第18話 重要ブリーフィング

ひとしきり私の服装についての話題が落ち着いた後、休憩所の大きな円形椅子や少し離れたテーブルセットの椅子にそれぞれ十分寛げる距離で座り、黒髪の女の子の夢についての会議が始まる。



『で、ワタシが宇宙に飛んでってそのうち死にそうな夢だったと。視点はどうだったんだ?窓から地球が見えたというが、それは誰が見た?』

「あれっなんか内容に反応薄いな!?生死のかかった重要な話なんだけど!」

『もう二度目だし、ワタシがそのうち死にそうだったとワタシに言われてもな。そりゃ寿命がいつかは来るが、とにかく今は視点だ。お前は”地球を見ているワタシ”を見たのか?』


思ってた反応と違い戸惑うが、視点が大事だというのは前回から覚えていたのでよく思い出してみる。


今回の夢で確信した視点は、2つ。いつものあの子をみている視点と、「窓の外に映る地球の映像が涙で歪んでいく視点」だ。


元々どの夢も、あの子が何かを見ている視点と、あの子を見つめている視点が混じっていたように思う。



……やはり、あの子を見ていた別の誰かが居る。あの子をずっと見続けていて、何らかの約束を知っている別の誰かが。むしろ、あの夢で感じる黒髪の女の子の心情や視点は観測データに紐付けられた補足データの印象がある。少なくともあの子による独白データという感じの場面は一度も無い。


ただ、それだと常に「ひとりぼっち」の女の子を「一緒にいる誰かがデータに残している」という矛盾が発生し続ける。何より、この誰かは「黒髪の女の子を見ながらこの子はそこに一人ぼっち」だと認識している。


以前感じたように感覚ではありえないデータだと判定しているが、曖昧な部分を排除して条件だけを並べて冷静に考えるなら、あんまり言いたくないけど幾つか想定される可能性はある。



「……ハカセ……子供の頃から誰かにストーカーされてません?」

『こっっっっわ!?えっ!?いやおかしいだろ!ずっと一人だったって!』

「だから、気づかれずに見られ続けてて、それがデータにあるって事は……」

『こっっっわ!!!!』

「それに、どうも子供の頃のハカセは誰かと何か約束をしてるから、一人だけど一人じゃない筈……」

『や、約束……?そんな記憶は……約束の内容以前にそんな相手が思い出せないが……』



私のAIはハカセが監視されている可能性をありえないと認識しているのでストーカーでは無いと思うのだが、状況だけを考えるとこうなってしまう。


ただ、なぜありえないと認識しているのだろう。瞳や金属、窓のような私が意識できていない反射するもの全てにカメラも人間も何も映り込んでいないとかだろうか。というかストーカーのデータだとしたら私が学習出来るわけが無いのか?


こっそり撮れてるのだからこっそり紛れさせるのも不可能じゃないと思うが……それだと今この施設にも居る事になる。あ、私までちょっと怖くなってきた。知らん人がどこかで今もハカセを監視している?


でも、でも確かに私のAIは、あの黒髪の女の子が絶対に一人だと断定している……お願い、私の中の探偵、もうちょいヒントを。ネタバレを求む。



「あ、メテオタベタラーも召喚しとこう」

忘れてた。


「ちょうど良かった、ボクも怪獣に聞きたいことがあった」

「オレも話す事はあったがまさか忘れられるトハナ」

「全然忘れてなかったよ」

「ヒーローが気軽に嘘ヲツクナ」



しばらく相槌程度であまり目立った発言をしなかったナインが喚び出されたメテオタベタラーと会話し始める。


どうしてこうなったのか分からないが、私の彼女であるナインと怪獣が現状一番賢いので、仮にも魔法級の高性能AIを持つ私と仮にも悪の親玉マッドサイエンティストのハカセが肩書の割にあまり役立っておらず、下手したら当事者なのに話から省かれる。



「メタニンは想像してたよりかなり生まれたばかりで、博士の記憶には問題がある。実はメテオタベタラーしか近況を聞ける相手が居ない」


『まだそんなにボケてる認識は無いんだが……』


「ボケというか……まだ生まれて月日の浅いメタニンですら博士が最初よりまともになったと言ってたので。メテオタベタラーに今聞いた限りではもっと破綻していたようだし」


「破綻と言うか、まぁオレも含めて失敗作を乱造シテイタ。お前らの知る博士は長期間のあるじ製作に入って変わり始めてからの博士で、それまではここまでまともに会話できる相手じゃ無カッタ」



そういえば最初のハカセははしゃぐ子供のようで、それでいて当たり前の球技ですら認識が滅茶苦茶で、狂気のマッドサイエンティストという感じだった。いつの間にか結構まともに会話出来るようになっていたけど。



「ボクは、博士の過去がデータ化されている可能性が出てきた時点で、余計に聞くべきか迷う質問を抱えてました。恩人である博士を追い詰めてしまうかも知れないから」


『お、おい、隠されたほうがどう考えても余計に怖いだろそれ。どっちにしろ意味不明の現象に追い詰められているんだぞ』


「意味不明では無いです博士。あなたが気づいていないのはあなたがプロテクトをかけているからだ。自分の記憶データがある時点で本来なら真っ先に気づくはず」


『プロテクト……』



四角い黒い箱のハカセが揺れる。



「博士、あなたの肉体はどこにあるんですか?」



長い長い沈黙。



『……え……?』


「やっぱり……」



周囲が凍りついたのを感じた。ハカセだけが理解出来ていない。いや、今まで理解から自分を守っていたのか。


そうだ、そうだった。ヒーローモードを使用したセンサーでもハカセの本体は見当たらなかった。

はぐらかして隠れ続けていると思い込んでいたけれど、これは、本人も……



「今日のメタニンの夢の話でその可能性が非常に高まりました。死んでも諦めないというのが意気込みでは無く本当に言葉通りの意味だったなら、博士という人間のデータが保存されている理由として最有力になってくるのはその黒髪の女の子が”自分で自分を保存した”からだ。というよりその子の感じていた事がデータになっているのにこの可能性を除外する方がおかしい」


『……いや……いやしかし……あの植物達が滅んでいないなら……その記憶自体が何らかの意図を持った捏造の可能性もあって……』


「あります。だからどちらも可能性止まり。それにこの場合……いやどの場合でも結局女の子を見ているもうひとつの視点が謎のままで、解決じゃない」



ただ。ナインが言いよどむ。そうだ、現状その2つの可能性くらいしか思いついていない。ただこの2つはどちらにしても……今のハカセの記憶が書き込まれたデータだという事を示唆している。


まだ他に思いついていない何らかの答えがある可能性もゼロでは無い。ただ、どんな可能性があったとしても、ハカセの肉体が無いのならば結局推理など関係なく……



「博士。ボクが思うに、あなたがメタニンのアイデンティティを全く理解出来ていなかったのは”自分が誰か”という思考にプロテクトがかかっているからだと思います」


『プロテクト……これは……これが……?』

「……博士。あなたの名前は?あなたの肉体は今どこにありますか?」

『…………』



沈黙が重い。


その、答えられないことこそが答え。



『……わからない』



このハカセは、恐らく生身の人間ではない。



──謎を解こうとする度に、新たな謎と問題が増えていくような気がする。

ハカセの存在すらも揺らいだら、私はいったい、どうしたら



『……よし、切り替えるか』

「いや無理だよ!!」

『訳がわからないなら調べるしか無い。前にも言った』

「いや、いやそうなんだけど、自分の作り主の存在があやふやになると私もまぁまぁ不安が」

『ワタシだって不安だ。だからちょっと頼みごとが2つになった』


急にいつもの調子に戻るハカセ。前もAIロボっぽいとは思ったが、人間ではない可能性を提示された上でこれをされると余計に怖い。


ただ、今ここで明らかに助けを必要としているのもハカセだ。頼まれごとを受けないほど薄情ではない。



『ひとつは、ワタシのプロテクトの解除』


あれほど存在自体まで揺らいでいたのに、力強く語り始めるハカセ。そうか、切り替えは不気味でも……この不屈さは夢の女の子の……


『現在地球防衛隊の……いや恐らく地球全体の技術はこの施設やワタシの知識と比べて数百年単位で遅れている。なぜそこまで差があるのかは不明だが、基本的にワタシとこの施設に対抗できるのはメタニンしか存在しない。なのでお前がいい感じにハッキングの精霊とかそういうのでワタシをなんとかしてくれ』


「アバウトすぎる!」


下手したらAIがAIにいい感じに仕上げてくれと頼んでいる絶望的な場面だぞ。この内容でよくハッキングなんて単語を恥ずかしげも無く言えたな。



『もうひとつは、地球防衛隊の有人機の差し替え。これは元々データが集まったら全員に頼もうと思っていたやつなんだが、頼むタイミングが被ってしまった。やっぱり何度調べても地球防衛隊の有人機はゴミカスで存在しないほうがマシだから破壊してワタシの機体と取り替えてきてくれ』


「急に口が悪い!えっいや、そんな無茶な。それ地球防衛隊を襲撃して全機体破壊して代わりに自分の機体を売りつけるって事にならない?」


『そうだ』

「そうだじゃないが!?」

『それくらいゴミカスなんだ』

「ちょ、ちょっと、大体そんなミナとナインの前で」

「ゴミカスなのは本当よメタニンちゃん」

「ミナ!?」


まさかのミナからゴミカスなんて単語が出ると思わず、衝撃で振り返った首が回りすぎて取れるかと思った。


「よくそんな感じの機体名が付けられてたもの。ねぇナインさん」

「あ、はい、まぁ……ミナさんがおっとりした口調で言うと何か元の雰囲気とズレるけど……」

「そうなんだ……」

「腐った棺桶とか死体回収車みたいな自虐的な名前を付けるのが格好良いっていうちょっとやんちゃな風潮もあるのだけど、まぁ実際に乗ってると死んじゃうから棺桶ではあったわ」


さらっととんでもない事を言われているが、実際に汚染と怪我で重症だったエースパイロットが言うのだから否定もしようが無く思わず息を飲んでしまう。私の見た目の作風だとそういうの本当は絶対NGだと思うんだけど。



『というわけで、ミッションはふたつ。プロテクトの破壊と、地球防衛隊の基地襲撃。頼む、メタニン。なるべく早めになんとかしてくれ』

「ま、丸投げで納期短縮催促!?!?そんなの許されるわけ無いだろ!!!」


なんてとんでもないクライアントなのか。とても許されることではない。



「は、博士、待って下さい!ボクらの為に動いてもらえるのは嬉しいけど、そんなことしてる場合では」


『悪いがそんな配慮ではない。隕石のタイムリミットはそれほど遠くない。その時になってからメタニンが余計な事に気を取られでもしたら取り返しがつかない』


「あっ……いや、そうか……」


『今までのはてっきり無人機ゆえの弱さで、調べるまで有人機までここまでゴミカスだとは思っていなかった。最終決戦中に地球防衛隊が余計な事をしてメタニンがあの病院を何度も喚び出す羽目になってスヤスヤ眠ってたら世界は終わりだ。小さな犠牲を見捨てられず全てを失う典型的なパターン。そしてそうなる可能性が異様に高い。お前らの都合に関係なく強制的に憂いを絶たせてもらう』



急に博士に知性が戻り、そして確かに無視できない作戦目的を口にする。そうか、ミナみたいに治療が必要な人がいっぱい居て、そして緊急時には更に増えるのが目に見えているのか。


私は勿論誰も見捨てないというか、そういう大人な悲劇を壊す為の願いを込められたのがこの子供の夢みたいなヒーローロボの体の筈だ。仮にそういう厳しい状態に陥っても全てを覆す自身と覚悟があるけれど、先に分かっている問題なら普通に避けたい。



「……すみません、ボクは、いやボクらは恩返しをするつもりでここに居るのに……」

『別に返されるような貸しは無い』

「え」

『今メタニンを守っているのはミナとナインとついでに何故かメテオタベタラーだ。それはワタシに出来ない事で、助けが必要だった事。恩返し以前に貸しが無いし、やって欲しい事も今やって貰っている事以外にはさっき言ったミッションの補助だ』

「博士……」



今日は忙しい日だ。まるで多面体のようにハカセという存在の印象がぐるぐる変わっていく。



『ワタシも自身の基盤が危うく、いよいよ地球の未来は怪しい。ちなみにそれもワタシのせいだ。ワタシのほうこそ人類への借りを返せるのか非常に怪しいが、貸し借りを気にしている余裕も全く無い。悪いが人類全員強制的にメタニンに協力して貰う』



ミナとナインが口を揃えて頷き、メテオタベタラーも自分を忘れるなと名乗りあげてくれる。凄い、だいぶ雰囲気やばめだった会議がなぜか映画の重要ミッション前ブリーフィングみたいになってる。



『どうしてそんな関係になってしまったのかは理解出来ないが、いつの間にかメタニンの彼女として着る服のセンスまで口を出すようになったのだ。ナインは特にメタニンを守り守られる理由がある』



凄い、そして秒でもうそんな空気じゃなくなった。今まであんまり話に加わらず相槌をうったりたまに気にかけて声をかけてくれるくらいだったミナが態度を一変させて世界を破滅させていく。



「博士、言い方がマズイかもです!」

「ナインさん、あのね」

「違うんです!博士が何世紀前の流行か分からない服を作ろうとするから!!」

『別に人類の服なんていつの時代も大差無いだろ』

「あるんです!」

「ナインさん、あのね、わたし今嫉妬で気が狂いそう」

「次考えましょう!次一緒にみんなで考えましょうよ!」

「彼女が私に考えてくれた服かぁ……ふーん……」

「メタニン頼む!喜んで貰えると嬉しいが喜ばないで欲しい!今だけ!」

「メタニンちゃん、あのね、おねがい、わたしもやっぱり彼女がいいかも」

「えっ……私の大事な最初の友達……やめちゃうの……?」

「あっ脳が灼けそう!あっあっ!わたし今凄い!脳が!!どうすれば!!!」



相談程度のつもりだった重大な会議が一段落し、私達はこれから2つのミッションに挑む事になった。


割りと序盤の雑魚怪獣だったメテオタベタラーに呆れたような生暖かい目で見られる私達は事の重大さと比較してちょっと頼りないような気もするが、まぁ、これでいいと思う。


私が今心の底から守りたいと願っているのは、この暖かさなのだから。

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