第23話 初めての外

「……ヨシ、発進します!」


掛け声とともに白銀の機体がメインライフルを構えて外壁を撃ち抜く。明らかに強化されている巨大なライフルの威力はかつてミナ達が侵入していた小さな侵入穴を数倍に広げて貫き、出来上がった巨大なトンネルへと白い閃光が駆け抜ける。


「何がヨシなんですかミナさん!?」

「進路オールグリーン!」

「それ発進前にやるんですよ!グリーンじゃなかったし今機体のチェック段階で」

「白銀オールグリーン!」

「だからそれも発進前なんですよ!!」


慌てふためくナインと、突然の急発進に意識が追いついていない私を置き去りに、ミナが巨大なトンネルをとんでもない速度で進んでいく。綺麗な指先が繊細なタッチでキーボードとマウスをカチャカチャして、フットパネルがたまにそっと踏まれている。いたく真面目な顔で操作しているのでツッコめないが、やはりどうみてもWASDのキーをメインに使ったPCゲーム操作である。


2人ともヘルメットとか色々しっかり着けた本気のパイロットスーツ状態なので、余計にゲームっぽさの違和感が凄い。ついでに特に何も着けず普通に座っている私の違和感も凄い。


「わたしあんまりオールグリーン発進やったことないのよ。大体機体も環境もどこかダメでしょう?」

「いや、うーん、歴戦のエースに言われるとちょっと……うーん……」


ナインがあっけなく言い包められている。ミナは見た目が美人で口調がおっとりだからイメージしづらいが人生はハードボイルドで思考は脳筋だ。実戦になると一人だけ世界観が違う。


「ミナ、凄いスピードなのにあんまり反動とか振動無いね白銀って」

「ナインさんと戦った時はもっと揺れたから、多分メタニンちゃんが戦車を作り替えてたやつパクったんだと思うわ」

「ああーあれかぁ」


確か精霊をほぼ通さず直接実行したずるい技だ。意識しようとすると逆に難しくなるタイプのやつ。そのうちチートの精霊として頑張ってお願いしてみようと思っている。


それから暫くの間は暗いトンネルの中をひたすら直進し続け、あまりの高速長距離移動に体の感覚がふわふわしてくる。



「ナイン、このトンネルさすがに長くない?外ってあとどれくらいなの?」

「……もうすぐ出る」


高性能レーダーを持つナインに進行状態を尋ねる。レーダーとメイン機体を分離出来るようにする合体機構の意味は全く分からないが、役割分担的に聞きやすくはなった。


「メタニンちゃん、ナインさん、ちょっと調節しながら出るから気をつけて。気分が悪くなったらすぐ言ってね」


ミナが若干減速をかけると同時に、私もトンネルの出口を感知する。とんでもなく長かったが、地球防衛隊はいつもここを通って侵入していたのだろうか。


「ミナさん、外は何も感知出来ませんが、一応警戒で」

「了解」


白銀の機体がバリア機構を発動し、警戒態勢で穴の外へと飛び出していく。急に開ける視界。


……外だ。初めての外。



空は満点の星空で、思わず息を呑むほど美しかった。


全方位ありとあらゆる方角が星の海。頭上から真下まで無限に広がる暗闇と星の煌めく世界。


「……ん?」


そういえば出発は朝だった。

いつのまに夜になったのか。


後ろを振り向くと、そこには金平糖のような形の歪で巨大な岩の塊。あまりにも大きすぎて、さっき出てきた穴が針の穴のように小さい。


「…………んん?」



それは、宇宙に浮かぶ巨大な隕石。


分かった途端、脳が理解を拒もうとして痛む。


そうか。


森林区画の空の見えない天井。

メテオタベタラーの助言。

そして何よりも命懸けで突入してきた地球防衛隊。

それはそうだ。地球を滅ぼす隕石があって、地球防衛隊なんて組織があって、そのタイミングでエースが命懸けで突入する場所なんて、それはまぁ、隕石でしょうよ。


そうか。

そういうことか。


「隠してたのかハカセェエエ!!!」


大激怒だ。

大激怒である。


今すぐ私だけ飛び出してハカセを引っ叩きまくりたいが、状況が状況だ。くそっ、これもわざとじゃないか?どこからどこまでが策略で、いつからいつまで私を……!



メテオタベタラーの言っていた作戦の破綻とやらが一発で分かってしまった。なるほど、バッドエンドというだけある。


……ハカセは、私にあの場所を自分もろとも壊して欲しいんだ。

なんてバカ。なんてアホ。そんなこと出来る訳がない。ハカセは選択をまたも誤った。


その作戦に心を持つヒーローが適任だと思ったのなら、間違いなくハカセは心の在り方を勘違いしている。



「どどどどうしたのメタニンちゃん!?」

「ミナー!私知らなかったんだけど!!私のうち隕石じゃん!!」

「知らないなんて事あるの!?あれ!?隕石どうしようかって話結構してなかった!?」

「それはしてたんだけどー!」

「じゃ、じゃあわたしの事、必死に隕石を破壊しに来た人じゃなくて、本当にただの襲撃者だと思ってたの!?」

「い、いや、まぁ、ハカセが諸悪の権化だから、ハカセを倒しに来たのかって…あ、操作操作!ごめん!戻って!」

「あっ、あっ、そうね、一旦落ち着く。落ち着いてからね」


驚かせてしまったせいで白銀の機体の操作が疎かになったミナを一旦元の姿勢に戻し、今は目的に集中してもらう。私も揺れている場合では無い。無いのだが。



「……ナインは気づいてたでしょ」

「一旦ノーコメントで」

「ハカセの数々の悪行により、内緒の罪は私の中で今普通より重いからね」

「一旦ノーコメントで許して下さい」


と言ってもこれじゃただの八つ当たりだ。


「まぁ気づいていない私がおかしい。驚かせてゴメン2人とも。……それにしてもどうして……?」


なんなら夢の中で黒髪の女の子が宇宙に飛んでいくシーンまで見たのに、それをハカセの確率が高いと予測しながらどうしてこうも察しが悪かったのか。通常の判断レベルからすれば私のAIはそこまでトロくない筈なのに。



「……」


腕を組み沈黙するナインは明らかに何か気づいているので後々尋問対象だ。ミッション後にやるべき事が光の速さで積み上がっていく。



「……でも、でもメタニンちゃん、その、わたしが一人で勝手に納得して、皆そう思っていると思い込んでいた事があって……そうじゃないなら……いえ、そうじゃないみたいだから、聞いてほしいの」


よく分からないまま頷く私。


「どうしてメタニンちゃんなのか。この白銀の機体も、隕石を食べる怪獣もだけど、どうして博士がただ隕石を壊すだけの兵器を作れず、人知を超えた空想上の何かを作ろうとしているのか」


ナインが一瞬何かを言いたげにして言葉を飲み込む。


「どうして最後の最後に作り上げたのが子供の夢みたいな最強スーパーヒーローなのか」


特に、ヒーローという存在に強く焦がれるミナだから、他人事じゃなくその意味を強烈に感じていたのかも知れない。


どうしてヒーローを作りたいのか。

どうしてヒーローに頼りたいのか。



「助けてほしいからだと思うの」



「…………うん……」



「隕石を破壊して欲しいとか、ミッションがどうこうじゃなくって、なんて言えばいいんだろう。それは誰かを助ける為の手段の一つであって、目的では無いのよ」



これは、そうか。気づいていたはずなのに見落としていたような変な感じがする。そして何より……


何より、これはもしかしたらハカセと黒髪の女の子も気づいていない。自分の願いを勘違いしているのかも知れない。



「あのね、ちょっと変だなぁと思った事は何度かあったから、ちゃんとそれを形に出来てなかっただけでわたしもメタニンちゃんが勘違いしている可能性に全く気づけていなかったわけじゃないと思うの。だからごめんなさい」


「ううん、色々見えてきたありがとう」


「多分博士もメタニンちゃんもそうだと思うの。違和感が無いとか何一つ気づけないんじゃなくて、一つ強い固定観念があって、勘違いが固定されてしまっているような気がする。プロテクトがどうとかはちょっと分からないけれど」


外に出て、ミナの話を聞いて、ようやく一気に視界が開けてきた気がする。


私は隕石を破壊して人類を救う使命を与えられらたヒーローロボット。でも、隕石を破壊出来るような訓練など受けていないし、そんな装備も無い。それにきっとハカセはあそこが隕石だと知られるのを自分でも知らぬまま怖がっていた。真っ先にあの森林と空を見せたのだから。


分かってきた。色々分かって、見えてきた。


「やっぱりナインは後でじっくり質問タイムね」

「もうちょっとだけ、もうちょっとだけ沈黙で許して下さい。せめて任務完了まで」

「もうそれ自白だからね」



知ってて黙っているキャラなんてこの緊急時に許されると思っているのか。

だけどまぁ他ならぬ大事な彼女の決断だから尊重もするし、実際重大任務中ではある。


やるべきことをやらねば。


ただし。説教してくるであろう相手にやるべきことを積み上げれば先送り出来て、あわよくば叱られを有耶無耶に出来るかもなんて子供みたいな逃げ方が通用すると思うなよ、ハカセ。


帰ったら覚えてろ。


巨大な星に近づくと共に、私のレーダーが前方の遥か彼方に複数の機体を感知する。白銀の機体もとうに感知している。任務開始だ。

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