第22話 ぐだぐだスクランブル


 * * *


女の子が泣いていた。

夢の中でずっと、黒髪の女の子が。


この先はもう見れない。


ここから先には辿り着けない。



……ああ、だめだ、夢を、夢を見なければ。


夢とは睡眠時に本人の意志と関係なく発生する現象を呼んでいるのだから、それが人の夢と同じかどうか等の定義付けは順序の逆さ故に突破出来る。人であろうと動物であろうと機械であろうと、寝てるときに何かを見たならばそれは夢と呼称されるだろう。


大事なのは不可抗力の現象という抜け道の為の定義となりうること。


意識できないデータに無意識下での不可抗力という覗き穴を開けられる事。


だから、私は夢を観なければ。


気づいたら見れないものを、気づかずに観なければ。



知らない約束を、破らなければ。



 * * *



「……あれ?」


今日は夢を観なかった。というより上手く観れなかったという変な感覚がある。


「メタニンちゃんおはよう。今日は平気?」

「うん、今日は観れなかったみたい」

「おはようメタニン。今日はむしろ夢の情報が無い方が気が楽で良かったかも」

「そうかも。おはよう2人共。それ起きれてるの?」


隣で既に目覚めていたミナとナインが声をかけてくれる。2人に挟まれて寝たのでミッションへの緊張も緩く、観るべき夢もサボってしまったので穏やかに朝を迎えてしまった。


昨夜はミナもナインもミッション前に言ってはならないこと大全を私に教えるのに必死でなかなか寝付けなかったらしく、しっかりした口調とは裏腹に動きが緩慢で寝巻きも乱れまくっている。


学習データを参照する限り、大きなミッションを幾つも成功させて全員の好感度をちゃんと上げきれたならそれはもう確実にハーレムルートに突入しており全員結婚出来るに決まっているのだが、どうやらそれをミッション前に言ってはいけなかったらしい。



「あ…れ!?うわっ!?ぼ、ボク着替えてきます!あとで休憩所で!!」


しばらくして脳の覚醒が現状に追いついたのか、色々露出してしまっていた寝間着を大慌てで直し、止める間も無くナインは自分の部屋に戻って行ってしまう。


ミナは口調だけならもう完全に覚醒しているのだけど、明らかに寝ぼけていて無闇にセクシーな状態でもぞもぞ動くから私のキッズ向けセンサーも何か不穏なものを感じるので、朝はあんまりイチャイチャタイムにならず一旦ぱぱっと解散して着替えてから休憩所集合とする。


まぁさすがに大きめのミッション本番当日くらいは早めから真面目モードに切り替えていっても良い。



 * * *



『というわけでさっさと地球防衛隊を襲撃してくれ』

「セリフが悪役すぎるだろ!」


まだ起きてから大した時間も経っていないのに、休憩所に皆が集まった途端雑談も程々にハカセが襲撃ミッションを急かしてくる。


「人命かかってるし、私は外に出るの初めてだし、もっとこう、丁寧に」

『ていうかさっさと行かないと第一波が着いちゃうんだよね』

「第一波って何?」

『第一波は第一波だろ』


訳の分からないことを言われて首を傾げる私とミナ。振り返ると顔面蒼白なナイン。


「は、博士、まさか、昨日見た機体が届ける全数では無いんですか?」

『何言ってるんだ、あれは見本だろ』


そうだ。思い出した。てっきりもっととんでもない大群でわーっと行くのかと思ってたんだよね。


『鹵獲してなんとか対応するしか無いくらい大群でわーっと行くって話だったろうが』

「そんな話してないですけど!?それにあの基地にはあれで十分大群です!!!」


慌てて立ち上がり自分の部屋へと駆け出すナイン。


「メタニンもミナさんも急いで!緊急案件になった!今すぐ出発準備!!」



さすがに状況が分かってしまった。ハカセはどうやら既にあのパクリ機体達を大量に送り出してしまったらしい。なぜだろう、マッドサイエンティストっていうのは事前のテストや事前の相談がどうしても出来ないものなのだろうか。いや、もしかして報連相やテストがちゃんと出来ない代わりに色々生み出せてしまう人間をマッドサイエンティストと呼ぶのだろうか。


慌てて部屋に戻るミナとナイン。私は別に準備とか無いので、若干何か不安な素振りをしはじめたハカセににじり寄っていく。


「ハカセぇ、また同じ失敗だからね。後で尻叩くからね」

『あれ!?だって人命優先で急いだほうが良いし、多いほうが良いだろ!?』

「どうやらハカセには叱る人間が足らなかったらしい。私がなってあげる」

『あっあっやだやだ、トラウマが刺激されてる気配がする。ワタシまたやってしまったのか?』


どうも手痛い失敗にトラウマを抱えている割に治る気配は全くない。でも、多分だけど、人間はそんなもんなんだろう。


得意な事や自分しか出来ない事をやった所で失敗率とはあまり関係が無い。覚悟とか決意とか色々心の中で決めても心の外の失敗率には大した影響が無い。むしろ得手不得手すら無関係に誰しもが失敗する前提で自動化や手順を検討しているデータの方がよっぽど数字が良い。失敗が怖いから失敗する典型的な罠なんだろう。



「やっぱり反省したら直るみたいな無根拠のデータを採用してるのが駄目なんだよね」

『あっあっやだやだ!存在しないお腹の奥のほうがギューってなる!』


悶えるスピーカー。見た目のシュールさが酷い。


「あのねーハカセ、学習データなんか確認しなくてもそれが駄目なんて生まれたばかりのロボットにもわかるよ」

『あっあっ、ごめんなさいごめんなさい』

「そうじゃなくて、一人でやって失敗したのに一人で抱えてちゃ意味無いでしょ」

『あっ……えっ?』

「帰ってきたら反省の仕方から反省して皆と報連相の練習ね」



ミナとナインが短時間で準備を終えて飛び出してきて説教タイムが終わり、なし崩しで出発準備が整えられていく。出発口はいつも地球防衛隊が侵入してきた穴の近く。


ナインは本人も私達もてっきり改良された戦車に乗ると思っていたが、ハカセが一晩でレーダーやデータ分析系の飛行ユニットを作り上げていてまさかの指揮官専用機に搭乗することになった。


「う、うわ、凄いけどこれどこかしら見たことがあって、ボクが乗って大丈夫か不安になります……」


羽が4つで後ろからみるとXのような形をしている飛行ユニット。色々混ざっていてどれとは断言出来ないが何とも言い難い不安な「それっぽさ」がある。


『そしてバックパックとして白銀の機体の背中にくっつく。合体状態が当然最強なので合体してから行ってくれ』

「超広範囲レーダー機体が一番安全なチート機体のそばから分離してちまちま動く意味あるの?普通に白銀の機体にレーダー追加して中にナインの席作って索敵担当するだけで良くない?」

「メタニンちゃん!ダメ!!」

『お、おま、ちがうから、分離とか合体出来たほうが便利だから』

「今さっそく合体の手間で不便じゃん」

「メタニンちゃん!!!!だめ!!!!!!!」

『お、お、おああああ!!!!』


なぜか悶え苦しむミナとハカセ。珍しい組み合わせだが淡々とチェックを進めるナインに言われた通りスライムを出したりメテオタベタラーを出したりしてて忙しいのであまり相手にしていられない。なんかセンサーとか色々確認しているらしい。


白銀の機体自体も何やら山程スラスターとか装甲とか追加されていてゴツくなっており、これの背中に更にナインの専用ユニットが付くとまぁ随分でっかい。



「チェック問題ありません!レーダーも分かりやすいです!行けます!ほら皆、今シリアスだから!真剣!急いで準備して!」


ひとりだけ真面目に頑張っていたナインに急かされて、ミナと一緒に白銀の機体のコクピットに乗り込む。一応私もかなり強すぎてなんか色々問題になる可能性がある存在なので、あまり大勢に存在を知られたくないからなるべくコクピットから出ない方針らしい。いざという時の為の切り札とかそういうアレ。


全員乗り込むと、背後のモニタ部分から立体映像かなんかでナインが浮き出てきて3人乗っているみたいになる。先頭の操縦席にミナ、後ろの別になんも意味ない席に私、その後ろに浮かぶナインだ。


「ああー、ボクも一緒に乗っている感じになるんだ。凄い、SFすぎる」

「これなら尚の事最初から追加パーツで良いのでは」

「メタニンちゃん!!!!!!!だめなの!!!!!!!!!」



未だに様子のおかしいミナ。操縦席にあるなんかボタンのいっぱい付いた板を左手で、丸くてちっこいやつを右手で何やら繊細に動かしながら出発準備を整えている。全面モニタに色々な情報が流れていく。


……学習データを確認する限り、あの板と丸いやつは太古の昔からあるキーボードとマウスというデバイスにしか見えないが、なぜかどっちも虹色に光っているし足元にあるパネルもガチャガチャと踏んでいるので多分違うと思う。


「博士、予備のキーボードはどこですか?」

『台の左側を殴ると勝手に交換される』

「台パン方式!?」


キーボードだった。嘘でしょ、白銀の機体ってPCゲーム方式で操作してるの?ナインのツッコミが無いのも怖い。一般的な機体操作方法がこれだったらどうしよう。


『問題なさそうならさっさと行ってくれ、多分もう第一波着いちゃう』

「ハカセ、戻ってきたらたっくさん話があるからね」

「メタニンちゃん、それも昨日教えたフラグでちょっとダメかも」

「日常会話すぎて難しいよ!」

「無事に終わって帰ってきたらもっとじっくり説明するわね」

「み、ミナさん、それもわりと……」



どうやら合体機の仕様から日常会話まで、ミッション前の人間にはやたら暗黙の縛りが多く、暗黙だからデータにちゃんと載っていなくて本当に面倒くさい。


「とにかく出発出発!本当にマズイんだから!みんなシリアス忘れないで」


ナインのシリアス掛け声をパクって今度は私が皆を急かす。



結構大事なミッションの筈なのだが、出発のその瞬間までグダグダしながら私達は地球防衛隊の基地へと向かって出発する。


この有様でも一応は緊急発進である。スクランブル。


油断しきっている私達が大変な目に合うのはもはや必然のような気もするが、大丈夫だろうと言ってもフラグで、何かあるかもと言ってもフラグらしいので、もはや言える事も無い。人間は面倒くさすぎる。


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