第20話 幕間・ミッション前夜ナイン視点

ミッション前夜・ナインの視点



 * * *



メタニンの誘いは断れない。かわいい彼女でもあるし恩人でもある。


ただ、憧れのミナさんの部屋でその部屋主に嫉妬されながらのお泊りとなると、ボクが正常な思考を保てるのは夜になって部屋に伺うまでの僅かな時間になるだろう。



ミナさんのついでに自分の部屋もアップグレードして貰えたので、一人で考え事をする時間も大変居心地が良い。なので最近は深く考え事をしたいとき大体今みたいに部屋に篭っている。


深く椅子に座り直し、息を吐く。実戦になると戦力に不安があるのはボクだけなので、やはり気は重い。


作戦が無事に行くかどうかという緊張感は確かに全員あるものの、戦力差が圧倒的なので失敗する可能性と言っても向こうをちゃんと助けられるかどうかという認識が大半だろう。


ミナさんはメタニンに対し覚悟が決まりすぎているし、博士は意外にもかなりの不屈タイプなので、恐らく心配性なのはボクとメテオタベタラーだけだ。ボクらだけがメタニンの初めての外出と博士の現状に胃を痛め続けている。


別にボクらも失敗を恐れているわけではない。目標を達成させるだけなら本当にメタニンに不可能は無いと思っている。


……ただ、今回は分かれ道なのだ。それもかなり重要な。



1つ目のミッションは、メタニンが人類を選ぶかどうかの分かれ道。

2つ目のミッションは、博士が今の自分を捨てるか保つかの分かれ道。


両方とも問題があった場合は確実に、片方でもなかなかの確率で地球は滅ぶ。



今この段階に至り、ボクはメタニンに何をどこまで伝えるべきかずっと迷っている。


ボクというバイアスを通した情報からは、ボクの抱えている地球への不満や防衛隊への不審までメタニンに伝わってしまう可能性がある。仮にメタニンがそれを解消しようと何かを破壊したり誰かを傷つけでもしたら、ボクは自分の彼女を利用して不満を解消し彼女にだけ罪を背負わせるクズだ。


そうならないように必要な事実だけを最小限伝えようとは思うのだが、何を伝えて何を伝えないかという選択こそが最もバイアスのかかる場所であり、必要な事実とは何かを選ぶ行為こそ自分だけが情報優位を保ち一方的に相手を誘導するという一番避けたい裏切りになりかねない。


伝えるなら全て余すこと無く伝える。伝えないなら全て伝えない。


優しいメタニンに全てを伝えればきっとボクの思いも汲んでくれるだろう。

……だからこそ、ボクが取るべきなのは沈黙なのでは無いのだろうか。


全ての沈黙も結局意図的に沈黙していたという方向性を生んでしまうが、メタニンが自分で得た情報に自分で判断するならそれはボクが情報を与えた場合よりもよっぽど信頼できる。何よりその結果にならボクは全力で協力し続けられる。


これも何か間違っている可能性はある。自分で気づいていない傲慢さの発露かも知れない。でも、恐らく今夜ボクは何も言わないだろう。



そして博士。


博士のプロテクトは、元々別人格のあるAIに記憶を移植した事による多重人格状態をそのまま無理やり稼働させる為のプロテクトか、電脳化によって「本来の自分とは別の体の自分」を正しく認識し続けられず自己崩壊を招いた場合の応急処置辺りが有力だと思っている。どちらもそんな事が実際に出来るのかどうかという問題さえ見なければ極々有名で定番な話だ。ボクらにはSFでも博士なら現実問題足り得ると思っている。


悪意の改ざんなら難しいプロテクトなんて方法を取らず書き換えや洗脳の方が楽だし、何より博士を悪意を持って改ざん出来るやつなんて居たらもう人類はその黒幕の支配下で、メタニンなんてカウンターが生まれる事も無い。



ただ、何かを守っているプロテクトの可能性が高いと考えている以上、やはりあのとき迂闊に話すべきでは無かった。何度か慎重になった方が良いのではと話してみたけれど、メタニンの近くでは余計な心配がかかる事を言わないよう釘を刺されてしまう。


言えないことが重なっていく。これもまた裏切りなのではという不安はある。


実際のところかなり深刻な状況だ。そしてタイムリミットは遠くないらしい。だからこそ博士はここで可能な限り不確定要素を潰しておきたくて即断即決したのだろう。デメリットが怖くとも、博士しか知り得ない情報が無数にある以上、不確かな記憶と人格が戻せたならメリットは実際相当大きい。最終局面がどうなるのかここに懸かっている。



重大な分岐点。


……だから、そんなことをしている場合ではないという気持ちと同時に、今だからこそメタニンが楽しんでくれるような時間を作る事には全力で応えておきたいような気持ちもある。


例えその第一歩にフリルたっぷりの可愛すぎる寝巻きを渡されたとしても、簡単に動じる訳にはいかない。大体いつも最初に性別がどっちなのかと聞かれるボクがこれを着用して彼女と憧れの人と一緒に寝るんだと言われても、簡単に動じる訳にはいかない。


深く椅子に座り直し、息を吐く。勇気が出ない。誰か助けて。


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