第35話 サラウンド

一応あれでも我が家であるデカい隕石内部へと突入していく。可愛い女の子の帰宅風景の中ではかなり珍しい光景と言えるだろう。


ナインが必死に情報をかき集めたおかげで、ハカセが前に言っていた植物の変異とやらが地球が滅ぶレベルだと判明したらしく、今急いで帰宅して問い詰めに行っている最中だ。


環境を破壊する悪者も隕石を落とす悪役も珍しくは無いが、それらを一人で複数うっかり実行するラスボスはあんまり聞き覚えがない。



「環境破壊というか、むしろ環境を守ろうとしたっぽいんだけどな」


ナインが得た情報をモニタに並べて見る限り、汚染の酷い地域やその周辺で変異が急激に伝染している。大陸を超えて同時多発的に広がる脅威の伝染源が菌なのか虫なのかまだ全く分かっていないらしいが、変形や変色などの見られる変異植物達はどれも非常に高い濃度でその地域の汚染物質を含有しているそうだ。


学習データを参照する限り汚染されている土壌の重金属を溜め込んだりするのは元々その手の環境下の植物に発生しがちな性質なので別に変異せずともそこまで珍しい現象では無く、大気汚染や土壌汚染の広がる地域で枯れるのではなく耐性を得て吸い上げてくれるなら本来は浄化の見込めるありがたい現象かも知れない。


しかも、重金属などが集めて溜め込められるという点で考えれば、物によっては高価で有用な資源回収でもある。毒でもなんでも結局いつものメリットデメリットではあるのだ。急激とか過剰みたいな話になると大体何でもダメだというだけで。


果たして手間と危険に見合うのかは疑問だが、既に汚染地域を抱えている企業や団体なら話が変わってくる可能性もある。


ただ、どれもこれも生態系が壊れる前に有毒となった植物をどうにかする当てがあって、急激な変化で発生する大きなダメージにも対処が出来るならばの話だ。既に虫や鳥の被害は甚大だと思う。食べ物が急に毒になったのだから。それも自然に起きる溜め込み方とは一線を画す異質な濃度で。



「いつもの流れ的にハカセが汚染対策か植物の保護をしたんだろうなってのは分かるんだけどさー」


「とにかく次の代とかじゃなくいきなり変異するのが理解不能すぎてマズイ。伐採して新しく植えても変異するなら詰んでいるが、むしろしない理由がない。災害汚染の調査とかならボクも多少は心得があるし、局所的ならもっと島全部が爆発するような大事件だって乗り越えてきたけれど、いきなり不意打ちでこの規模はどう考えても対応が間に合わない」



大気濾過能力や酸素排出量の大幅な低下も見られるから、話に聞く限り元々汚染気味な地球から超大型空気清浄機が失われつつあるような状態でもある。そして大気を綺麗にする能力が落ちれば日照量にも悪影響が出て余計に光合成のレベルが下がっていくわけで、とにかく限界ラインを割る前に対応しなければならない。放置すればするほど悪化していく。



そして花粉に毒性が現れた場合も危険かも知れない。飛散するものと濃度によっては本当に大変なことになる。毒性を吸い上げて花粉に乗せて広範囲に散布となっても普通の規模の災害なら無視できる程度の濃度で収まるはずだが、明らかに普通の規模では無い。



どれもこれもゆっくりならなんとかなるかも知れないが、近日中にいきなりダメになると言われて対処するのは本当に難しい。


不可逆なほどダメージが広がったら本当に地球が滅びかねないし、ナインの様子から察するにそういう緊急時の対処が求められているのが今ボロボロな地球防衛隊なのだろう。このままじゃ無理だという言葉の重みがひしひしと伝わってくる。


変に襲撃とかするからややこしくなったが、ハカセの用意した頑丈なコクピットがもっと素直に大量にすぐ必要だと思う。というかもしかしてあの量はそういう事なのか?



「今更だけど、ミナもナインも結構汚染でダメージ受けてたよね」


頷く2人。汚染じゃ無くとも宇宙で別の星にまで出ているなら宇宙線やらなんやらで散々な場所が多いと思うが、地球だって別に人間が居なくても噴火などの自然災害や天然鉱床から有毒物質が撒き散らされてたりするわけで、大半の生物にとって有害な汚染地域は古代から絶えず点在し続けている。


基本的にそれらの汚染が勝手に解消される事はない為、運が悪ければ発生時期の被った問題が自浄を上回り汚染地域が拡大し続ける事になり、そこに人為的な汚染や偶発的な失敗が重なっていけば自ずとその時期の地球は汚染地域だらけという事になっていく。


データ的にはどの時代にも壊滅的な汚染箇所があるので私にはちょっと違いが分かりづらいが、今はかなり偶発的な不運と必然的な業の混じり合った厳しい時代らしく、実際ハカセと関係無しに地球防衛隊はボロボロだった。


だいぶ酷い。


そして、酷い状況であればあるほど、善意でなんとかしなければと動く人間もいっぱい居るはずだ。



善意……うーん……。ハカセって基本的には常に善意なんだよね……。


善意だからって善い結果を生み出すとは限らないのはある程度仕方が無い事で、そして超絶善意で超絶有能だけど超絶やらかすハカセはどうも天才のうっかり者グループに所属している。


なんならまさにそのうっかりの後始末の帰り道である。



善意の失敗というのは本来わりと真面目にカバーしなければいけない存在だ。失敗するならやるなという話が優勢になってしまえば当然善意の行動は失われていく。


心が大事みたいなフワフワした話を一旦切り捨てて冷静に考えれば、一番メリットの大きい理想的な構図はエラーを抑えた善行が無理せず継続的に行われる形であって、エラーを無くすために善行を無くすなんて事になればそもそも善行が必要になった大元の問題は当然解決されない。目先に現れた問題に意識が奪われて大元の問題を見失ってしまう認識トリックに近い。


ハカセの場合その目先の問題が大元の問題を飛び越えるほど巨大になるので厄介というか頭を抱えるしか無いのだが、その力は巨大な助けにもなり得る。


善行のつもりで全く無意味な余計な行動をしていたらまた話は別なのだが、ハカセは基本的にいつも何らかの問題を解決しようと動いているので、元から問題自体は存在するのだ。自分の問題を自分で解決しようとして更に問題を重ねていくみたいなアレな構図も無きにしもあらずだが。



引っ掛かる部分はある。ミナやナインのダメージも、ハカセの特大のやらかしも、こうなってくると大元凶たる汚染が悪いわけで、地球全体規模の問題がどうしてこんな個人個人に皺寄せされているのか。私の観測範囲が狭いからそう見えているだけなのだろうか。


「あえて一時的にAIによる人類支配ルートでも解禁しようかな」

「急に何言ってる!?バッドエンドはもう十分あるだろ!」

「わたしメタニンちゃんだったら」

「ダメですミナさん!これ地球に丸ごとNTRビームとやらを撃つって意味だから!」

「くっミーハー新参が大量に!」



とにかく急いで確かめなければ。


今のところ隕石を破壊しても素通りさせても地球がダメそうなので、事が起こる前に別の選択肢を見つけなければならない。メテオタベタラーにも破壊はバッドエンドだと言われていたので最初から止める方向で考えているけれど、ただ止めててもまだ地球が滅ぶならどう考えても選択肢が足りない。現状だと隕石に関しては「破壊」、「見逃す」、「止める」の3つともバッドエンドじゃないのかこれ。俗に言うクソゲーというやつなのでは。


宇宙から施設内部へと続く長い穴を通り抜け、出発した時の壁の大穴が殆ど塞がっていたのでもう一回撃ち抜いて中へ突入する。



「ハカセーーー!!!出てき……!?」


着いた瞬間コクピットから飛び出してハカセを呼び出そうとするのだが、



『メタニン!緊急だ!とにかく急いでプロテクトを解除してくれ!!』


既に入り口のすぐ近くでスピーカーボディのハカセがこちらを待ち構えていて、何やら大慌てで捲し立てており



『メタニン!作戦は中止だ!絶対プロテクトを解くな!』


その隣にも同型スピーカーのハカセが居た。



『『メタニン!あっちは信じるな!!』』


お互いを指差す手足の生えたスピーカーの化け物が2体同時に喋る。立体音響である。



「はーーー!?」


頭を抱えて叫ぶ私。

膝から崩れ落ちる白銀の機体。

それにぶつかるナインの機体。


ハカセが、2人居る。


悪夢か?



『『メタニン!まず話を聞いてくれ!』』


立体音響である。


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