第9話 新たな出会いと不本意な再戦の兆し
……子供が泣いている。黒髪の小さな女の子。
もう部屋にも居られない。
小さなカバンを手に取り、僅かな荷物を詰めて外へ向かう。
頼れる人は居ない。
頼ってはいけない。
許される事のない自分はどこにも居てはいけない。
彼女は旅に出る。
もう二度と戻れない一人ぼっちの旅に。
お気に入りの玩具と動画の詰まったデバイスだけが彼女の持ち物で、まるで休みの日にどこかに遊びに行くかのようなカバンの中身が今の彼女を支える全てで
……あれは……あの玩具は……
* * *
突如鳴り響いたサイレンでスリープ状態から強制解除された私は、消えていくメモリーを反射的に記憶した。
前にも何度か起きぬけに消えていくメモリーがあった記憶がある。黒髪の子供の……夢?
スリープ中に様々な整備処理をしているのだから、ロボットが夢を見ることはあるのだろう。ただ、私が私の知らない記憶を夢として見たのなら、恐らくハカセの関連データに違いない。
いや、こんな意味深に出てきてハカセとも私とも関係なかったら私のスリープ状態の整備内容がおかしい。もう絶対何か意味のあるやつだ。大方あの子が未だに生身を見たこと無いハカセに違いない。あるいはハカセの大事な人とかそういうやつだ。後でハカセの髪の色を聞こう。
……いや、違う。違う!こうじゃない、寝起きに急激な思考負荷がかかり優先順位を間違えた。そうだ、寝起きだ。私はサイレンに叩き起こされた。だから、今、最優先なのは、
「──ヒーローモード実行!!」
メテオタベタラーに警告されていたのにも関わらず、相談を後回しにして呑気にがっつり眠った挙げ句、ちょっと寝ぼけて出遅れた。私はバカか。
即座に自分の能力をブーストして部屋を飛び出し目的地へと駆け出す。
センサーで割り出された衝撃の位置は前と同じ。あそこが侵入しやすい穴か何かなんだろうか。ショートカットも分かっているので自分で前回落とされた位置の床を蹴破って直行する。
『メタニン!すまない、予想より早かった!!なんとか侵入者を守ってくれ!』
「もう向かってる!」
『こちらもすぐ動く!』
どうやらハカセ側も何か対策しているようだ。さすがに何も考えずお気楽に待っていたわけでは無いらしい。
私も二度目の対処となれば初回より段違いに動きが良くて、あっという間に目的地まで辿り着き、ダクトシュート的な縦穴から颯爽と着地して、
ガズン!という衝撃音と共に私はでかい戦車に弾き飛ばされた。
室内での交通事故である。
「いったあああああああああああああ!!!」
「うわあああああ!?!?!」
間近に着地するのはセンサーで分かっていたけれど、着地の硬直中にそのまま突っ込んでくるとは思っていなかった。顔面に戦車の装甲がめりこんだのでハチャメチャ痛い。
「へ、下手くそぉおお!!乙女の顔面によくもぶつけたな!!」
「ご、ゴメン、そっちが急に降ってくるから!」
まさかの事故で吹き飛ばされながらなんとか体勢を変えて受け身を取り、そのまま勢いをつけて戦車の上部へと飛び乗る。
今度のは人型機体ではなく多脚戦車だ。履帯付きの四つ足が自由に動く甲殻類のような見た目の低重心機体。中央にコクピットがあってその前面に主砲やサブ兵装が付いている。
前回のようにスライムで迎撃装置も地球防衛隊の機体も止めてしまおうと思ったのだが、即座に問題に気づき慌てて飛び乗った形になる。
「ちょっと!一旦ストップ!迎撃装置はなんとかするから一旦止まって!」
「何言ってるんだお前!?従うわけ無いだろ!」
滅茶苦茶に走り回る上に目的地もよく分からないせいで迎撃装置を片っ端からスライムで潰しても自分から危ない場所に突進してしまう。
そして何より操縦が下手。
もしかするとミナが特別だっただけかも知れないが、私が来たときには既に撃たれまくってて所々穴が開いている。今も全然避けられていないので私が必死に自分の体とキーパーグローブでコクピットへの被弾を防いでいる。普通に撃たれまくって普通に痛い。
さっさとこの機体をスライムで包んでしまえば良いのだが、穴の開いたコクピットをスライムで埋めたら窒息しないだろうか。ついでにエロスライムなので服は確実に溶ける。声変わり前の男の子みたいな若い声で性別がどっちか分からないが、どちらにしても大問題には違いない筈だ。子供向けヒーローロボが誰かを裸にしながら窒息させる倒錯的な光景なんてミナが見たらショック死しかねない。
どうする、どうする。それでもまずは人命救助だろう。一旦スライムで止めて、周囲の迎撃装置を制圧してから、すぐにこのパイロットの周囲だけ解除か?そんないい感じに出したり引っ込めたり出来るか分からないが、すぐ思いつく中ではこれが及第点な気がする。結局服は溶けるが。
なるべく安全に止めて、それから、
「まずお前は誰なんだ!?」
「え」
あれ?
思考が止まってしまった。今大事な場面で、止まっている場合では無くて、ええと……
「あの……私は……メーちゃんっていうアニメキャラの……」
「何の話だよ!知らないよ!そうじゃなくてどこの誰なの?なんでさっきからボクを庇う?博士のロボットじゃないのか?」
「あ、あ、 えっと、私は博士が 人類を守る為に作ったロボ で、子供のヒーローだから、人を 助けて…」
「おい大丈夫か!?なんで処理落ちしてる!?博士が人類を守るとはどういう意味だ!?」
分からない、急に思考が回らなくなってしまった。
「あ……?まさかこのロボ……!?バカか、何考えているんだ博士!?おい落ち着け、名前は!?お前の名前は!?」
「……メタニン」
「メタニン!メタニン、お前に聞く!他の誰でもなくお前に聞く!お前が何者でも構わないから、お前に頼む!これだけ答えてくれ!少し前に来た地球防衛隊のパイロットを知らないか!?」
私が……何者でも……
……ああ……それはいいかも……
「ミナは……ミナはちゃんと治したから……無事で一緒に居る……」
息を呑み、悩んでいる気配がする。一瞬の間。
「……少なくとも名前を知っているとだけ判断すべきか」
コクピットが僅かに開き、中のパイロットが私を引き入れる。
外に居ないと守るのが更に大変なので、余計な事をさせないように動こうと思ったのだが、体が言うことを聞かない。
「一緒に来てくれるなら、とにかく安全な場所まで一旦引く。」
頷く。ちょっと気に入った相手が無事撤退してくれるのなら何よりだ。なぜか動かなくなった体を抱き抱えられながら、なんとか支援すべく半ば無意識にまだ覚えていない力を先に使う。
「もうお前が罠でも何でもいい。どうせ判別方法が無い。情報を持っているのは確かだ。」
一度見た白銀の機体のバリアみたいな弾く力。まだ詳しく知らず、まだ使えない力だけど、予想外の非常事態だから使える事にする。撤退までこれで弾から守って、それから順番を書き換えよう。
「どうせ大して進めずお前に守られなかったらダメだったみたいだし、もういい。どうせ最初から賭けなんだ。ボクはお前に賭ける。ミナさんさえ助かればもうどうでもいい。」
ああ、どうしよう。私の周りはこういう人ばっかりな気がする。この人も、自分はどうでもいいから他の人を助けたい人。
一見それはヒーローの資質のようだけど、それではダメなんだ。
傷つきながらも人々を救う等身大のヒーローでは、あの黒髪の女の子は救えない。あの子は自分の身代わりに傷つく人なんて求めていない。誰も傷ついて欲しくないのに、自分のせいで誰かが傷ついたらまた泣いてしまう。
あの子だけじゃない。人々が本当にヒーローを求める時、誰もヒーローに傷ついてくれなんて望んでいない。傷つかれても、嘘をついて傷を隠されても、ただ不安になるだけだ。
……真に救いを求める時、誰もが願い焦がれるのは、絶望を覆して奇跡を起こせるような……
──圧倒的な力の持ち主だ
『ミナ!急いでくれ!!』
「はい!」
スピーカーから響く二人の聞き慣れた声と共に、センサーが突然最大の脅威を感知する。全学習データを照会し、全記憶を辿っても現状ではあれが私の知る最大戦力。
それがあの時よりも数段凄まじい動きで後方から迫ってくる。
『緊急事態だ!メタニンが車で誘拐されながら自分をチートしている!』
「全然意味が分かりません!」
『絶対油断しないでくれ!何かされたのかも知れん、自分で自分の誘拐を全力支援している。ワタシにも訳が分からん!』
駆け抜ける白銀の閃光。
私達の進路を塞ぐように、前回戦った最強の機体が現れる。
「メーちゃん!!!」
それも、最強のパイロットを乗せて。
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