第38話 負けなければいけない戦い

衝撃音が激しくなっていく。


ミナと戦うのはこれで3回目くらいだった気がする。


基本的にいつも私が精霊魔法でズルして戦闘を終わらせるし、大体戦闘の勝利が目標と関係ないので有耶無耶になるのが定番パターンだった。


でも今回は違う。


ミナには今の私に正面から勝って、この隕石……メアリーの工房から私を追い出して貰わなければならない。



「ミナ、おねがい……!力だけ…っ!精霊魔法は出ないから!」



もうミナは何も返答しない。喋る余裕が無いというより、極度の集中状態に入っているようだ。


目に見えない巨大な斬撃や広範囲へのバリア吹き飛ばしを防ぎつつ、工房へのダメージを抑えながら反撃し、サイズが小さく超高速で動く私を特定方向に押し返すという信じがたい高難易度ミッションにノーコンティニューの一発勝負で挑んでいるわけで、むしろ戦えているのが不思議な位だ。


不幸中の幸いか私の知識にある最強の兵器が白銀の機体なので、私の意志に反して戦おうとする体は白銀の機体のパクリ兵装で戦うこととなり、必然的に技量と経験の差でミナに押し負けつつある。


ズルい精霊魔法を使えばバランスが壊れかねないが、そういうズルい部分は私の意志が司る場所であって、命令に反射的に従っているだけのような自動制御状態の体にそこまでの応用は効かない。同じ兵装を力任せに喚び出して使っているのが既にチートだけれど、それ以外はただ戦っているだけという状態を維持さえ出来れば、ミナはきっと負けない。



「人類から逸脱……違う違う!あの機体はミナが!人が動かしてる!」


不意にアラートのような何かが脳裏を掠める。


なんてバカな約束をしてしまったのか。メアリーは変異事件の前から自分と自分の工房が抱える問題を認識していた。自分達が人類から逸脱した脅威だとちゃんと認識していた。その本人といつか脅威を討ち果たす約束をしたのだから愚かにもほどがある。せめて悪意がどうとか条件をつけてくれていればと思うが、メアリーには悪意なんて全く無いし、誰から見てどう悪いのかは立場次第なんだから賢いあの子が指定する訳がない。


でも、メアリーが考えた以上にこの約束は範囲と解釈が広すぎる。確かに私に自分を倒させるならこれしか無かったのかも知れないが、ただでさえ地球の機体と一線を画す性能の機体にとんでもない技量のパイロットが乗っているとミナまで対象に含まれかねない。いや、むしろ人間のパイロットが居なかったら問答無用で排除対象にしていたのかも。


大事な契約はやっぱりちゃんと文書に起こして細かい約款を整えてほしいよメアリー!



「避けっ…ててて!?」


私が大きく力を溜めるような動作をしたので慌ててミナに警告しようとするのだが、声にするよりも早く正確な射撃と共に白銀の機体が一気に詰めてきて、質量差のある相手に押し出されたくない私の体が攻撃を中断し一旦下がる。


攻撃ではなく速度に処理を割り振って白銀の機体を無視して無理やり突破しようとすると、こちらの攻撃が緩むせいか動き出す前にミナの猛攻を食らって弾き飛ばされ、迂回しようとすると進路を塞ぐような射撃と共に距離を詰められ、一旦距離を取って力を溜めて吹き飛ばそうとするとその隙に一気に詰められる。


火星のときのミナも凄かったけど自分でやられるのもなかなかエグい。体は恐らく中心部を目掛けて進撃しようとしているのだけれど、撃ち合いの度に方向を制限されて隕石の外方向へと追いやられていく。


なんだろう、常にじゃんけんに負け続けているような感覚。


多分今の私はいちいち処理の度に余計な予備動作をしているし、フェイントみたいな駆け引きも全くしないので、ミナからすると実は思ったより弱いのかも知れない。


実際は完全に同じ兵装ではなくむしろ私のほうが威力を勝手に増したりも出来てずるいのだが、その処理に費やす間をミナが全く許さないし、様々な武装を使い分ける白銀の機体と違って私は一番強く応用も効くバリアしか使わない。


ナインと初めて会った時、これでミナと白銀の機体に打ち勝った記憶もあるので余計に判断が固定されているのかも知れないが、あの時の勝敗は口喧嘩で決したものであり、この兵装で勝ったわけじゃない。



これは、想定より全然いける感じでは。不可視の斬撃や衝撃なんてヤバすぎると思ったが、ミナには何がどう来るのか数手先の未来まで視えているようだ。


しいていえば巨大兵器の撃つでっかい弾が当たりまくってめちゃめちゃ痛いくらいしか問題がない。なんならもうちょい避けて欲しい。よくこんな小さく素早い的にバリアの隙間を縫って当ててくるよね。


吹き飛びたくないからとイナーシャルキャンセラーを使おうとするとバリアが緩む上に急接近されて捕まりそうになるので、どんどんラインが押し下げられていく。


負けたい戦いというのもなんかちょっとアレだけど、まぁ結果としては良し。この際しっかり負けさせて貰わねば。



体が勝手に負けてる間に、私は私でやるべき事がある。


火星で毎回毎回その場しのぎの強引な対応ばかりじゃダメだと考えた時に、しれっと保険として守護用の精霊を召喚しておいたのだが、それに過剰なほど力を注ぎ込んでいく。


さすがに今からのんびり巨大な病院の大精霊を慌てて喚ぶみたいな余裕も場所も無いので、召喚済みの精霊を強化することで睡眠を誘発する。



「なんとか眠ってみるから、動きが鈍くなってきたら、一気にお願いミナ!」



やはり返事は無い。


私の大振り攻撃を中断させ、突進を弾き、追い詰める。一度たりともミスをしないままミナが圧勝しているように見える。


だけど、ここまで無言となると少し気になってくる。私が甘く考えているより遥かに集中が必要なのかも知れない。



「頑張ってミナ!一旦時間さえ作れればハカセ達が絶対なんとかしてくれる!」


戦っている相手を応援するというのも変な構図というか、下手したら煽り行為みたいだが、それでも託すしか無いのだ。



メアリーに関するプロテクトを解除した今の私にはメアリー救助に対する切り札があるし、きっとハカセにもある。この不意打ちさえ乗り越えられれば絶対チャンスはある。


恐らく決戦前最後の勝負どころはここ。そして要はミナ。お願い、エース!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る