第33話 機体入れ替え作戦佳境、地球防衛隊の視点

 * * *


機体入れ替え作戦佳境、地球防衛隊隊員視点




基地内部に状況を把握できている人間なんてもう居ない。


「振り向いたら病院が建っていた」

「パイロットが何名か入院したらしいぞ」


何いってんだこいつら。


「機体が改造されて全部博士の手に落ちた」

「洗脳されて民間施設の状況確認と防衛に回った部隊がある」


何いってんだこいつら。


「もう無理だって。今なんか変な嘘言われても分かんねーもん」

「上空に敵機多数!」

「もう無理だってー!!」


本当は皆こんな泣き言を言う感じじゃなかったと思うが、外に魔法少女とか怪獣が出たって言われて本当に居たんだぞ。


上には鹵獲機とのパッチワーク改修機が勝手に作られてると知って目の色を変えた奴らも居るけど、敵味方の区別がついていない狂った白銀の機体に薙ぎ払われてたり、怪獣に踏み潰されてたのを知らないのだろうか。多少博士の情報を得られるかも知れないし、多少こちらを強化出来るかも知れないけど、誤差だよ。誤差。



「あの狂った白い奴とウチの洗脳された部隊が共闘で迎撃してる!!」

「それは共闘って言わねーんだ!ウチ関係ないじゃんもう!」



確認なのか迎撃なのかも分からぬまま屋上へ駆け上がると、すぐ近くで壮絶な戦いがもうはじまっていて、空からは撃墜された敵機の雨が降っていた。


元々まともな指揮が出る組織じゃないのに、通信はエラーだらけで地球からはタイムラグの酷い余計な指示も飛んでくる。普段からゴミみたいな状態なのにこんなのどうしたらいいんだ。



「すげぇ……」


誰かが感嘆の声を上げる。気持ちは分かる。


例の白銀の機体が尋常じゃないスピードで巨大な螺旋上の軌跡を空に描いていく。その巨大円の内側で敵機が物凄い勢いで壊滅させられ、円からはみ出ようと隊列を乱した機体は別方向からの射撃で消し飛ばされる。


目の前で繰り広げられている戦闘は派手さ重視のフィクションでしか見ない筈の代物で、まぁ、圧巻だった。



「これ……自分らもアレ守ったほうが良いのか……?」


突然そこにあった病院には映画とかSFドラマでしか見たことのないバリアが上空に貼られていて、洗脳がどうとか言われていた部隊の一つが防衛している。本当に意味不明だがさすがに戦場すぐ近くの医療施設となると条件反射で守るべきな気がしてくるし、どうも話を聞く限りだと隊員が入院しているらしいので、ボーッと眺めている暇があったら動くべきとも思う。


「いや……相談……今ここの隊長って誰?まさかオレか?」

「もういいよ隊長は。居なくなる度に不便だから当番制のがマシだわ」

「おい投影機誰も持ってないのかこの隊」


同じく屋上に来た別の部隊のやつが手招きして、携帯プロジェクタから壁に投影した画像を見せてくる。


この周辺のマップと、現在の戦況と……着いて欲しい防衛ポイントか?



「なんだこれ?上からの作戦か?こんなん出来るなら毎回してくれよ」

「いや洗脳されてる部隊から回ってきてる」

「もうさぁ……」

「ほらよく見ろよ、実際こうなってる」


まともな衛星も無いのにどうやってるのかさっぱり分からないが、詳細な俯瞰マップには今の状況がありありと映し出されている。


そして見せてきた意味もまぁ分かる。


万が一にも民間人への被害を抑えろだの、医療施設は絶対守れだの、遠いやつらがすぐ退けるようにポイントを繋げだの、まぁまぁまぁって感じだ。分からんでもない。


それでこれか。


『うっかり襲撃しちゃったが防衛隊なんだから防衛しろ』


なるほど。なるほどな。


「ふざけてるのか。いやふざけてるなこれは」


今日はどの隊員も困りながら苦笑いする変な笑い顔をしてばかりだ。笑うしか無いのだからまぁ仕方がない。こんなものを信じたりしないが、信じたとしてもうっかりだ。本当だったら笑いながらブチギレてやる。



「これを鵜呑みにして動いているやつらがもう居るのか?」

「だから主力が洗脳されてて既にこの通りに動いてるんだってば」

「……もうさぁ……」


民間の採掘場等を広めに見れるポイントで防衛している遠い部隊もあるし、前に詰めまくっている部隊もある。最初に真っ先に基地と分断されたのに凝りていないのか。


いや、だから強めの場所に立ち位置を絞ってカバーしあえるポイントを抑えろって話なのか。



「ゲームじゃないんだからこんな伸びてて少人数じゃ無理に決まってるだろうが」

「これきっついよなぁ」

「洗脳ってガチなのか?狂った白い奴が振り返ったら即死だよなあいつらの場所」

「なんかヤバめの射撃も見えただろ。まだ他にもえぐい機体が一機居るぞ」

「怪獣とか魔法少女はどうなったんだ。まさか今更幻覚じゃないよな」


既に全員階段を駆け下りながら受け取ったデータを自分のデバイスに共有し位置と脅威を確認しあっている。


しょうもない挑発に乗るわけじゃ無いし、この怪しいデータを信じ切ったりもしないが、こんなふざけた作戦を野放しにも出来ない。洗脳されている隊員も民間人も病院も防衛対象なのは間違いなく、あの白銀の機体がこちらに振り返った時の退路が無いのも確かだ。


なぜ地上の敵機が殲滅済みの想定なのかも分からない。上を向いたまま下の敵と遭遇したらどうするつもりなんだ。数でも性能でも圧倒的に負けているのにこんなに分散してたらカバーし合える位置と言ったって限度がある。


今の地球防衛隊にはろくな作戦が来ない。結局自分達で必死に考えて必死になんとかするしかない。訳がわからない状態であろうと呆けている暇はなかった。


あのデータがどこまで正確なのかは分からないが、状況を俯瞰で眺めて現実を思い出す良い刺激にはなった。こんな緊急時に映画鑑賞していてどうする。



修復中の格納庫が近づく。


「機体が余ってるんだって?」

「鹵獲パッチワーク機な。割りと上位互換らしいぞ」

「そうか、元が棺桶とボロ車だからな。博士にあれより下は作れんか」

「コクピット頑丈説あるらしい。欠点は洗脳されるかも知れないくらいだ」

「乗りたくねー!」

「どっちがいい。環境ダメージまで素通しのゴミカス棺桶か、頑丈だけど洗脳される棺桶」

「どっちも乗りたくねー!」


こんな最悪な選択肢そうそう聞かないぞ。まぁ今ままでこの選択肢すら無かったわけだが。


「環境ダメージや怪我くらい我慢してやる派閥にお知らせしておくと、そっちの棺桶はもう全部壊れたらしい」

「選択肢無ぇ!」


やっぱり無かった。



「洗脳されたら耐えろ。話によるとASMRされるらしい」

「えっ……」「えっまじ」「もう絶対無理じゃん」

「……」「おいこいつ洗脳される前からもう堕ちてるぞ!」


そして阿鼻叫喚である。


「暖かい光に包まれて撫でられながらかわいい声で囁かれるぞ」

「お、おい、ちょっと待てこいつ!?」

「もう洗脳されてるじゃねーか!!」

「おいもう混ざってるって!!これホラーのやつじゃん!!」


本当に阿鼻叫喚である。出発間際に身内に何か混ざってるって判明するやつ、SFホラーとか人狼ゲームでしか見たく無かった。覚悟を決めて乗ってる最中にこれである。


「安心しろ、実はコクピットは関係ないし洗脳でもない。NTRされるビームなんだ」

「何いってんだお前!」

「ASMRは……気持ちいいぞ……」

「本当に何いってんだお前!!」「……くそっ」「おい悔しがってるやつ居るって!」「まぁ正直されてみたい」「ダメだこの部隊もう絶対無理じゃん」



真っ先に出発してしまうあの人狼も防衛対象と言えば防衛対象だ。見捨てるわけにもいかんが、なんでこんな人生最大の危機にこんなバカ騒ぎをしなければならないのか。


死んだ目をした整備班達に見送られる。ああ、もうどこもかしこも地獄なんだろう。


強いて言えば笑える地獄なのが唯一の救いか。笑うしか無い乾いた笑いだとしても。

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