでしょ?私には崩した意図も理由も分かる!元のセンス自体私のせいだろうし、許す!でもハーレムは許せない!!」


そしてメアリーは激昂である。怒ってるとか不機嫌とかじゃなく激昂である。私のハーレム計画が親にバレているようだ。



「あ、あの、メアリー、私、生まれ変わって最初の大事なともだちがミナで」

「友達どころか自称恋人メンヘラになっちゃってるじゃない!」

「その、もしかしたら最初にNTRしたせいでちょっと何か」

「何やってんの!?あっこの記録データか!これ!?ビームで!?何やってんのヒーロー!」

「メタニンちゃんのあのビームは一時的に心と体が気持ち良くなるだけよ!好きになったのとは関係無いわ!」

「気持ち良く!?!?!?」

「あっちょっごめんミナ、ほんとにちょっと待って」



まずい。だいぶまずい。大変な決戦に挑むつもりではいたが、こんなに精神的に大変だと思っていなかった。


「どうしてくれるのマイヒーロー!私、もう本当に限界なの!速く倒して貰わないといけないのに、こんな、こんな!」


メアリーが嘆いている間に、しれっとミナがモニタに現状のデータを次々と映してくれる。


地球ではメアリーによる変異対策と競い合うように巨大企業群とその支援を受ける地球防衛隊が世界各地で危機対策に挑み、変異前の元の植物への再変異という強引で急激な変化に対し地球全体での対応が始まっていた。


メアリーが他の誰かにカバーされている。そしてミナに止められている。


約束という名の脅威排除モードに対抗しようと身構えていたが、やけに余裕があるのは逸脱判定が落ちているからのようだ。


どうやらミナがメアリーから私を隠し続け、その間にナイン、ハカセ、メテオタベタラーの頭脳組が状況を動かしてくれていたらしい。



「……メアリー、もう少し私とお話する?」

「もう本当に無理なの!探知したから出てきたんでしょ!?」


じわじわと隕石の周囲の空間がおかしくなっている。


「人間の知能は人間の体の為に出来てるの!相当補正してみたけど、やっぱり無理……電脳化も鉱石化もそのままじゃ駄目なんだよ……抑えきれない……本当にもう抑えきれない!」


「ねぇメアリー、抑えきれないっていうのは、地球に帰りたいって事だよね?」

「ち、ちがう、ただの帰巣性だよ!お願い変に意識させないで、私……っ!」

「大丈夫。隕石を地球に落としたりしない。メアリー、元の人間に戻してあげる」

「バカ!だから駄目なんだってば!甘い言葉は今本当にダメ!い、今すぐここで壊して!」

「壊さない。絶対助けるから、お願い、大人しく……」

「バカーーー!!!」



その瞬間、世界がぐにゃりと歪む。


隕石周辺がかなり広範囲にねじれて、私を乗せたまま白銀の機体がその歪みの外へと弾き出される。


保険が発動した時点で止められないのは分かっていたが、やっぱりあの機能だけは封じなければならない。逃げられないように捕まえて、封印する。


ごめんメアリー、ハカセ、工房は閉鎖する。人類の未来は時間通り未来に居てもらう。未来の先取りはまだ人類にとってルール違反だから、同じく違反そのものであるチートロボと共に眠ってもらう。



『……ヒーロー……っ!……を……!』

「絶対助けるよ」

『…バカ……ーッ!』



隕石が唐突に消失する。


まだ空間がおかしくなっているが、もうそこにメアリーは居ない。



「メタニンちゃん、おはよう。もう任せていいの?」

「おはよう。長時間本当にありがとうミナ。おかげもう大丈夫」


遠くで精霊が動く。


「ナインさん達は地球の近くまで移動しているの。もしメタニンちゃんも地球側に凄い方法で移動するなら、わたしだけはぐれちゃうから、連れて行って欲しい」

「勿論良いけど、なんでちょっと棒読みなの?」

「ちょっと疲れが出たかも。やっぱり地球近くで決戦なのね?」

「うん」



一度白銀の機体から外に出て、機体をしっかり掴んでから、私も世界を歪ませる。


「これは……そうか、メタニンちゃんってなんでも再現……ううん、実現出来るから……」

「そう。今、完全に観察したから、もう私にも出来る」


多分詳細な方法は違うけど結果は同じ。パクった。


私の周囲は、見た目以上に極端に軽く、極端に広がっている。私とミナにとって時間の流れがおかしく感じるわけでは無いけれど、範囲外から見ると相対的に時間の進みが早い。



「一瞬で着くけどしばらくかかるから、初めての遠出に付き合ってね」

「わたし永遠にメタニンちゃんとお付き合いするわ」

「ミナも重みが歪んできてるかも!?」



白銀の機体を掴んだまま、メアリーを追いかけて発進する。


最後の発進。


最後の決戦だ。


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