第10話 まだ友達未満の喧嘩

「そこの誘拐犯!止まりなさい!!止まらないと撃つ!!!」


背後から駆け抜けた白銀の機体は、目に映る範囲内の迎撃装置を瞬殺しながら私達の前に立ちふさがり、警告と共に戦車の脚部を射撃する。それを私がバリア召喚で防ぎながら運転を補助し、じわじわと戦車を進めていく。


「撃ってる!撃ってます!ちょっと待って、ミナさん!ミナさんの声ですよね!?ボクあなたの捜索に」

「話はメーちゃんを返して貰ってから伺います!」


ミナは正確に履帯を狙い続けてくる。このままじゃこの人の撤退が難しいから、もう少し支援しないといけない。戦車の砲台を動かし、白銀の機体が構えているビーム射撃武器の銃口を狙い撃つ。


「!? まさかこれほどのパイロットが…!博士!戦闘に入ります!誘拐犯が予想外に強い!」

「あれっ!?違う違うボクじゃないです!戦車が勝手に!」

『何度も言うが油断するな、メタニンが何か発動してる!』



銃口をホーミング射撃され続けているのでまともに構えられない筈なのだが、白銀の機体は踊るように回避と射撃を繰り返し、まるで吸い付くかのように履帯だけを狙い続けてくる。向こうにはホーミングチートなんて無いただの照準補正程度の筈だが、複数の武器を切り替えながら一度も狙いを外さず連射し続けている。


まだ圧倒的な力とまでは行かないが、資質がある。足りないとすれば腕ではなく、機体側の性能と自分を軽く扱いがちな精神性のほうだ。


ミナはやはり凄い。美人で強くてかっこいい。友達になれたらと願ってしまうのに。…なってはくれない。



「ミナさん!ボク本当にただあなたを連れ帰りたいだけで!!なんで戦闘に!?」

「今のわたしは身も心もメーちゃんの為にあります。帰る場所はその子の側だけ。」

「うわー!洗脳されてる!?博士!!なんてことを!!」

『えっ!?違う違う!あっ、状況みたらそうとしか見えんか!?でも違うんだ!』



洗脳……



「洗脳……ミナは……私がNTRした」

「何いってんのお前!?嘘でしょ!?ミナさんがこのデフォルメロボに!?」

「わたしNTRってなんなのかよく分からないの」

「博士ぇ!!!!なんてことを!!!!!」

『うわーー!違う違う!いや違わないんだけど!』



博士や地球防衛隊の人が喋っていても私とミナの攻防は続く。どちらも機体ではなく履帯の先や銃口という小さな的を正確に狙い続け、どちらもバリアと回避でしのぎ続けている。



「ミナ……私この人を無事に撤退させるの」

「メーちゃん!?落ち着いて、何かされたの!?メーちゃんが誘拐されちゃうし、そのボロボロの車体じゃ危ないわ!」

「あっ……そうか……」


戦車には最初から穴が空いていて、危ないから飛び乗ったんだ。そのまま撤退は、危ない。でも、どうしよう……


「どうしよう……でも私……この人と安全な場所に……」

「降りて一緒に安全な場所に帰りましょう?……地球防衛隊、一体何をしたの……!名前と所属と目的を言いなさい……!」


ミナがとても怒っている。


「えっ!?ぼ、ボク本当に何も!ボクは機動部隊のナイン!以前一度一緒の会議に出ました!ボクは本当にミナさんを助けに来ただけで、この子のエラーはただ」

「……ナイン。ナインは、私が何者でも構わないって。一緒に来て欲しいって、告白された」

「あれ!?」

『告白ぅ!?!?』

「……ナインさん。もう一度目的と、ついでに性別を伺います。」


ハカセの声は裏返っていつになく高く、ミナの声がかつてなく冷たい。

乗ったときからずっと抱きついたままのナインの体も急に凍ったみたいに固まった。



「違うんです!ボクはただ……あれ!?ボクは女です!あれ!?ミナさんの方がNTRれたって話…なんでボクの方になってるの!?」


「……なる、ほど。NTRの意味を大体理解しました。わたしも確かにメーちゃんに口説き落とされ、あなたがメーちゃんを口説き落とした。そういうことなら…絶対逃さない……!」


『あ、あ、ちょっと違う、ちょっと違うんだけど、それどころじゃない、わ、ワタシのメタニンがどうしてこんなドロドロ人間関係に……』



話の熱量と共に戦闘も加熱していく。距離を保ち武器種の各種射程を活かしきった万全型の動きをしていた白銀の機体が、ビームソードと物理剣を構えて近接戦を織り交ぜるようになり、不意に離れては肩武器の射撃、近づいては近接連撃と完全に攻撃型にシフトしている。


私はそれに対応すべく戦車の複数箇所にスラスターを召喚し、砲塔をコピーして増やして手数の増加に応じる。あまり機動力を上げすぎるとナインが危ないかも知れないのでイナーシャルキャンセラーがコクピット周りに”配置されていた”ことにして慣性制御を発動し、恐らくそれらがもっと完璧に発動している白銀の機体に対応する。



「まさか別部隊にこれほどのパイロットが!自惚れていたのは認めるけれど、メーちゃんは譲れない!」

「違う違う!ボク動かしてない!あれも告白では!」

「わたしの方がメーちゃんの事っ!」

「……違うもん」



方向性をより狭めたバリアを衝撃波にして放ち、白銀の機体を弾き飛ばす。前回私が食らった技の強化版だ。


「……ミナが好きなのはメーちゃんだから、私じゃない」

「え!?」


瞬時に体勢を立て直そうとする白銀の機体の足先に追い打ちで衝撃波が放たれ、着地を崩す。一度ミナが驚愕した声を上げたあと、沈黙が訪れる。


そのまま追撃の衝撃波が複数当たり、白銀の機体は完全にバランスを崩して、ついに膝をつく。


今回は、私の勝ちだ。


「……ハカセが作りたいのも、ミナが好きなのも、私じゃくてメーちゃん」


白銀の機体は体勢を崩したまま動かない。誰も口を開かない。突然世界から音が無くなったみたいに静かになった。


「……私はメーちゃんなんて知らないし、教わってもメーちゃんにはなれない。だって私メーちゃんじゃないもん」



何も聞き漏らさないように息を殺しているのか、何も言葉が出ないのか。痛いほどの静寂が辺りを支配する。



「……だからミナも私とは友達になってくれない」

「!? ちがうわ!?メ……っ!」


ミナが言葉に詰まる。……やっぱり。


「……きっとメーちゃんにならないと友達にはなれない。でもそうしたらミナの友達はメーちゃんだから、結局私とミナはずっと友達になれない……」


ミナの声が出なくなっても、それでも白銀の機体は再び動き出し、放たれるバリアに阻まれながら近づいて来ようとする。



「は、博士、ボクの声聞こえます?博士でいいんですよね?博士がこの子作ったんですよね?」

『あ、ああ、そうだが、今ここの会話に割り込む勇気が無い。よく話し出せたな……』

「今のでこの子のエラー内容分かりました?なんでこんな初歩的なミスを…すぐ対処出来ます…?」

『い、いや、それがよく……なぜオリジンを否定する……?』

「ば、バカ、本当にマッドサイエンティストは人の心がわからないのか!?アイデンティティだよ!」



ハカセとナインが喋っている間にも、白銀の機体は無茶な突進を繰り返していて、私がそれを全て阻む。



「くそっこれじゃボクも帰れないじゃないか!なんで天才はみんなバカなんだ!」



突然ナインがハッチを開く。

危険な行為に驚愕してミナも無茶な制動をし、私も思わずその体勢が崩れた白銀の機体を吹き飛ばしてしまう。接近戦で生身に余波でも当たれば大事故になる。



「降参!降参する!ボクは捕虜になる!」

「ナイン!?」


私を抱えたままナインが外に出ようとする。


「撤退はしないから戦闘を停止してくれメタニン」

「でも……どうして……」

「悪逆非道の博士が作ったロボットでも、泣きながらしがみついてる子供を見捨てるほど地球防衛隊は腐ってない」

「え……?泣いてないけど……そんな機能たぶん無い……」

「例えというかなんというか、まぁいいや。撤退のほうが良いと思ったけど、どうやらミナさんは無事で、そしてまさかの仲裁が必要みたいだから。全く意味が分からん。本当ならボクはミナさんの無事を泣いて喜ぶ筈なのに、なんなんだこの状況は。」



良くわからないことを言いながら、ナインは本当に戦車から降りていく。センサーで見る限り人体に問題ない環境だと思うが、怖すぎるので抱えられたままバリアを展開し緊急時に備える。



「博士、安全な場所まで移動指示……いや、ミナさんの乗っている機体にボクらも乗せて下さい。とりあえず安全な話せる場所まで移動しましょう。」



それから、今までの鮮烈な操縦が嘘だったかのようにギクシャクと近づいてきた白銀の機体に乗せてもらい……ミナはもう操縦出来なくなっていたので、ナインが簡単なレクチャーを受けて博士の指示を仰ぎながら操縦を変わる。


ミナは……ヘルメットを付けたまま両手で顔を塞ぎ声も出せず泣いており、一度私にしがみついてからは二度とその手を離さず、居住区画へと戻るまで言葉にならない声で謝ろうとし続けていた。


私の方こそ、本物のメーちゃんじゃなくてごめん、期待させてごめんと謝ると、ナインがそれを止め、ミナにだけちゃんと謝らせてあげて欲しいとお願いされる。



居住区画に着いても、お互いちゃんと会話が出来る状態になるまでしばらく時間がかかったが、ヘルメットを外して必死に言葉を紡ぐミナは、必死に真剣に”私”をまっすぐ見ていて、順番に、包み隠さず気持ちを全部語ってくれた。


子供の頃本当にメーちゃんが好きだったことも。


私をメーちゃんそのものだと認識していたことも。


……そして、メーちゃんじゃないと聞いても、大好きなまま変わらないということも。



自分自身のことが好きじゃないから、好きな相手に自分なんかと友達になってほしくなかっただけなんだとミナが嘆く。まさかそんな悲しい理由だとは思わなかった。そしてまさかそんな事を考えてしまうほど傷つき弱っていたとは思わなかった。


もう一度だけチャンスが欲しいとミナが言う。


そういう覚悟なのは分かるけど、自分を追い詰める悪い癖でもある。チャンスは何度だってあった方が良い。失敗を回避しようと努力するのと、失敗したくなくて諦めるのは全然違うから、チャンスは何度だって欲しい。私にも、ミナにも。


何度失敗しても、何度でも仲直りのチャンスがあるような、そういう仲になりたいのだと。


友達になりたいのだと、もう一度改めてお願いしてみる。



今度こそ返事はOKで、私は今日ついに最初の友達を口説き落とす事に成功し、



ついでに突然告白してきたナインという彼女も手に入れた。何らかの記念日にして差し支え無いだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る