第43話 それぞれの決戦始動・火星基地の視点

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それぞれの決戦始動・火星基地の視点



突然の火星襲撃による混乱が収まる間もなく、地球防衛隊の火星基地は人類の存亡を左右する重要な情報の中継地点にされていた。


植物変異事件の詳しい状況はまだ地球側でも把握しきれていない様子なのだが、なぜか隕石にいる筈の博士からその事件の詳細データと対抗策があらゆる通信方法で全域に送信され、一部の企業と防衛隊上層部特定派閥によりその情報の精査もすっ飛ばしてそれに応じる指示が飛び交う。


反応を見る限り、どうやら今回の大惨事とやらも何か上に絡んでいる奴らが居て、それの後始末をさせられるらしいと呆れ返るような空気が現場に流れる。


度々飛び交うシンギュラリティ装置が云々という話はどうもオープンで広域通信されたくない情報らしいのだが、通信妨害が急に消えてから火星は民間施設まで中継役と交渉取次役にされているので、知りたくない情報だって筒抜けで見せられてしまう。ただ、こちらは地球の危機と押し寄せる情報の渦で手一杯なので、構ってられないというのが現状だった。



そして、更に現場を混乱させているのが、痴情のもつれ配信だ。


本当に全く意味が分からないが、今、隕石ではとんでもない愛憎劇が繰り広げられている。



「お、おい、また戦闘が始まるぞ」


超望遠カメラの映像が大きな壁をモニタにして映し出される。いつのまにか技術班が勝手に襲撃機体の残骸から色々パクりまくっていて、まるで超高級の最先端機器のような代物がいまや火星基地に溢れているので、戦闘が起こるたびに重要状況の観測という名の観戦会があちこちで繰り広げられる。


こんなことをしている場合では無いのだが、かといってこの戦闘もまた地球の命運を握っているのだ。



まさかあの人が本当に生きていて、今もまだ最前線で戦っているとは。


たった一人で隕石の進行を阻んでいたとは。


最初に話を聞いた時は皆涙を流し、その状況に胸を熱くした。わけのわからないフィクションのような事件に巻き込まれたばかりだが、今度はフィクション映画の主人公のように最強のエースが絶望的な危機を前に帰ってきたのだ。誰しも憧れた無敵のパイロットの生還。興奮しないわけがない。


まぁ、その興奮も実際にその戦いを見ると形容しがたい気まずい雰囲気に飲まれ消えていくのだが。



「……どうする?一応通信音声も確認する?多分またこれも全域にオープンで垂れ流されてるけど……」

「正直音声無い方がかっこいいんだけど……一応大事な観測だしな……」



気まずそうに映像と音声を合わせる隊員達。

よく見ると耳をふさいでいる者も居る。恐らく重度なファンだったのだろう。口数少なく美人で最強のパイロット、ミナ。隠れたものも含めればファンクラブは数えきれないほどあった。


そのミナの音声が入る。



『それ以上近づかないで!』


若干映像とズレがあるが、何らかの捕縛装置を一閃する白銀の機体とエースパイロットの凛々しい声。


『メタニンちゃんが奪われたら、わたし生身で宇宙に飛び出すわよ』

『め、メンヘラ過ぎる!奪うも何も、私のヒーローなのよ!?』

『メタニンちゃんは貴方のものじゃない。ナインさんの彼女よ。でもわたしが一番なの』

『どうしてこんなドロドロ大人向けドラマになっているの!?キッズ向けヒーロなのに!』



音声を聞いた数人が頭を抱えてうずくまる。どうやら今回初めて状況を知ったらしい女性隊員が気絶して倒れる。あの子も重度のファンだったらしい。


映像はとんでもなくかっこいいのだ。巨大で美しい白銀の機体が、未知の兵器を全く寄せ付けず隕石の前に立ちはだかり続ける。


前回の事件の時に特定の隊員の間でエース生存の噂が広まっていたが、それが本当だと証明された形だ。まさかその熱い展開でこんな気持ちになるとは誰一人予想できなかっただろうが。



『何を考えているの!?私を倒せるのは私のヒーローだけだよ!もうあまり時間が無い!』

『もしメタニンちゃんが貴方を殺したらわたしも死ぬわ』

『なんで!?怖すぎる!!』



事情は本当によくわからないが、博士とは別にもう一人女性が隕石に乗っていて、話を聞いている限りではメタニンという存在に自分を殺して欲しいらしい。そして、本当に良く分からないが、うちのエースパイロットはそれを死んでも止めたいらしい。


恐ろしいことにどうやら火星基地内にもそのメタニンに好意的な者がちらほら居て、ヒーローのロボの玩具の魔法少女だけど凄く良い子なんだと意味不明の妄言を複数人で証言していた為、どうやら何らかの危険な洗脳を複数の女性にかけている疑いがある。エースパイロットも隕石の女性もその被害者かも知れない。奇跡の生還に感動していたらこれである。



『第四波は地球の近くに出現するの!変異事件の解決はもうあと数日もかからないよ!』

『それの何が悪いの?』

『だ、だから、あの事件だけが私を責任感と最優先指令でここに留めているの!あれが解決したら、私はもう我慢しきれない。絶対地球に向かってしまう!』

『なるほど……やっと流れが分かってきたわ』



時折とんでもない重要情報が突然紛れるので全員気が抜けない。むしろこの為に通信を垂れ流しているのだろうけど、他の情報のカロリーが高すぎる。



『分かってくれた!?メテオイーターがなぜか居なくなっているの。だからもう私を止めるのは私のヒーローだけで』

『動かないで!動いたらメタニンちゃんを別の銀河まで連れ去るわよ』

『キッズヒーローをメンヘラが誘拐する気!?ま、まさかあなた私のヒーローのストーカーなの!?』

『わたし達は愛し合ってるわ!!』

『さっきナインって人の彼女とか言ってたじゃない!』

『ハーレムだからセーフなのよ!』

『アウトだよ!?嘘でしょ、キッズヒーローにハーレムを作らせる気!?』

『メタニンちゃんはみんなに愛されるヒーローなの!わたしが一番だけど』

『それはそういう意味の言葉じゃない!!!その上で独占欲!?おかしいよ!!』



再び多くの地球防衛隊隊員が天を仰ぐ。何か強引に白銀の機体を抑えようとした隕石側の謎の機械達は手も足も出ず全て片っ端から撃ち落とされ、その戦闘における会話は理解不能の痴話喧嘩。


信じられないことにこの恐ろしい戦いは、かれこれ数日間続いている。


そして数日間この有様である。



だが今回も重要情報が混ざり、先に地球に向かった部隊や本部とのやり取りが活性化する。



植物変異事件の対応に必須となる情報と、抑えるための薬剤、そして一時的に大量の汚染物質を回収する為の作業用防護機体。その全てが既に地球防衛隊に届けられている。それらは今現在人類に出来る最高速で火星から地球へと輸送されつつある。


博士の意図は本当に分からないが、どれもこれもどうせ上で何かあったのだろうと同じ言い訳で一時的に胸に飲み込んでいく。真実が現場に届く事なんて実際滅多に無い。防衛すべきものを防衛するだけだ。その為に使えるものを全て使うだけだ。



火星を襲った尋常じゃない量の襲撃機体。それに塗布されている塗料こそが事件解決の薬剤。多分良識とか常識が狂っているのは間違いないが、確かに解決のための全てが届けられている。


問題は博士のレベルに追いつける人間が誰も居ない為、いくらデータや現物を送られてもそれが本当に正しいのか判別しきれない所なのだが、先程の戦闘中に漏れ聞こえた第四波という言葉でどうやらこちらで検証する前に実地で本番が開始されてしまうと判明した。


火星襲撃が事前検証と準備用のテスト品送付で、完成品の本送付が地球宛ての第四波なのかも知れないと数人の隊員が予測を口にするが、誰も彼も曖昧に頷くくらいしか反応出来ない。確かにとも、そんなわけねーだろとも言い難い。



何も知らなければ博士が地球に大量の兵器を送り込み、本格的な攻撃を仕掛けた光景に他ならないので当然必死に止めようとすべき場面なのだが、もはや体裁も無視して上を通さず直接複数の企業から協力要請が飛び交い始めている。



地球防衛隊の現場にとっては非常に難しい選択肢ではある。


少なくとも地球で大規模な突然変異事件が発生しているのは事実で、それをなんとかしないと人類が滅びかねない最優先事項なのも事実。


それを博士が未知の技術で対応しようとしていて、それに企業共がなぜか異様に協力的というのはとんでもなく怪しく、従うのが怖いのも事実。基本的には従うしか無いし、疑って止めた結果本当に対策だった場合、地球救済のチャンスを何も分かっていない自分達が邪魔してしまったというオチになるのも怖すぎる。恐らくはやるしか無いが、怖いものは怖い。誰もが何も選びたくなくなっている。


そして、今も漏れ聞こえる痴話喧嘩によって、その変異事件が解決すると隕石が地球に向かって発進するという最悪の情報まで得てしまった。元々はメテオインパクトの危機という話だったので遂にという感じだし、他でもない隕石を操縦しているらしい女性本人が言っているのだから事実の可能性がとても高く、とても怖い。


だが、怖くても体が動かせてしまう人間にしか地球防衛隊は務まらず、率先して動く一部の隊員達に引っ張られて火星基地も地球側の防衛隊も動き始める。



 * * *



……また、特定の所属の隊員達は、ナインというお人好しで無茶をしがちな隊員の生存を喜び、彼女の作戦に最初から全力で協力していて、通信連絡網の形成に一役勝っていた。ある派閥の上司を通し、真っ先に特定の企業へと重要データを流したのも彼女達で、それこそが決定的な転換点だった。


実際は、誰も何もしなくてもメアリーによって地球は一応救われる。頼る事を知らない少女は、計算上許容範囲内の犠牲と影響を無視して地球を救う。誰かに頼るだけでその許容した犠牲を更に抑えられる事に気づいていない。


自らの力を危険視するあまり、自らの力を過信しすぎている。他者を軽んじすぎている。それがナインの見出したメアリーの隙であり、メタニンにも通じる鍵。


一人ぼっちにさせてしまった少女と、更にその先で大切な人を救うためにナインの取った最初の作戦は声の届く全員に助けを求めるというシンプルなもので、そしてシンプルなものほど強力だという定番の仕組みを実現しようとしていた。

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