第40話  謎の一部解明、ナインの視点

 * * *


謎の一部解明、ナインの視点



映像を確認した。


黒髪の女の子が、子供用の玩具を抱きかかえて宇宙から地球を眺めている映像。ちいさな端末から宇宙船内の工房を動かす映像。


その抱えられた玩具がメタニンで、端末が博士だと教えられた。


『メタニンは決まったセリフの組み合わせで簡単な会話が出来るオモチャ。恐らくミナの知っているメーちゃんというキャラクターの商品だろう。安価で簡素な対話AIを積んでいて、メアリーの改造によって感情を多少理解するまでに進化していく』



メアリーという名の黒髪の女の子は、映像の中で何度も切羽詰まった表情をしながら自分だけのヒーローを育て上げようとしていた。本来の作業で何か問題が見えてくるたびに、涙ながらにヒーローを改造し、落ち着いたらまた元の作業に戻る。恐らく植物変異事件の解決がメインの作業で、心の支えがヒーローの製作なのだろう。


何か色々パーツが増えていくが、本体自体はずっと小さな玩具のままなので、今のメタニンになるのは恐らく博士が引き継いだ後なのだろう。



『あの子が操作している小さな端末がワタシで、元々はただの音声識別と応答が出来る制御リモコンという事になる。ハカセと呼ばれているのも実はワタシでは無く工房本体のOSだ。ワタシは元々誰でもなく、今も正しくはハカセでは無い異物という事になる。簡素とは言え仮にも対話が出来るメタニンの原型玩具と違い、AIというか人工知能と呼べるものが発生するのもこれより遥か先の事だ』



あっさり聞くのはだいぶ情報の濃度が厳しいし、もうこの時点で時系列がメチャクチャだ。メアリーが宇宙に出たのは変異事件の後、今は変異事件の直後。この映像だけでも数ヶ月以上作業に費やされているし、この段階では博士は生まれてもいない。やはりタイムトラベルでもしない限り時系列が合わなくなる。



『時系列の問題に関しては……非常に厄介な事になっている』


新たな映像を見せられる。どうやら宇宙船に乗るよりだいぶ前の映像で、部屋の隅でひとしきり泣いたあと、小さな端末を操作し始める。



『これは、メタニンによる映像記録だ。どこから誰が見ていたのか不思議だったが、あいつの観ていた夢はどうやら飾られていた玩具時代の映像分析データだと思われる。音声と映像を分析・学習してそれなりの会話をしてくれるオモチャだからな』


ボクが小さい頃に見た玩具よりもいつのまにか数段進歩しているが、ここまでは普通に現代の技術によるオモチャのようだ。だからこそ余計におかしいのだが。



『問題は今映っていた端末操作で、この数時間後に工房から宇宙船が出力され、それに工房自身を積み込んでこの隕石の原型が出来上がる』


「いきなり科学レベルがおかしくなりましたが?」


『いきなりではないんだ。長い時間をかけて意図的に科学レベルがおかしくなる特異点が作り上げられてきた。その完成形があの工房とメアリーという事になる』



意図的な特異点。大昔に流行ったオカルト理論の延長だったような気がする。


『そうだ。端的に言えばかつて曖昧なまま達成されなかった旧世代オカルト理論、テクノロジカル・シンギュラリティを今の技術で本当に起こせないかという長期プロジェクトの残滓という事になる。と言っても言葉の定義からして曖昧な上にスピリチュアルな話まで含むので、所詮は企業間でAI開発の技術力を試す定番企画程度に過ぎず、本来なら実現するはずが無かった』



何百年も前の資料画像がモニタに幾つか映し出される。世界の終わり系オカルト話と並んで、新世界の訪れ系のオカルト理論と共にシンギュラリティが並んでいる。どれもこれも共通しているのは予想を超える急激な世界の変貌と、今の自分達には想像もつかない出来事が起きるという、理論と言うには随分曖昧な想定。


本来は多少過激で楽観的ながらも普通に技術の進歩速度を予想してみた理論だったようだが、大体こういう世界がどうにかなる感じの話は言葉が独り歩きしていくものなので、今となってはどこからどこまでが大元の理論なのかオカルトに埋もれて分からない。



ただ、ボクは自分の想像を超えるありえない科学を今も目の当たりにし続けている。知識からの想像や映画に見たフィクションによる再現と比較すると随分コミカルだが、まさに発達しきった科学は魔法と区別がつかなくなるという例のアレではある。


いや本当にアレと一緒に括って良いのか非常に怪しいが、なんせ本人たちが精霊魔法と言っているし、人工知能を持つ機械生命体という科学の結晶なのも事実である。



「確かにメタニンや博士が何か取り返しの付かない点を越えているのはボクも肯定せざるを得ないんですが、つまりどこかでそのシンギュラリティというのが起きてとんでもない科学力で時系列まで歪めたっていう話なんですが?」


『そうではなく、メアリーとこの工房が技術的特異点そのものなのだ。あの子は”シンギュラリティ自体を作った”。言葉にすると意味不明過ぎるし、入り組んでいるのでちょっと正確性に自信が無いが、確か具体的には時間を加速させる装置を作るAIを作るAI群をAIの協力で作るようAIに正確に指示を出せてしまったという感じの話だった筈だ』


「す、すみません、最後の方がちょっと良く分からなかったかも」


『そこはワタシも自信が無いので流してくれ。メアリーはAIへの頼み事が尋常じゃなく上手くて、長い伝言ゲームになっても正しく伝わったみたいな話だ。それに重要なのはそこじゃない』


「あ、そ、そうか、時間を加速する装置!何度か話題には出してましたが、本当に何らかの技術で時間を加速出来るようになったという事ですか」


『厄介というのはそこで、学習済みのテクノロジー知識とメアリーの知識を合わせ持つワタシから見ても本来ならそんなことは出来ない。そしてこの方式では作り上げたAI群もメアリー自身もどうやって目的を達成しているのか詳細な理解は出来ない』



想定していたオチのいずれとも違う最悪の答えが出てきた。トリックの仕組みが犯人にも分からない推理小説のようなものだ。まして人命救助の鍵になるかも知れない重要情報なのに。


『誰にも予測も理解も出来なくなるから特異点なんだ。数値が異常で計算が成立しなくなる”特”殊で”異”質な”点”だからな。それが実現したのなら、成し遂げた者達の理解も当然超えている筈だろう。想像できない未来に辿り着くというのは、つまり今がどうなっててこれからどうなるか分からなくなるという事だ。メアリーはその通りに実現してしまった。だから誰にも理解が出来ないし、誰にも制御しきれない』


「ああ……うーん……」


どうやら博士のマッドサイエンティスト気質と同じものをメアリーも抱えていると見て間違いないようだ。いや、むしろメアリーが本家か。


『そして世界が、未来が加速度的に変わり、後戻りの出来なくなる変換点というのも間違いなく満たしている。工房を通せば何百年も先の未来の技術が今日生まれるし、工房自体も数百年規模のアップグレードが今日いきなり行われるんだから、進化や進歩の速度という概念自体が変わる』



最悪だ。頭が痛くなってきた。もう最初の最初から何一つ制御出来ていないし、何よりも意図的に制御不可能なものを皆で作ろうとしていたというのが最悪だ。


もしかすると世の中はマッドサイエンティストで溢れているのか?



『ただ、詳細が誰にも分からないと言っても、メタニンだけの特殊な性能と、迷わず宇宙に出て自らも工房に篭った行動から察するに、一応メアリーだけはある程度何かを掴んでいる筈だ。あの子の記憶データを持ちプロテクトも無くなったワタシに分からないとなると感覚的な理解なのかも知れないが、時間の加速に相当広大な空間とエネルギーが必要なのは間違いない』


「時間の加速……実際何を基準にどっちがどうなっているのかは分かりませんが、結局のところ現象としてはボクらにとって1日過ぎる時間の間にメアリーは工房の中で数倍の日数を過ごしていたという事ですよね?」


『そうだ。メアリーが宇宙に出たのはもう何百年も前の事であり、外からはごく最近の事でもある。そしてここからがワタシからの依頼、いやお願いになる』


「何百年……」

『メアリーの体は半年も保たなかった』

「……」

『だから電脳化を試みたが、それも失敗した』

「……」


ある程度予測はしていたが、突然の重い話にとても口を挟めない。



『よく考えたら電脳化は自分の脳のコピーが義体や電子機器内に生まれるだけで、本体は普通に死んでしまうのだ』

「……っ」


思わずツッコミそうになるのを必死に堪える。それはそうなのだが、そういう雰囲気では無い時に余計な事を言わないで欲しい。


『その時の失敗の残りがワタシの人格の原点で、メアリーは肉体の限界を超えて工房を動かし守り続けるため鉱石生物体となる為の装置を生み出し長い年月をかけてこの隕石になった』


「あれ!?どういうことです!?急に話の流れがおかしくなって理解が!?」


『だから、ワタシは電脳化の失敗データから人格っぽいものが出てきたイレギュラーな存在で、この隕石がメアリーだ。電脳化は思ったよりダメだった。人間の思考は案外体や環境の影響が大きい。脳だけでは駄目なんだ。だからメアリーも今は鉱石の体に思考が引っ張られているし、ワタシは欠陥品でメタニンのような機械生命体と呼べるほど完成された存在では無い』


「いやっ、その、え!?えっと、つまり、メアリーを助けるとか救うというのは、冷凍保存されているとか死者を復活させるとかそういう話ではなく、隕石を元のメアリーに戻して欲しいって話なんですか!?」


ボクはもうてっきり普通では助けられない状態で冷凍保存されているみたいな流れだと思っていた。


『そうだ。そしてもちろん普通には無理だ。だから助けて欲しい。結局普通じゃない奇跡を起こせるとしたらメタニンだけなんだが、メタニンこそシンギュラリティという制御不能の危険な事象を装置から開発者まで丸ごと抹消する為にメアリーが用意した安全装置でもある。メタニンは約束という名の最優先プログラムの影響下にあって、人類の基準から逸脱した危険因子を看過出来ない』



情報量と重いのか軽いのか判断がつかなくなるような厳しい緩急の話にとても頭が追いつかない。だが、博士は当然至って真面目であり、そして大事な人の命の掛かった重要な頼み事でもある。


それに、それにこの流れでは……


『そうだ。だから助けて欲しい。このままではメタニンがメアリーを殺してしまう』


この流れでは、メタニンが殺すのはメアリーだけでは無い。



……そこから感情も思考もグチャグチャになってしまい、自分がどうやって森林区画まで機体を動かしたのかよく覚えてない。


なんとかミナさんにも重要部分だけでもと情報を共有して貰ったが、ボクらはうまく言葉が出ていなかった。


ずっと黙って聞いていたメテオタベタラーと何度も目が合うが、無言で頷く怪獣がボクらの危惧を肯定し、あるじを救うために解決方法を見つけ出せと目で訴える。



プロテクトから解放されたメタニンと博士は、メアリーを救って欲しいとしか言わない。


意識してそうしているのか無意識なのかは分からないが、メアリーを救えた先の未来に自分達が居ることを想定していない。


分かる。分かってしまう。確かに工房とやらは危険過ぎる。そして、メタニンはそれに匹敵どころか超越した力を持っている。最後の安全装置としてメタニンを作っておいて、その危険な力を見逃すわけがない。


もしメタニンが最後に自分を破壊しようとしたら、今のボクには止めようがない。



なんとなく、ずっと心のどこかで、この関係がいつまでも続くものではないと分かっていた。地球を破壊しかねない程の特別な事件と、特別な場所、特別な人達。いつまでも続くわけが無いと分かっていた。分かっていた筈なのに。


どうしよう。ボクはいつの間にこんな……。



地球の、人類の危機を前にして、ボクはそっちに全く集中できていない。


だって、メタニンが居なくなってしまう。博士が居なくなってしまう。ボクらの過ごした場所ごと消えてしまう。


出会ってからそれほど長い時間を過ごした訳では無いと思うのに、コメディみたいな軽い流れだった筈なのに、ボクは自分の彼女の事が、彼女と過ごす生活の全てが、ちゃんと大好きだったらしい。



駄目だ。


既にミナさんに辛い戦いを任せているのに、ボクがこれでは駄目だ。


絶対にミナさんは時間を作ってくれる。


ならば、ボクはボクに出来ることを見つけ出さなければ。


あれからずっと喉が詰まるような感覚はあったが、自分が涙を流している事に今更気づく。避けがたい別れの気配に気づいてしまい、それが怖くて泣いているのだとまるで他人事のように感じる。自分がこんな感情に左右される人間だと思っていなかったが、大切なものが出来るというのは多分こういうことなんだろう。



仮にも地球防衛隊に所属していながらとんでもない話だが、人類を救うのは前座になった。別にボクが頑張るまでも無く対処方法があり、それが完成したからこそ隕石が通常の時間の流れに帰ってきたのだ。勿論出来る限り万全に対応出来るよう頑張るけれど、人類を救ったくらいでは終われない。


人類のために全てを捧げた黒髪の女の子だって絶対救わなければならないが、それだけでもまだ終われない。



ボクらの戦いはその先にある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る