第24話 エリアコントロール

地球防衛隊の基地は、その赤く大きな星の採掘区画を守るように設置されていた。


見た目は赤い砂漠に立つ白い工場地域と言った趣で、四角く大きい建物と小さめのドーム型建物が密集する中にポツポツと乗り物らしきものが配置されている。


通称火星基地。その星に点在する防衛拠点を管理するメイン基地という重要施設であり、巨大企業の採掘場をライバル企業から守る番犬であり、その一帯のレスキューでもあり、そして、まぁ、設備も機体も遠目からしてボロボロで、その戦力は信じられないくらいクソ雑魚だった。


「あの隕石って火星周辺に飛んでたの!?」


そして現在位置が火星周辺だったのもだいぶマズイ。とてもとても地球に近い天体だ。恥ずかしながら私は自分が隕石内に居たことにすら気づいていなかったので、地球に隕石が迫っていてそれを倒せみたいな話を聞いていながら、それがどれくらい緊迫した状態なのかはさっぱり把握していなかった。


もし意図的に地球に向かわせている物体があって、それが火星の周囲をうろちょろしているのなら、昔ながらの燃料消費が凄く少ない移動方法であろうとタイムリミットは1年も無い位だった気がする。火星の重力に引っ張ってもらってなんかこう上手いこと方向整えつつ加速するアレとかソレもあって、とにかくまずいのだ。火星周辺に地球行きの敵性物体があるのは。


大きさが規格外なので学習データ内を参照しても計算が私にはだいぶ難しく、実際どうなるのかは全然よく分からないのだが、あの隕石内部にはミナが爆発させようとした巨大な燃料生成区画もある。ハカセの技術と大量の燃料だ。多分あんまり宜しくないと思う。タイムリミット、本当に多分だけど一ヶ月も無いくらいに思っていた方が良いと思う。



「一旦状況が落ち着いたらボクも出来るだけ説明するから、メタニンも最悪一応出番があるつもりで身構えていて欲しい。一般的に言えばもう完全包囲されて負けてるんだよねこれ」


話を元に戻すと、ハカセの送り込んだ鹵獲用パクリ機部隊の第一波は火星基地を普通に包囲し終わっている。あくまで改善したのは機体性能であって、武装のレベルはパクリ元よりむしろ弱くショック武器とかに差し替わってたりしたと思うのだが、まぁこれはハカセが悪い。十体編成くらいの部隊がいくつもいくつも基地の周囲をずらっと囲んでいるのだ。機体性能でも負けているのにこんなのどうにか出来るわけがない。その上、施設も機体も最初から随分ボロボロだ。


「なんか、この基地って人少なすぎない?」


そして一番懸念していた無茶する有人機が見当たらない。それ自体はありがたいのだけど、大丈夫なんだろうかこの基地。


高く薄い火星大気圏に突入しても反応が無く、白銀の機体が上空可視圏内に入っても通信も反撃も何も来ない。


「いま色々通信方法を試しているから待ってくれ。あの隕石の通信妨害がここまで届いていて、この基地は通信が本当に大変なんだよ」

「うちのハカセが本当に大変申し訳なく」


事情を知れば知るほどハカセの迷惑が常にアレで、とうとうお母さんみたいな言葉まで私から飛び出てしまった。


しかしどうしたものか。乗ると危険なダメ有人機を破壊して鹵獲用パクリ機もいい感じにバラして地球防衛隊に状況を改善してもらう作戦なのだが、包囲されている基地に攻め入って有人機破壊しつつ包囲してる側も破壊ってうっかり巻き添えで基地滅びたりしないだろうか。



「じゃあそろそろ突入するわね」

「ダメですって!?何がじゃあなんです!?」



唐突に突っ込もうとするミナと慌てて止めるナイン。凄い、私にも全く流れが見えなかった。



「いえ、その、ほら、マップ見て?このレーダーのこれが生命反応でしょ?これが第一波の包囲の形でしょ?通信が出来ないでしょ?ほら、もう行かないと」


「いや全然わからないですけど!?警告も無しに突っ込んだらまずいですって!」

「うーん、でも人命優先でしょ?もうちょっとしたら危ないわ」


モニタ上の点を幾つか指すミナ。ちなみに私には何がなんだか全然よくわからない。


「ほら、この配置。今出払っている有人機がこっちから戻ってきそうでしょ?それで、こっちの格納庫はスカスカだから多分地球で何かあって離れてる部隊があるでしょ?乱戦になったらちょっと危ないわ」


「す、すみません、ミナさん、ボクには全然そこまでの情報が見えない。そんなの習ったこと無いですよ」

「私にも全然分からないけどミナはどれをどう見てるの…?」



うーんと唸って腕を組むミナ。ここにきてもしかして知性担当が逆転したのだろうか。そういえばとんでもない操縦技術を持つエースパイロットだ。難しい話が苦手なだけでやっぱり強いだけの理由があるのかも知れない。


「メタニンちゃんもナインさんも、あんまりゲームで例え話しても分からないわよね?」

「はい」「うん」


再びうーんと唸るミナ。


「……でもどっちのヒーローも覚えて損がないし、今覚えてもらうわ。どっちにしろ時間が無いし、特にナインさんは頭を使って学習して強くなるタイプだと思うから、なんかこう、いい感じに一度実戦見つつ録画して復習して本番までに把握してね」



リィィンという鈴の音のようなものが聴こえた気がした。多分、何かが出力を上げたり回転数を増してるときに鳴るやつだと思う。



「ヨシ、突撃!」

「何がヨシなんですがミナさんんん!!!!」



その瞬間、目の前の映像が交通事故時の車載カメラみたいになって、世界が吹き飛んだ。


「「うわああああああああああ!!!」」


私とナインの絶叫がコクピット内に響く。実際、目に映っている光景はほぼほぼVR絶叫マシンである。


とんでもない速度で地面が迫ってきて、ぶつかったと思ったら次の瞬間には何かの建物の屋根が切断されるシーンになっていて、ほんの一瞬例の棺桶有人機達がなにかに次々串刺しにされるホラー映像が見えて、次の瞬間には高台の鹵獲用パクリ機体部隊がバラバラにされる惨殺事件現場になっていた。ホラー以外の何物でもない。



「はい、常にミニマップ確認!ナインさん、ほら!高所を崩したから無理なカバーに入ろうとしてるでしょ?」

「は、はい!」

「まず格納庫潰して有人機壊しました。すると…ほらレーダー、あっちに無人機や人が慌てて集まっちゃって流れ弾とか行って欲しくない動き。だから敵のヘイトを集める方角はこっち。有利ポジションはここ」

「は、い!?」


そして恐ろしいことに、VR絶叫マシンの中で戦闘講座がはじまってしまった。時折操作から手を離してマップや映像を指さしつつも鹵獲用パクリ機体部隊を壊滅させ続けていて、ついでに最初にミッション目的である有人機の破壊が済まされていた。


「ほらメタニンちゃんも、位置関係だけでもざっくり覚えて。有利な場所を取るのは必殺技より強いわ」


「ほぼ何も分からないよ!?」


「ほら、こうやって相手を不利な方に動かすの。それが隕石でも。正面に立ち塞がるより効果的な止め方を今見て覚えて」



大変なことになってしまった。そう言われると私も学ばないわけにはいかないが、正直な話動きが早すぎて何が起きているのか理解することから難しい。恐らくナインも必死にメモしつつ録画している筈だから、私も録画してあとで2人で勉強会するしかない。



「第一ラウンドはこのまま動きを見せつつ殲滅するわ。あとで機体ログや録画録音も合わせて覚えてね」

「「は、はい……」」



恐らく地球防衛隊の人には突然現れた白銀の機体が敵味方をまるごと薙ぎ払っている狂気の無双シーンにしか見えていないだろうが、その中では逐一ここをこうすると次はこうなるからみたいな細かいボードゲームの攻略手順みたいなのが繰り広げられている。


本来はもっとナインがデータ分析しつつじっくり色々作戦を進めて、いざというときは私がこっそり精霊魔法でなんとかするみたいな流れになると思っていたのだが、だいぶ思ってたのと違う状況になってしまった。



ちょっと多すぎると思っていた鹵獲用パクリ機体達が凄まじい勢いでただのパーツ置き場になっていく。


なぜか乗り手の居なかった地球防衛隊の有人機は最初に破壊され、よく見ると襲撃後の格納庫がいつのまにかパテみたいなので斬撃痕を塞がれている。一瞬すぎて良く分からなかったけど、整備の人とか整備ロボは居る筈なので、目的の機体だけを瞬時に破壊して格納庫をすぐ塞ぎ直したのだろう。私のスライムでも応用が効きそうと言うか、もしかしたらハカセが私のをパクった新兵器なのかも知れない。


ある程度説明を受けながらだとギリギリ意味が分からなくもないくらいの感覚で、ミナは確かに相手にとってそこに居られては困る場所を確保し続け、ただの力技では無く勝つべくして勝ち続けていく。


完全に脳筋だと思っていてごめん。多分興味のないことに本当に興味が無くて、興味のあることにはめちゃくちゃ集中するタイプだったんだミナ。


「……ヨシ、まずはこれくらい。覚えられた?」

「全然無理だった。ミナ、あとで機体のログも見せて……」

「ボクもすみません、頭がパンクしそうで……」


振り返るとナインは追加の酔い止めも飲んでいた。確かに超高速絶叫マシンに乗りながらの勉強会だもんね。いくら他の機体のパイロットでも他人の操縦でアレは生身だとなかなかキツそう。


ようやく一息ついた、というか凄まじい勢いで戦場を破壊し尽くしてあっという間に目的を果たしたミナは、ステルスを発動させつつその場から一旦離れて遠くの山影へと入りこむ。


そこで休憩と共にとにかく重要なポイントだけでも覚えるよう軽い勉強会が入り、想像していたよりあっという間に終わったミッションの後片付けが……始まらなかった。


「ただ、ちょっと状況が良くないかも。第二ラウンドはもしかするとわたしだけじゃ無理かも知れない。メタニンちゃん、ナインさん。今のうちに覚えるだけ覚えて、ついでに覚悟を決めておいて欲しい」

「うぇ!?」

「!?」


思わず変な声が出てしまう。なんなら最初に有人機を破壊出来た時点でもう終わったつもりだった。


「ちょっとタイミングのかみ合わせが悪い気がするの。ナインさん、広域のレーダー確認と、通信復旧での情報収集が大事になってくるから、少し本気で頑張って欲しい」

「は、はい!」



真剣な表情のミナ。これがエースっていう存在なんだなぁとぼんやり思ってしまう。頼れる感じというか、カリスマ性というか、強くて頼れるのその先の存在って感じ。


でも言ってることは全然よく分からない。話のレベルに全く追いつけない。一応私高性能AIなんだけどね。ま、まぁまだ生まれたばかりだからね。



「本番はこれからよ。さっきのは有人機に誰も乗っていなかったから真っ先に勝利条件を満たしてゆっくり講座する余裕があったけど、次は違う。何か想定外の事があって半分以上出払っていたみたいだから、変な被り方をすると戦闘箇所が一つじゃ済まないかも知れない」


全然戦闘も講座もゆっくりでは無かったが、確かに一番の懸念点は対人戦で、それはまだ終わってなかったらしい。


後ろではナインが悪戦苦闘しながら地球防衛隊の現状を探っている。わりと賢いとは言え、別に通信の専門家でもなければ使うシステムも未知のハカセ製品なので、地味になかなか大変な役割を背負ってしまったようだ。


時折モニタにどこかから拾ってきたらしいデータが映ったり消えたりする。



「……変異……?」



その目まぐるしく流れるデータの中に、一つ気になる文字が見えて、唐突に私の脳もフル稼働しはじめる。



「待って、ナイン、もういちど今の見せて?」

「え、あ、待ってくれまだ拾い集めてるだけでボクは何も見れてない」

「今あるデータだけでもいいから一旦”変異”で検索して欲しい」



今、確かに見えた。

地球防衛隊が今慌てふためいている重大な問題。通信ログ。

それに関する「変異」という文字に、私達は覚えがある。



「ミナ、ナイン、ちょっと私よく分からなくなってきたかも」


表示されたデータに対し、2人とも言葉が出ず返答が無い。



……今、地球を、そして地球防衛隊を揺るがしているのは大規模な「植物の変異」事件。

ハカセが、黒髪の女の子が起こした事件。


基地に人が少なかったのはそれだ。緊急で地球に戻った部隊がある。

同時に、火星各所でも混乱が発生し残留部隊が動き回っている。これが次の本命の相手か。


もう時系列が分からない。

ハカセはタイムマシンでも作って失敗したのか?それで記憶が破損?

時間を正しく遡れずに隕石として別の危機を増やしちゃった?

さすがに意味不明過ぎるがありえなくも無さそうで怖い。


大変なことになってきた。


難しそうなミッションがミナの無双で一瞬で片付いたと思ったらどうやらこれからが本番で、私達はそれに対処しながら早急に謎解きもしなければならないかも知れない。放置していて良い謎では無さそうだし、場合によってはあの森林区画の価値が激変する。


起きていないと思っていた事件が起きていた。言葉にするとすごくアホっぽいのに、これは結構厄介だぞ。

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