第5話 最初の事件おわり
まっっずい。
『メタニン……おいまさかこれ……』
「待って。メーちゃんを責めないで下さい」
「『メーちゃん!?』」
コクピットから出てきた女性は今も目をハートに光らせて、私をメーちゃんと呼びながら庇うように抱きついてくる。
まっっっっずい。
『メタニンーー!!これ絶対この人にも当たってるだろ!!』
「うわーーーごめんなさい!!」
「メーちゃんを責めないで下さい」
『これ駄目だって!!洗脳じゃん!!防衛隊員洗脳しちゃったの!?』
大変なことになってしまった。もうヒーローモードも終了してしまったので頭が働かない。うっかり地球防衛隊のパイロットまでNTRしてしまった。
慌てて精霊魔法を解除するが、機体のハート目は消えたのにお姉さんは抱きついてきたまま離れない。
「おねえさん、正気に戻って!当てちゃってゴメン!」
「わたしの事はミナと呼んで貰えると嬉しいです」
「み、ミナ!ごめんなさい、一旦体の状態を教えて下さい!」
どうしよう、なにか治療の精霊とか呼び出さないと駄目なんじゃないか?
「わたしの状態……ええと…スーツ…診断……。精神状態は正常、骨折複数、有害物質吸引……」
『メタニン!!回復魔法!!!回復魔法探してくれ頼む!!!!』
「うわーーー!?!?」
普通に立ち上がっておかしな事いうから精神状態だけ駄目かと思ったのに、本人からの申告は真逆だった。そういえばメチャクチャな機動してたし、コクピット内部もパイロットスーツもそこまで性能高くは見えない。
「回復魔法って言われても、人間の脆さがまだよく分かって無くて難しい!ハカセ、何か案無いの!?」
『水とか風じゃないのか!?癒やしの風とかなんかそういう感じのあるだろ!』
「水かけて風で乾かせってこと?精霊魔法なめてるのか!?そんなんで治るわけないだろ!!」
『ええーーー!?ち、ちが、こっちが普通で』
「メーちゃん、わたし子供の頃からあなたが好きで」
「それは嘘」
駄目だ、ハカセは頼りにならないし地球防衛隊のパイロット…ミナは明らかに様子がおかしい。しかも本人の申告通り骨折などのダメージが複数あるらしく、冷静に観察すれば発熱し痛そうな部位があちこちにある。有害物質も吸い込んでしまったなら、かなり緊急を要する状況なのかも知れない。
こういう時どうしたらいいんだ。頭で学習しただけの人間というデータと、現実に目の前に居る傷ついた生身の人間は情報密度が違いすぎる。
回復魔法って具体的になんなんだ。NTRビームみたいに概念的に健康だと書き換えるの?でも今それが解けてないのも問題なわけだし、なにより体の物理的な置き換えってちょっと怖い気がする。ロボの部品交換みたいに簡単にやっていいんだろうか。別人になったりしたら元に戻せるのか?
常識に関して信頼性皆無のハカセにも頼れない。やっぱり望ましいのは人間としての常識的な回復手段だと思う。包帯とか薬とか。包帯……医療品の精霊……
いや。……いや、違う、それを私が出すんじゃなくて、
「ミナ!ちょっと離れて待ってて!」
しがみついたままの防衛隊員ミナを一旦遠ざけ、巨大な精霊魔法の準備を整える。
『なんだ!?空間がおかしい!何をしている!?回復魔法じゃないのか!?』
集中しているのでハカセはちょっと黙っていて欲しい。
位置や大きさを失敗するとちゃんと発動できない。ここが何も無い広い空間で助かった。
地面に魔法陣が浮かび、出現ポイントが定められていく。
大精霊なので慎重に、慎重に、ギリギリまで大きく、3階建てくらいの……
今までに無く慎重に、そして限界まで力を込めて、渾身の精霊魔法を…発動する!
「大精霊!総合病院ーーー!!!」
ズズン!という重い振動音と、ついでにハカセの情けない悲鳴と共に、そこそこ大きな総合病院の精霊が出現する。初めてだし屋外ではないのであまり大規模には出来なかったが、それでも大精霊として十分なサイズで呼び出せた筈だ。
『もう絶対精霊じゃない!!!』
「余計な話は後!病院さん!急患ですーーー!!」
総合病院の大精霊が続々と医療関係者や担架を出現させ、急患を病院内へと運び込んでいく。
「め、メーちゃん!わたし別に……もうっ……!」
「体が治ってから聞きます!」
私が必死に一つずつ正しい薬や処置を探すより、人間の医療の専門家を複数呼んだほうが絶対安全で効率的だ。多少の知識は学習済みでも、医療の専門ロボほど万全な学習でも無ければ経験値も無いし正しく補正してくれる監督者も居ないのだから。
医者とかそういう感じの人達が安心して中で待つよう案内してくれたので、私も病院の精霊の中に入り勧められた長椅子に腰掛ける。
色々有りすぎてさすがに疲労感が凄くて、行儀悪いけれど他に誰も居ないのでそのままずるずると横になってしまい、力が抜けていく。
そうだ、ヒーローモードも使ったんだった。この大精霊の維持と……あれの…反動もあるから……
その……もう……頭が働かなくて……
……そのまま、深い眠りへと落ちていく
* * *
……子供が泣いている。黒髪の小さな女の子。
部屋の隅で膝を抱え、声も出さずポロポロと泣き続けている。
誰も彼女を責めない。でも、彼女が自分を許すことは無い。
助けて欲しいと心の底から願い続けるが、助けられて欲しいのは自分ではない。
ひとりぼっちの暗い部屋に、流れっぱなしの動画の光が明滅する。
別にそれが観たいわけじゃないけれど、無音の部屋は息苦しくて、でも外の話も暗い物語も今は観たくないから……だから、明るくて……ちょっと滑稽な……
* * *
「あれ?」
再起動すると、私は見知らぬ部屋のベッドに居た。
スリープ前の記憶状況と一致せず、上体を起こして周囲を確認すると、ベッドの横側から上半身だけ突っ伏して乗っかる形で地球防衛隊のミナが寝息を立てており、窓際の椅子にはスピーカーに手足の生えた化け物が座っていた。
『っ…!起きたのかメタニン…!』
スピーカーの化け物が声を抑えながら反応する。
「……あ、ハカセか……寝起きだと意味不明すぎる……」
『意味不明なのはお前だ…!ロボが入院するな…!』
ミナを起こさないよう二人して小声で話す。現状を確認すると、ミナは色々問題があったらしいが無事に80時間程で完治し、どうやら私の方は長椅子でスリープ状態に入ってから100時間眠り続けていたらしい。
ヒーローモードの負荷なのか大精霊の負荷なのかはっきりとは分からないが、連続で無茶をさせてすまなかったと謝られてしまった。
「私のなんとなくの感覚だと、回復に時間がかかったわけじゃなくて、多分長時間巨大な精霊を維持し続ける為に他の処理を抑えていた感じがする、かも。多分。」
『ああー…!そうかそっちか。いや絶対これ精霊じゃないけど、こんなもの維持し続けてるのがおかしいもんな』
「……ということは、わたしの為に……?」
いつのまにか目を覚ましていたミナが、私の右手を両手で握りながら顔を近づけてくる。ハート目の光が消えていることに安堵するが、距離の近さはあまり変わっていないような。
肩より少し短めくらいのウェーブがかかった金髪がサラサラと揺れ、少し潤んだエメラルドの瞳と小さな唇が近づいてくると思わず息を呑んでしまう。ヘルメット越しでも美人さを感じたが、素の状態だと映画の俳優さんみたいだ。
「い、いや、その、多分まだ慣れてないから疲れちゃったみたいなだけ、かも」
「……メーちゃん……!本当にごめんなさい……!本当にありがとう……!」
抱きつかれて泣かれてしまう。反応に困ってしまうが、これはもう無茶な作戦をしないし病院ありがとう的な感じなんだろうか。
実はまだNTRビームの影響化なだけで全然諦めてなかったらどうしよう。
「わたしメーちゃんのこと子供の頃から好きでした」
「それは嘘。あれ!?やっぱりNTR解けて無くない!?」
「NTRってなぁに?」
「うっ!!」『うぐっ!!!』
思わず顔を逸らす私とハカセ。
だめだ、さすがにこれを汚すわけにはいかない。病院で話すべき話題でも無い気がする。
『……あ、後で、防衛隊の機体がメタニンから受けた特殊なビームについてデータを確認するから、その時にちょっと影響を確認させてくれ…』
ハカセがいい感じにまとめてくれたし後で確認してくれるっぽいので、これはもう任せておこうと思う。
その後、色々とお医者さんの話を聞いたり退院の手続きをしてから数日ぶりに外に出て、感謝とともに大精霊に帰還してもらう。かなり上位の回復魔法と言って差し支えない万能さだった。
私が眠っている間にハカセがどうやら休憩所の近くに宿泊可能な部屋を複数設置したらしく、一度そちらへ向かう事にする。そういえばミナは今帰る手段が無いから、しばらくはここに滞在せざるを得ないのだ。
迎えが来るのが先か、エンジンを失った機体の代わりに何かハカセが作るのが先か、終わりの日はちょっとまだ分からないけど、少しの間だけでも仲良く暮らせれば嬉しい。なんせ初めてみた生身の人間だ。友達になってみたい欲はある。
「では、恐縮ながらお世話になる前に、改めて自己紹介をさせて頂きます」
ようやく移動や会話が一段落したあと、ミナが畏まった様子で自己紹介を始める。そういえば私達はまだちゃんと名乗り合ってすらいなかった。
「わたしは地球防衛隊の特別捜査員ミナ。名字などは無くただのミナです。余計な迷惑をかけた上で命を救って頂き、本来であれば恥ずかしさと大恩とでとても顔を合わせられる立場では無いのですが、ハカセのご厚意による提案を受けてこれから学習モデルとして一緒に過ごさせて頂きます。」
「あれ!?ハカセどういうこと!?そういう大人な感じなの!?」
『もっと言えば襲撃者と迎撃者だから、信用しきらずお互いを監視し合うもっと大人な関係が本来は必要だぞ。まぁそれはこっちが引き受けるからメタニンは好きなようにしてればいい。』
「というかハカセもそんな感じじゃなかったろ!もっとがっつりマッドサイエンティストだった筈なのになんだその大人モードは!!」
『かなり長期間誰とも喋ってなかったからな。緊急事態で感情の幅が広がったり会話回数が増える度に素の人間らしく補正されていくのだ』
「私よりAIロボじゃん!」
まぁ実際会話がちゃんと繋がるようになった方が有り難いけど、それはそれで何か距離が離れた感じがして絶妙に腹立たしさもある。
「それに…私は…私はそういうの無しで、普通にミナと友達になってみたかったのに…」
正直な感想を漏らしながらハカセとの会話を打ち切ってミナの方を向くと、こっちはこっちで博士と逆方向の異変が起きていて、
「ううーーーーーーーーーっ」
ミナは子供みたいに顔を真っ赤にして大粒の涙をボタボタと零していた。
「ええーーー!?おいハカセが冷たいこと言うからぁ!!!」
『いやいやいや!?お前が寝てる間にちゃんとどうするかミナと色々話したんだって!!事前に打ち合わせ済みだから!!』
「ううーーーーーーー…っ、ごめん、ごべんなさい…っありがと…ありがとう……っ」
「じゃあどういうことなの!?どうしたらいいのこれ!?!?」
美人のお姉さんが子供みたいに大泣きしてる時の正しい感情と行動なんて私にはまだ難しすぎる。
多分、初めての事件は戦闘後の怪我人の救護まで含めてこれでしっかり無事に解決できた筈なんだけれど……
「メーちゃんっ…!わたし、あなたのこと子供の頃から好きで…っ!」
「それは嘘」
もうわけがわからない。
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