第6話 幕間
幕間、地球防衛隊特別捜査員の視点。
* * *
特別捜査員ミナ。
地球防衛隊としての最後の任務は、周りも自分も成功すると思っていなかった。
中には泣いて止めてくれる子も居たけれど、操縦しか取り柄のないわたしの運命は最初から決まっていて、死に場所と死ぬ時期が多少前後したところで結果は変わらず、むしろ最後に無謀な作戦をするほうが怯えて待つより気が楽だった。
他に取り柄が無い分わたしの操縦技術は群を抜いて高く、特別捜査員としての役割と専用機が与えられていたけれど、今の地球防衛隊に作れる機体はどれも寿命が短くてあまり一機に拘る意味が無く、むしろ新品を次々乗り換える方がまだ機内汚染が緩やかで有り難かった。
わたし達パイロットの寿命は短い。あの機体に乗らなければならない時点で人体に有害な場所に行く任務が大半であり、今の地球と防衛隊の技術力では外からの汚染も機内汚染も防ぎきれない。
しょうがない。
子供の頃に夢見ていたメカパイロットとは違うけれど、わたしが子供の頃に夢を見ていられたのは誰かがこうして世界を守ってくれていたからだ。
しょうがない。
やっぱり現実は厳しくて、突入した瞬間に作戦の失敗を確信した。単なる自動迎撃装置ですら数と威力が違いすぎる。
しょうがない。
出来ることはやったけれど、出来ないことは出来ない。機体は予定より早く限界を迎えた。辿り着く前に爆発するだろう。あの白銀の機体は無理だ。突破出来ない。分かっていた。最初から分かっていた。無謀な作戦というのは、成功しないから無謀な作戦なのだ。
しょうがない。
しょうがないんだから。もう分かって、もう諦めているから。だから、もう夢を見せないで欲しい。どうしてメーちゃんなんだろう。博士の罠なのか、都合の良い幻覚なのか。
止めてくれるあの子を受け入れる事も裏切る事も出来ない。だってもう遅い。どちらを選んでも助からないし、もう何を選んでも目的は達成出来ないのだから、もうわたしには何も選べない。選んだらきっと壊れてしまう。
だから、せめて、どうか汚さずにすむようにと。
大人の世界の出来事は大人として諦められても、子供の頃好きだったものまで汚したくは無い。
それがわたしに出来る最後の決断で
その決意が砕けるのはほんの数秒後だった。
わけがわからないほど心地よい光に包まれながら、耳元で囁かれる甘い声。「ずっと一緒にいようよ」とか「素直になっていいんだよ」辺りで既にもうわたしは駄目になっていて、そこからしばらく記憶が酷く曖昧になっている。
気づいたときには病院に居て、手足の生えたスピーカーの化け物が博士を名乗り現状を説明してくれていた。この光景を見て自分の正気を疑うのは普通の事だから、逆に正気かどうか判別しづらいなと他人事のようにぼんやり考えた記憶がある。
この病院がメーちゃんの魔法で、わたしが怪我をしていて有害物質にも汚染されていたから治療したのだと説明された時も、あまりにも意味不明で何の実感も湧かないままただありがとうございますとお礼を言っていて……体の違和感が”無い”事と、博士の勘違いに気がついた瞬間、恐怖で息が出来なくなってしまった。
怖かった。
希望のない人間は絶望もしないし、助からないと知っている人間は恐怖も鈍い。
だから今まで平気だったのに。突然希望を与えられ、怖くなってしまった。そんなことがあるわけないのだ。メーちゃんはアニメのキャラで、魔法なんて現実には無いから魔法なわけで、だから、だから助かったかも知れないなんて考えちゃいけない。だって、一度希望を抱いてしまったら、違った時に耐えられない。
怖すぎて怖すぎて、博士にそう正直に話してしまった。今までの全てが博士の作戦で、これが術中にはまっている状態ならもうダメだ。わたしには無理だ。
博士はわたしの汚染が自分の施設のせいだと勘違いして謝っていて、でもそれは治ったから安心だと言う。
こんな都合の良い事が起こるわけがない。そんな魔法みたいに治るはずが無い。それもわたしは博士にとって襲撃者だ。助けてもらう理由自体が無くて……メーちゃんだって本当に居るわけが無くて……
『もしかしてマジカル=メタニンを知っているのか?』
知っている、と言うか博士の方がメーちゃんと別作品を間違って混同している。
『ワタシより詳しく知っているのなら余計に話が変わってくる。助ける理由が欲しいならワタシへの協力を理由にしても構わないが、それはメタニンへの裏切りにもなるので出来れば避けて欲しい。お前を助けたのはメタニンであってワタシでは無い。』
…裏切り…?
『あいつの人助けを利用して見返りを得たら、ワタシはメタニンからの信頼を失うと同時に、子供向けのヒーローをただ素直に好きだったあの頃の自分をも裏切ってしまう。』
……
『まぁ全然最初から信頼されてはいないんだが』
…………
『というわけで治療のお礼はメタニンにすれば良いから、それとは関係ない別個の依頼と行こう。しばらくメタニンと一緒に居てもらう。こちらの望みはメタニンがより本物に近づくための学習。見返りは地球防衛隊へのワタシの協力。ついでにメタニンと一緒に居れば治ってなかった場合の保険にもなる。』
警戒しなければならないのに、わたしにはもう無理だ。
『本当のメタニンはみんなの友達で合ってるよな?』
頷く。
『では最初の友達になってくれると嬉しい。』
頷けない。
わたしにそんな資格はない。わたしは駄目な大人になってしまった。今も目の前の恩人を疑い続けている。
『そうか。まぁいい、任せる。ワタシはメタニンのところに行くから、動けるようになったら見舞いしてやってくれ』
メーちゃんが眠ったままになっていると知り跳ね起きる。わたしのせいだ。どうして最初に心配しなかったのだろう。どうしてこんな大人になってしまったのだろう。ずっと自分のことばかり。どうみても命を救われているのに、信じきれず怖がって甘えている。やっぱり頷けない。子供の夢の結晶に友達だなんて言ってもらえる人間じゃない。
…だから、だからせめて、大人として協力し、大人としては誠心誠意恩返しさせて頂こう。
少なくとも、救われたこの命が尽きるまで。
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