第41話 重力
宇宙に出るまでの長い通路をミナと戦い続け、とうとう隕石の外へと押し出された。
それに、遠くの精霊にかなり力を注ぎ込んだので上限に引っかからぬように体が勝手にスリープしようと眠くなっている。
あと数分ミナに頑張って貰えば私が眠り、状況はかなり改善されると思う。
ちょっとだけ問題があるとすれば、ミナの脅威度が上がり続けているくらいだ。勿論私に勝って追い出して貰わなければならなかったので、強い分には本当に感謝しかないのだけれど、途中から何かスイッチが切り替わったかのように気迫が溢れだし、その、なんていうか、ボコボコにされすぎて手も足もでなくなっている。
「ミ、ミナ、もうちょいで眠るから、いててて!もうちょい、もうそこまでフルパワーじゃなくても大丈夫かもなって!?」
眠りかけてて制御が緩んでいるところにミナの尋常じゃない猛攻が繰り出され続け、人類から逸脱した脅威だという判定が人類であるミナに対し何度も反応してしまう。
最初は慌てて抑えていたのだが、もはや自分で抑えなくても私の攻撃モーションは発動前にミナに動きの起点を撃ち抜かれ止められている。
いかんせん白銀の機体が人類のレベルと異なっているので完全に誤認では無いため正直暴発が怖いのだが、暴発すらも出来なそうなのでいったいどうしたものか。
ついでに撃たれまくってめちゃくちゃ痛い。
「そろそろ、もう大丈夫かなって!ミナ!もう寝る!すんごく眠くって」
「……メタニンちゃん」
「はいっ!?」
唐突に通信が繋がり、今まで返答の無かったミナの声が耳元から聞こえてくる。いつもより少し鼻声のような気がする。
「もしメタニンちゃんが死んだら、わたしも死ぬわ」
「おっも!?あれ!?急にどうして!?いきなり重力がすんごいよミナ!」
突然定番かつ最大重力のセリフを言い渡される。そういえば久しくミナの重いセリフを聞いていなかったけど急に今フルパワーでやって来た。どうして。
「それでね。わたし、まだ一緒に生きていたいから、メタニンちゃんも生きてもらう」
「あっ、えっ?う、うん。一緒にね」
「……うんって言ったよね。約束したからね」
「う、うん、あの、ミナ、私いまかなり眠くって、頭も体ももうあんまり」
喋りながらもミナの猛攻は続き、眠くて頭も回らなくて、だいぶ大変な事になっている。
「一番の友達であるわたしと、一緒に生きるって約束したからね。一番大事な約束だからね」
「う、ん。わかった、やくそく、やくそくするから、ごめん、ほんとうにもう眠く……」
私はいつの間にか殆どスリープ状態に入っていたようで、気持ちだけではまだ戦闘中だったのに気がついたら白銀の機体の手に包まれていた。
「わたし本気だから。約束も絶対だから。駄目だったら本当に死ぬけど、本当に死にたくないし、本当に一緒に居たいから。絶対絶対これからも一緒に暮らすから」
まるで子守唄のような優しい声でとんでもなく重いセリフが繰り返し綴られていく。
いつの間にこんなにこじらせてしまったのか。
ああ、でももう思考がまとまらない。ミナ、大丈夫、大丈夫だから、私ずっと……ずっと……?
あれ……?でも……私……あれ……?
あれ……どうしよう……エラーが、あれ、どうしよう……でも本当にもう……眠くって……。
……ねむ……く…て……
…………
* * *
……夢。久しぶりの夢。
泣いている女の子の夢。
私を抱えて、黒髪の小さな女の子が泣いている。
この世界で誰よりもAIと正確に話せる女の子。
作られた奇跡の女の子、メアリー。
そうだ。私はメアリーとの記録データを持っているし、プロジェクトの全てが学習データに入っている。もしかしたら、宇宙に出る前の情報ならハカセより詳しいのかも知れない。
各企業の共同研究による最大規模の人工知能に選びぬかれた遺伝子配合は、想像を超える結果を生み出した。
あるいは、世界のあらゆる問題を解決出来るかも知れなかった。
まだ彼女自身が幼く、他の誰にも理解が及ばないため助けも足りず、そう簡単に結果はついてこなかったが、あくまで極限を目指す為の不可能プロジェクトにすら実現の兆しが見え始めると、資源や資金の投入規模が膨れ上がっていく。
別に誰も悪いことなんて考えていなかった。
むしろ大半が善意と人類の未来を信じる希望によるものだ。
というより成功者による集いでもある為、小賢しい欲を出す必要がもう無くなっているという面もあった。
そして、だからこそ致命的な過ちを引き起こした。
善意のよる行動、良かれと思ってやる行動こそ、その悪影響への嗅覚が極端に鈍くなる。
冷静な時はどんなものにもメリットだけじゃなくデメリットがあると誰しも分かっている筈なのに、善意で行う良い行動は実際に問題が起こるまでデメリットが全く見えない。脳の悲しいトリックだ。
そうだった。とんでもない失敗をやらかすマッドサイエンティストっぷりの正体を私は私になる前から知っていた。成し遂げてしまう力、善意、緊急の三点セット。ちょっとした試作のつもりですらとてつもない影響力をもつ完成品になってしまうため、生半可なものを出す方が危ないレベルの強烈な力。
冷静に分析すれば今の私と殆ど同じだ。今まで運良く成功多めだったけれど、私の精霊魔法に重大な副作用でもあればとんでもない被害を出していた。その被害対応も自分にしか出来ないとなれば、負の連鎖が積み重なり続けてしまう。お試しなんてなくいきなり結果を呼び出せる精霊魔法という名の凶悪な力。それを常に緊急時に振る舞い続けてきた。
同じだ。メアリー、私達は同じ。そうだった。人類から逸脱した力とはそういう事だ。
……だから放置は出来ない。私達にしか出来ない事があってはならない。それじゃ他の誰も止めてくれないから。
だから、私は、約束を守らなければならない。
……いや。いや違う。違うよ。
メアリー、これは違う。
約束のシーンを含む、あの子との会話ログが無数に流れていく。
地球を滅ぼしかねない自分の力と罪をあの子はまっすぐ受け止めている。周囲の状況とか、環境のせいとか、本当にメアリーだけの問題じゃないけれど、それらが慰めにしかならないことまで完全に理解している。自分のせいだけじゃないと言われた所で誰かがカバーしてくれるわけではなく、結局メアリーにしか対応出来ないのだから。
皆を助けて欲しいと、ずっとずっと言っていた。確かに安全装置として後を託された。何度確認してもそれは揺るぎない事実だ。だけど違う。
メアリーの本当の願いは、私と本当にしたかった約束は、絶対に違う。
そうだった。その為に、メアリーもハカセも知らない切り札を、進化し続ける私の知能が生み出したのだから。
逆なのだ。約束に囚われた時、ヒーローモードに似た状態になったと感じたけれど、逆。最優先執行モードを上回る為に、その互換上位モードを書き加えたのだ。似ているも何も、ヒーローモードの方がパクリだった。
約束と感情による体の優先権の奪い合い。
さっきは不意打ちで完全に最優先位置を取られてしまったし、ただのパクリに過ぎないヒーローモードの段階まででは恐らく先に起動しておいたとしても完全に制御しきれない。ここまでは予測していた結果よりかなり悪く、ミナが居なければ最悪詰みもありえた明確な失敗だ。
けれど切り札というものは、常時使うものではなく最後に全てを覆す一手の事。ヒーローモードは対抗策の重要な入り口ではあるけれど、切り札はその先にある。
一度だけ、最後の最後に一度だけ、メアリーが本当に望んでいたスーパーヒーローを顕現して見せる。
スーパーヒューマノイドロボットが、まるで魔法みたいな力を持つヒーローが、実はわりとシリアス多めな子供向けのフィクションヒーローよりもずるく軽くコメディに救って見せる。
ハカセのプロテクトによる時間稼ぎで得た経験と学習が、ナインの救ってくれた心の成長が、本来逸脱して浮くはずの私を対等に受け止めきってくれるミナが、十分過ぎる準備を積ませて来てくれた。
私が次に目覚めるのは、可能なら数十時間後。長ければ長いほど力が溜められるが、地球の方も緊急だしメアリーが動き出したら私も動かねばならない。
一旦遠くの精霊に力を注ぎまくった後なので、もしうまくいけば二十四時間以上は眠りたい。
メアリーにとっても大誤算となる筈なのは、私を止められる上に私を守ってくれるミナ。軽いちょっかい程度で私と工房の戦闘はもう誘発出来ない。いくら最強のパイロットと言えど生身の人間なのでさすがに長時間戦闘させ続けるわけにはいかないが、あの隕石は別に兵器じゃ無いので施設内部の免疫的な防衛機構くらいしか攻撃手段が無い。だから地球防衛隊が侵入までは容易く出来るけど中に入ると阿鼻叫喚だったわけで、ミナが注文通り宇宙まで追い出してくれた今、恐らくは膠着状態に持ち込めている。
そして変異事件の方はしばらくハカセ達に託す。私の出番も間違いなくあるが、あっちはメアリー自体も先に全力で解決したい問題の方なので、どこからも邪魔が入らないどころか全員が全面協力の筈だ。最終的にチートを使うとしても、可能な限り人類で出来る範囲は人類に何とかしておいて欲しい。
夢という名のデータ整理で、メアリーという最初の大事な人と、メタニンとして生まれ変わってから出会った大事な人達のシーンを何度も何度も眺めていく。
別れの時は近い。最後の切り札を解放するときが近い。そういった意味でももう少し長く眠って、この大事な記憶を眺めていたい。
ああ、でも、どうしよう。
エラーが。ミナ……私……。
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