第36話 いつも緊急会議しかしてない

休憩所の何ブロックか上にある森林区画。植物変異事件が今まさに地球で広がっていると判明した今ここは多分すごく重要な場所で、今は2人になったハカセから互いの主張を聞きつつ地面や植物の調査を行うというアホさと賢さの狭間みたいな精神的負荷の高い場にもなっていた。


とにかく今すぐ変異事件の助けになるような情報をこの場所からもダブルハカセからも急いで手に入れたいので、ナインがハカセから何やら色々道具を借りてここの調査を進めつつ、スピーカーどもから皆で話を聞く形になったのだ。



『だから急いでプロテクトを解いてくれ!時系列の認識がおかしい時点で分かっているだろうが、その変異事件に関するワタシの知識には抜けがある。なんにせよ解除は必須で、悩んでいる時間もない』


2人にわかれたハカセのうち、片方はプロテクトをすぐ解いてくれ派だ。全ての謎が解けるかも知れないし、緊急案件である変異事件についても何か重大なデータが出てくるかも知れない。



『プロテクトを解いた瞬間、ワタシが地球に向かって隕石を急発進させる可能性がある』


片方はプロテクトを解くな派だ。自分が人類に対する敵対存在かも知れないと疑っているらしい。ぱっと聞いた感じだと、どっちにしろ植物の変異事件に対してハカセの協力が必須っぽいこの場面では、本当に駄目かどうかあやふやな慎重派ハカセの意見を尊重していられる場面では無い。



「ナイン、調査はどんな感じ?」

「ハカセの記憶が必須ではある。こんな風に自然に生育されている場所というのは、種の保護区画というより何らかのテスト場の筈なんだ。大事なのは何をどうしたらこんな綺麗な場所を再生出来たのかという部分であって、ここにある木を地球に植えてどうこうみたいな話じゃない。だからここだけを調べても限度がある」


これほど巨大で手のかかった設備で種の量産などではなく自然に育てていたからには、絶対何か意味があるはずだみたいな感じの話をされる。いや聞かなくても全然そう思ってたけどね。まさか私ほど天才でかわいい高性能ロボットが最初は人工森林と天然森林の見分けすらついていなかったなんて有るわけ無いし。



『ほら急いでプロテクト解除』

『駄目だ、慎重になるべきだ』

「今のところさっさと解除の方が有力だけどなぁ」

『メタニンが変に賛成すると不安が煽られて不利になるからやめてくれ』

「なんだと!?」


まさかの解除派に口出しを反論される。全然許せないが。なんだこいつ。



そして慎重派が慎重に意見を主張する。


『アクセス出来ない情報や現状況を精査すると、ワタシはこの隕石内施設のほぼ全てを自在に利用できるが、隕石の制御、侵入者の排除、通信妨害といった「人類への敵対行為」の制御が出来ない。それを踏まえたプロテクトを解く危険性についての検証でソイツとワタシが分離した。ソイツは楽観的だが、ワタシはワタシが信用出来ないと思う』


解除積極派が積極的に言い返す。


『ただの人格保護の可能性のほうがどう見ても高いだろう。機械に人間の記憶を入れておかしくなるのはある程度仕方がないし、実際に人間の記憶があって生身の肉体が見当たらないわけだから確率の高さは圧倒的だ。さっさと必要な情報を引き出して、駄目そうならまたすぐプロテクトすればいいだけじゃないか』


「うーん、やっぱり解除が有利かな。そうだよね、駄目だったらまたすぐプロテクトすればいいよね」

『だから不安になるから変に賛成しないでくれ』

「なんだと!!?」


誰がそのプロテクト解除をやると思ってるんだ。全然許せないが。なんだこいつ。



『ワタシも緊急なのは分かっているし杞憂の可能性も感じている。ただ、精査すればするほど、情報の隠し方にどうしても意図を感じるんだ。人格の保護に森林区画の情報や時系列に関する記憶の封印が必要か?ワタシにはどうも特定の強力な事象に関してセーフティが掛けられているように感じる』


慎重派ハカセの反論にぴくりと指が動いた。なんだっけ、今何か。セーフティ?


『勝手に制御できないと思い込まされているだけで隕石も自由に操作出来るかも知れないし、状況からして時系列が歪むような凄まじい発明がどこかに封印されている可能性が高い。この何でも開発生産出来る施設についてもそうだ。これらの強力な装置を誰かに好き勝手に使われないようにしつつ制御や管理をさせようと考えると、ワタシの記憶と認識の状態があまりにも都合良く見える』



ここに来て少し慎重派の話も気になってきて腕を組んで考える。ナインもしかめっ面しているし、どうやらなんとか着いてきているミナも私とハカセ2体を何度も見比べている。


『その杞憂があっていたとしてもだ。だとしてもこのままじゃ人類が滅びるなら、慎重になる意味が無い。恐らくメタニンはしっかり把握できていないようだが、毒性植物への変異が広がっているんだぞ?』

「え、私?私わりとピンチだと思ってるけど」

『わりとじゃない。水や食事が不要で人間との生活経験が浅いお前には今回の危機が汚染拡大や森林災害程度にしか理解しきれていない』

「え?」「え?」


ハカセの言葉にナインも反応する。


「ちょ、あれ?ちょっと待って下さい博士。どういう意味です?」

『お、おい、嘘だろ、今何を調べているんだ。そこにアブラナ科の植物もあるしイネ科もある。ここにあるということはつまりそういうことだろうが』


植物に詳しい者が誰も居ないせいで一瞬首をひねる時間が生まれる。

……だが、すぐに植物知識がどうこうじゃないとんでもない見落としに思い至る。


『まさか汚染植物を食べるのが虫や鳥だけだと思ってたわけじゃないだろうな!?』


思ってました。虫や鳥の被害はもう既に甚大だろうって。


「野菜や穀物も変異対象なんですか!?」


ナインが悲鳴をあげる。


『そうだがその考え方でもちょっと足らんだろ!確かに野菜の変異もまずいがそうじゃない。食物が工業化されすぎてイメージが分断されているのか?なぜ食物連鎖をバラバラに考えているんだ。飼料はどうなる?肉も野菜も穀物も、そして人間もみんな連鎖の一括りだろうが』



ダメだ。慎重派のハカセも首を振っている。


「あのぉ……ハカセ……。もしかして、食べるものが無くなるって話してる?」

『そうだ。人間だけじゃなく連鎖全体でな』


本当にダメだ。そして食事を必要としない私には上辺の知識だけでしかマズさが理解出来ていないのもマズイ。そんなつもりはなくとも、危機感が鈍い。つまり今感じているダメさよりも本当はめちゃくちゃダメということだ。ミナとナインの青ざめっぷりはそういうことだろう。


『多少時間差の生まれる海産物などをある程度利用できたとしても、少なくとも今いる人類全員分は絶対無理だ。だから緊急だって言ってるだろうが。食えなくなるのも厄介だが食えないと知らずに食う危険もある。たった数日でも膨大な数の死者が出かねないんだぞ。今すぐプロテクトを解除しろ』


あまりの積極派有利に再び慎重派を見つめてしまう。


『……全滅はしなくても、甚大な被害が迫っているのは分かっている。それを上回る被害を出すとしたらとんでもなく巨大な隕石の飛来くらいなものだが、そっちは……仮にダメでもメタニンがなんとか出来るとすべきなのか?』

「壊すだけならメテオタベタラーがもう居るからね。でも、壊さない方法を探すって話にもなってる」

『そんな時間は無いかも知れん。だが、駄目だったらそれでもなんとかしてもらうしか無い』

「うん……」



事前に色々分かっていたのに、何かすごく追い詰められているような圧迫感がある。でもそうなのだろう。ヒーローが望まれる世界って、そういうことなんだろうなって思う。託されている私自身ですら誰かに奇跡を起こして助けて欲しいという欲求が湧いてきている。


『……せめて、万全な状態でやってくれ。ワタシはナインの機体にすぐさま植物の関連情報を流し込む。ミナは戦闘態勢。メタニンは全ての対応。万が一の時はすぐに脱出出来るよう、前回火星に向かった出口付近でやろう』



その妥協案を否定する者は誰も居なかったので、作戦が決まる。またしても緊急である。

つい先日毎回毎回その場しのぎではいつか取りこぼすと危惧していたばかりなのにもうこれだ。


皆気づいているのだろうか。私がプロテクトの解除を出来るかどうかまだ分かってないんだけども。わりとプレッシャーがしんどいんだけども。


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