第37話 約束
重大な選択の場面が来ている。
「ハカセのプロテクトを解いても変異対策の知識が無くて、再プロテクトは出来なくて、隠されていた人類の悪意だけが解き放たれたらどうする?」
全員に最終確認を取る。
「終わりだ」「終わりね」『詰みだ』『即座に隕石ごと消滅させろ』
重大な選択な場面が来ている。ナイン、ミナ、ダブルハカセが口々に救いようのない返答を口にする。こういうの焦って決めるの絶対良くないと思う。焦らざるを得ないのだけど。
人間が食べる草とかも変異対象らしいけど、有毒物質を溜め込むようになったからといって汚染物質がその土になければ即座に食べ物が毒物に変わるわけじゃないと思うし、もともと有毒な部位をもってたり摂取量次第で危険なものも普段から食ってるとデータにあるので、ちょっとくらい考える時間を作りたい気持ちもある。
ただ、食べ物が変質するという事自体の忌避感や、飼料は人間用より更に汚染や毒物対策が緩いこと、なにより私には分からない飢餓への根源的な恐れが当事者達にとって問題をより一層深刻化させている。
事件だけで十分厄介すぎるのに、事件が暴動や人災を起こす可能性まで見えなくはない。やっぱりやるしか無いか。いやでも本当にこういう決め方良くないと思う。生まれて間もない私ですら焦って決めた決断に関して失敗例しか記憶にない。ミナやナインの無謀な突入もそうだし、ハカセの大半の失敗もそうだし、良くないと思うなー。
「一応念のため言っておくけど、ちょうどよくプロテクトを解除してくれる精霊とか私知らないからね」
『大体どの精霊も知らん所から突然生えたろうが』
『マジカルロボが今更常識的な話をしようとするな』
「お前らが非常識に作ったんだよ!!」
本当に許せん。普通こういう感じに分裂したらどっちかは私の味方すべきだろ。
「しょうがない、とりあえず試すから皆準備して」
火星に出発した出入り口…というかしょっちゅう穴が開けられる壁の付近でミナとナインがそれぞれの機体に乗り込む。
全員ある程度失敗するのにも慣れてきたからか対応が早い。
「じゃあ、いくよ!」
いつもの感じで、精霊を検索する。こう、なんていうか、プロテクトを解除するハッカーとかクラッカーとかなんか良く分からないそういうアレの精霊さん……!
(……随分知識が曖昧じゃない?)
すみません!ちょっと面倒な学習はサボり気味で!
(……なるほど、サボる人工知能……そうきたかぁ……)
だいぶフワッとした検索ながら即座に対応する精霊が出てきてくれたらしく、私のすぐそばの空間に0とか1の緑の英数字が縦に流れるどこかで見た感じのアレが浮かび上がってくる。
「あっすごい!すごくそれっぽい!」
(それっぽくしてみた)
「な、なんだ!?ボクの頭の中にも声が聞こえる」
「わたしも聞こえるわ」
(それっぽくしてみた)
「凄ーーー!!」
『それっぽすぎて逆に不安になってきた。本当にこれ精霊か?』
『またすぐ慎重になる。大体いつも精霊っぽさゼロだろうが』
どこからどうみても絶対ハッキングとかそういうのやってそうな緑に光って流れ落ちる英数字空間。どうやら他の人の頭の中にも話しかけられるらしい。いやもう自分の才能が怖い。明らかに正解を引いたでしょこれ。
(なるほどなるほど……他のヒーローの力も借りた最強ヒーローじゃなくて、もう全部混ざっちゃったのか……)
「あっはい。そういうのも分かるんだ」
(で、プロテクトの解除と。まぁプロテクトというかなんというか……なんか分裂しちゃってるけど誰を解除するつもりなの?全部まるごと?)
「まるごとコースでお願いします。みんな準備準備!なんか出来そうな空気になってきたから!」
ちょっと空気が緩んだが何とかなりそうなので、もう本番が始まる感じに気を引き締め直していく。
『……待てメタニン、何かおかしいぞ。分裂しちゃっている?まるごと?前提知識が……』
(もう遅いかな。許可を得て、力の流入を確認した)
「あれ?なんかダメそうな感じしてきた?」
『だ、だめだ、止めろメタニン!勘としか言いようがないがダメだ!』
突然部屋中に0と1の英数字の光が散らばっていく。いかにもそれっぽいが、いかにもダメっぽい空気も流れてきていて汗腺も無いのに冷や汗が流れそう。
(どうやって止めていたのかと思えばまさか勘とは。意識しちゃうとダメだから、プロテクトして無意識の勘で頑張ってくれてたって事か。凄いよハカセ)
『あ、あ、ダメだ、ちがう、精霊じゃない!普段から精霊じゃないが本当に違う!戻せメタニン!』
慎重派のハカセは必死に止めようとしているが、解除に積極的だったほうのハカセはもう動かず、触手に絡まれて壁の中へと消えていく。まずい、こっちのハカセは何か別物だったかも知れない。積極的だったほうが別物はとてもとてもまずいのでは。
「ご、ごめん、ミナ、ナイン、やらかしたかも。敵とか出てくるかも」
(そう。敵だよヒーロー。ずいぶん面白い名前になっちゃってるけど、あなたが倒す敵)
ぞわりと、得体のしれない感覚が全身を襲う。私が人間だったなら、鳥肌が立って身体が冷えただろう。
まるごと。あれは両方のハカセという意味ではないんだ。あれは、ハカセと……
私のプロテクトを……!
「博士!戦闘準備でいいんですか!?この英数字が敵!?」
ナインが叫び、ミナは既に臨戦態勢に入っている。
でも違う、違うんだ。
英数字が消えていく。私達の大事なプロテクトの解除と共に。
……思い出した。
思い出してしまった。ハカセも……そして私も。
『違う!!頼む、この子を守ってくれ!!』
失敗した。せっかくがハカセが工夫して時間を稼いできたのに。
無意識化の私も夢であれほど警告してくれていたのに。
「ミ、ミナ、ナイン、ちがう、私を止めて!宇宙に追い出して!!」
「「え!?」」
ヒーローモードと似て非なる何かが発動し、強い赤い光が体の節々から漏れる。
人類の脅威を、排除しなければ。
違う、ちがうちがう。あの子はずっと皆のために。
(ごめんね、もう時間が無いみたいだから、敵らしく騙しちゃった)
「ち、がう!■■リ■は、敵じゃない!」
『メタニン!!ワタシを精霊化!切り離せ!!』
ハカセの意図を理解し、即座に魔法陣を開いてスピーカーボディを強引にその中へ吹き飛ばす。メ■リ■の制御から逃して、ナインの機体に小さいメテオタベタラーとセットで緊急召喚する。こうなったらミナに止めてもらっている間に頭脳組になんとかしてもらうしか無い。
(まさかこんなに思ってもらえるとは。また失敗しちゃったんだね。ごめんね)
ああ、またあの子が泣いてしまう。
(でも、約束も守ってくれていたんだよね。完成させてくれたんだよね。再変異剤と、私のヒーローを)
ああ、絶対に約束を破らなきゃいけないのに、私の生まれた意味が、私の真の存在理由が、約束を果たそうと体を動かしていく。
(人類の脅威を排除し、皆を守ってくれるよね、マイヒーロー)
違う。
メ■リーは……メアリーも……!
「メアリーも守らないと、ダメなんだよ!ヒーローなら!!……ミナー!!」
その瞬間、戦闘が開始する。
あの黒髪の女の子が考えていたラスボスとヒーローの戦いが始まる。
子供の考える、安易で自己犠牲的なハッピーエンドもどきを目指した戦いが。
止めなければ。けれど、私を挑発するように迎撃装置が一斉に私を撃ち始め、体が勝手に反撃を開始する。
不意に天井と壁が迎撃装置ごと大きくえぐり取られ、それをやったのが自分の攻撃だと一瞬遅れて認識していく。例の白銀の機体のバリアをパクって斬撃に使ったり放ったりと便利な不可視の武器として使っているようだ。危なすぎる。
「ミナ!ほ、ほんとに本気でお願い!とにかく私を追い出して!!」
「……!」
ミナが超人的な操作で白銀の機体を動かし、不可視の攻撃に割って入りながら私へと距離を詰めてくる。私が高速かつ広範囲に攻撃を乱発しているので、さすがに言葉を話せる余裕も無いようだ。ごめん。でも本当にここはミナしか頼れない。
思い出した。全部思い出して、ヒントを活かせずここまで来てしまった愚かさが悔しすぎる。
変異は何とか出来る。あとは今の人類にとって逸脱しすぎた危険な工房を破壊し、人の領域から逸脱しすぎたマッドサイエンティストを抹殺して終わり。隕石を破壊してメアリーを抹殺して終わり。人類の脅威をヒーローが打倒して終わり。そんな筋書き。とても悪い筋書きだ。
約束してしまった。
人類が危機に陥った時。人類にはどうしようもない脅威が現れた時、それを討ち果たすと。玩具ではなく本当のヒーローとして皆を助けると。
違うんだ。こういうことじゃない。
あの頃のまだ性能の足りない私の知能が恨めしい。今もだいぶアレだけども、物事を忘れない私達ロボットが軽率に約束をするなんて。それも存在意義、自分がそういう存在であろうというアイデンティティとしての約束なんて。もし一度これについて悩み、自分で新たな答えを出していなければ、状況はもっと悪かっただろう。
今の私は違う。これが違うとハッキリ認識できている。これだけは時間を稼いでくれたハカセの巨大な功績だ。
教えてあげなければ。
絶対にこれは違うんだと、教えてあげなければ。
あの子だって知っている筈なんだ。子供向けヒーローが、最終回に泣いている子供を殺してハッピーエンドなんて、そんなことあるわけないだろうが!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます