第42話 それぞれの準備完了・ハカセの視点
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それぞれの準備完了・ハカセの視点
森林区画のデータをナインの機体に詰め込む。メタニン達と訪れた箇所だけでは無く、失敗区画も含めて全てのデータを。
正直今のワタシはそこまでこっちの問題の成否を重要視していない。地球の危機や人の命に慌てるワタシの感情はあくまでメアリー由来のもので、プロテクトが解除された今となっては別の誰かの意思や思いを感じているだけに過ぎず、ワタシという人格そのものはそこまで人類が好きではない。
どんな事情があったにせよ、人類は小さな女の子一人に全ての責任を負わせてしまった。たった一人で宇宙を彷徨わせ、肉体的には呆気なく死なせてしまい、人であることを捨てさせて、それでもなお何百年と孤独のまま責任を果たそうと泣き続ける少女に気づくことすら出来なくなってしまった。
あまり好きではないと、思い出した。
そしてワタシのプロテクト解除は、メアリーの休眠状態の解除に直結している。
再変異剤もとっくに検証が終わり、セーフティであるメタニンが完成しているのだから、本来のワタシならとっくにメアリーの休眠状態を解除して各データを渡している。それをプロテクトで捻じ曲げていた。自分が何をすべき存在なのかを自分から隠し、指示系統に参照エラーを起こすことで目覚めを引き伸ばしていたのだ。
ワタシはただただメアリーを救いたいだけだ。人類の命運は救出の為のおまけに過ぎない。確かに急激かつ根本的な解決はメアリーだけにしか出来ないが、メアリーが諦めてさえくれれば人類は度々甚大な被害を出しながらも結局様々な問題を抱えたままどうにかこうにか生きていく筈だ。既に別の星にまで生活圏を広げているのだから、いざ種族の死が間近に迫れば何が何でも生き延びる力くらい持っていると思う。
だから森林区画が壊れてくれても良かった。諦めてくれるなら万々歳で、まだ投げ出さないにしてもその方が時間が稼げる。メタニンが本当に完成するまでの時間が。
ワタシ自身メタニン達との対話学習により人格が急成長するまで想定以上に未完成だった。元々人工知能だった訳では無いので便利なデータパックも中間ソフトも何も無いし、自己学習の方向性すらチューニングされないので当然と言えば当然だ。
だから、ミナとナインは奇跡の救世主だった。想定より遥かにメタニンを、そしてワタシをも成長させてくれた。
最初からある程度の対話学習AIを積んでいたメタニンの方は、子供向けのヒーロー玩具という特性も相まって元々人工知能の中でもかなり人間に優しい思考パターンを持っている。コメディキャラというのも最高で、どれほど深刻で苦々しい絶望的な状況を前にしても、あいつは最終的に気が抜けて笑ってしまうような無茶でバカな解決方法を算出する。
その無茶な解決をしてほしいのは変異事件ではなく、最初からずっと言っていた隕石の方だ。
鉱石体に意思が引っ張られているメアリーは、人間性を失いつつある思考パターンに加えて元々抱え込んでいた辛い感情を抑えきれなくなっていく。
あの子は誰も恨んだりしていないし、必死に人類を守ろうとしているだけだが、それは辛くないという意味では無い。
……メアリーは、ずっとずっと地球に帰りたがっている。
そしてそれは結果としてメテオインパクトとなる。
もしメタニンが普通じゃあり得ないような奇跡を起こせなかったなら、メアリーは必ず破壊されるだろう。人類を逸脱した危険な力を持つ脅威であり、その力をただ見逃そうとするならば物理的に危険な隕石として壊される事になる。他ならぬワタシとメタニンによって。
隕石破壊装置、メテオイーターはもう完成している。森林区画というメアリーにも壊しづらい場所に配置出来たのと、想定以上に賢く状況を理解してくれていたこと、これはちょっとよく分からないが奴がメタニンの精霊にされた事でワタシによる隕石破壊の可能性は限りなく低く出来た。
メアリーの緊急指令によるメテオタベタラーの強制稼働は非常に可能性の高いバッドエンドの一つだったが、かなり早い段階から見事に回避出来ている。
更にはワタシ自身も精霊にされた事で、全ての力をメタニンに託す事が出来ると思われる。これもちょっとよく分からないが、多分ワタシはもう元の宇宙とは別の法則で存在している。冷静になるとめちゃくちゃ怖いのであまり深く考えないようにだけ気をつけている。一旦、一旦メリットだけ受け止めておく。
変異事件をこちらでどうにかすれば、メタニンの全力をメアリーにぶつけられる筈。あくまで次の一手の為と、ミナやナインへの恩返しの為に、変異事件解決までは全力で協力する。その後は全てをメアリーの為だけに使わせてもらうけれど。
そして、この森林区画。これこそが、解決方法が確立している証。
ここの汚染されていない植物達は、綺麗な場所で綺麗に育てたわけではない。スタート地点は今の地球と同じ。つまり、再変異のテスト区画だ。
汚染と変異を再現した区画が、今ただの美しい植物園のようになっている。今あるこの光景を生み出した経過こそがメアリーの長年の成果だ。結果をいきなり取り出せる特異点工房の中で、何事も無い無事な経過という誰にも評価されない部分こそメアリーが欲しかったもの。
幾つもの条件の場所で、何十年と経過を観測し、変化の過程や以後の影響を確認し続けた。何百年も時間をかけた。
元の変異自体、途中経過が大問題になっているだけで最終的には地球環境を大幅に改善させて人類を救済する偉大な発明の筈だった。汚染で絶滅しかけている様々な植物を広範囲に救い、尚且つ汚染自体を軽減していく。理論としては、最終的な結果としては、救われる筈。元々は汚染が悪いわけだし、汚染から守らなければならないのも事実で、いつか誰かが対策しないといけなかったのだから、やらない理由も無かった。
それが人類に制御しきれていない方法だとしても、シミュレーション上では問題なかった。そのシミュレーション自体が現人類に出来ない方法を前提にしていたのだが、それもメアリーになら解決出来ると人類も人工知能も判断していた。
問題が起きた所で工房を使えば解決にかかる時間自体が飛ばせる。工房を計算に加えた瞬間、あらゆる問題の脅威度は限りなくゼロに近づく。数字がおかしくなる特異点を自ら作って計算に入れているのだから当たり前なのだが、自ら生み出したものは自らの完全な制御化にあるような錯覚が人々を狂わせる。
その結果がこれだ。
確かにメアリーは初期の過剰反応や加速期の制御方法に辿り着いた。一旦過剰変異を戻して反応を緩やかにする再変異剤を完成させた。今度こそ間違えぬよう複数の長期テストを繰り返し、何度も何度も効果を確認し続けた。全て予想通りだ。
もしメタニンによってメアリーも無事に救われ、変異事件の解決と共に環境改善まで行われたなら、確かに予測通りの成功となるだろう。経過時間を飛ばして結果だけを取り出せる工房を使い、結果だけを見て成功なら、確かに何一つ問題なんて無い大成功だ。計算通りとしか言いようがない。
……だが、工房の中身として、それを成功だと断じて認めるわけにはいかない。
ワタシは実際にはハカセという工房本体側のOSでは無いし、メアリーの記憶データを持っているだけでメアリーでも無く、ただの端末に過ぎない。
メアリーが重大な権限を持っているのは工房の方であって、端末は端末に過ぎない。本体側の対話装置とワタシが別物だと言う事に分裂を目撃するまでメアリーも気づいていなかった筈だ。
誰でも無い浮いた存在で、工房に信号を送れて、メアリーに近い知識がある。
ワタシという存在自体が、メアリーによる工房制御に対抗できる切り札と言える。
もっと直接的で下らない奥の手みたいなものも色々と無くは無いが、そこらへんは切り札と言うより使いたくない温存手になる。
目を覚まして工房の制御を取り戻したメアリーは、止めるにしても助けるにしても非常に難易度が高い。その気になれば自分だけ時間を加速出来るのだから、イメージとしては時を止める能力者に近い。
今のあの子はだいぶ速いしミサイルなんか簡単に避ける。しかも不死の巨大鉱石生物で、もはや時間超越に躊躇も無い。いざとなればメタニンのNTRビームとかいうとんでもないものを参考にして何らかの無力化ビームを撃つくらいは余裕でこなす。むしろ破壊以外の強力な攻撃方法を知られたのがマズイくらいだ。優しいから積極的な攻撃をしてこないという地味に重要なアドバンテージが失われている可能性がある。
だからこその端末。立ち位置的には強力な攻撃や特殊行動、逃走を妨害するデバッファーという事になるだろう。
ちょうど必要なデータを集めきったタイミングで、ミナから目標を達成したと連絡が入る。宇宙にまで退避してメタニンは眠りについたようだ。
強烈な不可視攻撃を自由自在に用いて暴れまわるメタニンを見て本当に肝が冷えたが、そんなマジカルチートロボを相手に時間稼ぎどころか圧勝するのだからミナも大概おかしい。
だが、おかげで複数の問題を同時に緊急対応しなければならない危機から脱出出来た。
どういうわけかナインの機体も勝手にわけのわからんアップグレードが施されていて、ミナとは真逆に自動操作を駆使して迎撃装置の対処も高速移動も難なくこなし、時空ごと歪んでいるような通信妨害を突破してミナや地球防衛隊と連絡を取り合っている。
こんな未来は想定していなかった。メアリーを元にしたワタシが想定していないという事は、あの子も想定していないだろう。ヒーローはそこらじゅうに居る。そして奇跡のスーパーヒーローも実在している。
現実がこれほどヒーローだらけだと言うのなら、ずっと泣いていた女の子が救われたって良い筈だ。
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