第3話 侵入者スクランブル

現状ハカセの代理ボディとも言える黒くて四角いスピーカーを抱えて、私は地下研究所内を駆け回りハカセ本体を探し回っていた。もちろん説教するためだ。


やたら広い施設内は意味不明の部屋や機械があるだけで全く人の気配が無く、探せば探すほどハカセ本体が施設内に居るのか疑わしくなっていく。

「……ん?」


突然研究所内にパチパチと炭酸水の弾けるような立体音響が鳴り始め、足が止まる。


「なんですこれ?ちょっと心地よいかも」


脈絡無く鳴るのは不気味だが、音自体は結構爽快な感じがして気持ち良い。どうもハカセは音声作品を買い漁っている可能性が高いとAIが結論付けているので、ヒーリング系の何かかもしれない。



『侵入者のサイレンだ』

「これサイレンなんですか!?」

『ああ。炭酸泡々ヒーリングなので、どうやら西側の地下隔壁が破られたようだ』


よく聞くと、炭酸の弾ける音に混じって遠くのもっと地下深い部分から爆発音のようなものが聞こえる気がする。



『幸か不幸か早速実戦だな!行くぞ!スーパー人類ロボ・マジカル=メタニン、スクランブル!』

「嫌だぁ!!」


壁からの触手を撃退しようと構える私。ゴールキーパーと怪獣の精霊で侵入者とガチ戦闘なんて出来るわけが無い。倒されるのも嫌だが人を怪獣で潰してしまったらどうするんだ、いきなりトラウマだぞ。人類を守るロボじゃないのか。



『安心しろ、ここまで辿り着き侵入出来るとしたらまず無人機だ。そして警戒の仕方が甘い。』


壁から出てきた触手を防ごうとした瞬間、足元の床がパカッと開き、突然地面を失った私の体が穴の中に転げ落ちていく。


「卑怯なあああああ!!!!」


私が滑り落ちる方向を制御するようにダクトシュートのような穴の形状がガチャガチャと変形していき、どうやら目的地への滑り台になっていく。マッドサイエンティストの共通項目なのか、目的を果たせるなら過程の細かい部分がどうも目に入らないようで、つなぎ目のあるゴツゴツした高速滑り台は尻への重大な拷問器具である。


「あああああ乙女のおしりがあああああ!」


ゴガガガガという本来滑り台で鳴ってはならない音を鳴らしながら私の体は悲鳴と共に高速で目的地へと滑り落ちていく。


長い長い地獄の滑り台、そしてそれを滑り切った先には何のクッションも無い目的地の床が待ち受けており、受け身も取れず地面に激突した私は尻を押さえて悶え苦しみ、信じられないほど情けない姿で侵入者の前へと転げ出ることになった。



「~~~~っ!!!お、おぼ、覚えてろよハカセぇぇ!!!」


ハカセに償わさなければならない罪が毎秒増えていく。


戦闘前から重大なダメージを負った私の前では既に施設の迎撃装置と謎のロボの銃撃戦が始まっており、突然の乱入者に対し早速双方からの牽制射撃が開始される。



「いやなんで!?ハカセぇ!!迎撃装置からも撃たれてる!!痛い痛い!!痛いって!!やめろ!!!」


慌ててゴールキーパーの精霊でガードしながらハカセにクレームを入れる。侵入者と戦うのも普通に嫌だがまさか味方にも撃たれるとは思わなかった。私が頑丈なのはもう分かっているが痛いものは痛い。



『メタニン!言い忘れていたが今回の戦闘目的は侵入者を無力化して無事に引き上げさせる事だ!迎撃装置から侵入者を守りつつ無力化するのだ!』


耳につけた通信機からハカセの無茶な指示が入る。


「何いってんの!?そんなんゴールキーパーと怪獣で出来るわけ無いじゃん!!」


どう考えてもそんな複雑な作戦を出来る状態ではない。精霊魔法とかいうふわっとしたものに求められているハードルがやたら現実的で高すぎる。



『その侵入者は恐らく地球防衛隊の最新鋭無人戦闘機械だ。そいつらを破壊すれば破壊するほど人類の守護が弱くなる』


「地球防衛隊!?そんな正義っぽい組織に侵入されてんの!?」

『向こうはワタシを人類の敵だと思っている』

「マッドサイエンティストぉおおお!!!!」



とんでもない情報が出てきた。ハカセの言動を見るに何らかの組織から色々狙われてても全く違和感など無かったが、地球防衛隊とかいう明らかに正義側の組織が相手となると話が変わってくる。もしかしてここって危険なマッドサイエンティストが危険なロボを作る悪の秘密基地なのでは?


……あれっじゃあ私は?私も人類を守る正義のロボどころか悪のマジカルロボの可能性が無いか?嫌過ぎる!



『ここの迎撃装置は自動で反撃する免疫構造のようなものなので、侵入者が攻撃してる限りワタシにも止めようが無い。逆に言えばそいつらを無力化さえすればなんとかなる。頑張れメタニン!』


「どうしてマッドサイエンティストは緊急時の安全装置を付けないんだ!!」



威勢よく攻撃していた数体の侵入者ロボ達は迎撃装置の激しい反撃で早速戦線崩壊しつつあり、慌ててゴールキーパーの精霊を構えながら射線に割って入り地球防衛隊を守ろうと試みる。


自分達を守ろうとする動きに困惑し警戒したっぽい機体もあったが、戦況を全く考えずそのまま私と迎撃装置に向かい射撃し続ける単純動作のロボが大半で、間に挟まれ両者から撃たれる私はそれはもう滅茶苦茶痛い。



「痛い痛い!ばか!!やめろって!!どう見ても守ってるじゃん!!一旦ストップ!!とまれ!!やめろ!!」



まずい、思ったより地球防衛隊のロボはかなり弱い。そしてバカだ。既に一体は破損して勝手に無力化されつつあるが、それでもなお攻撃しようとしている。無人機が相手では説得のしようも無いし、どうやって引き上げさせれば良いのか検討もつかない。


「ハカセ!無人機のハッキングとか出来ないんですか!?」


『もうやっているんだが、異様に旧式の単純装置で逆に外から干渉出来ることが少ない。意外な盲点だ。この程度ならいっそ壊しちゃっても構わない気もするが、ワタシに対策出来た功績を持ち帰らせたい気持ちもある。……メタニンはどうしたいかね?』


「突然戦闘に放り込まれてどうしたいと言われても!?ハカセは引っ叩きたいし戦闘は止めたいし皆無事に帰って欲しいですが!」



そりゃ止めれるなら止めたいし、皆無事が良いに決まってる。


とはいえ、やたら頑丈に生まれた自分の体でなんとか盾になろうとしても、多数対多数の銃撃戦を体一つで防ぎきるのは難しすぎる。



『……なるほど、無人機相手でもあまり破壊したくは無いか?』

「ハカセが人類を守るロボとして作ったんでしょうが!そういう正義っぽいロボは普通そうなの!」

『エヒヒヒ…ッ!エヒョヒョヒョヒョ!!!そうかぁー!!』

「こっわ!?!?もう笑い方が完全に狂った悪のマッドサイエンティストすぎる!!」


ハカセの笑いと共に壁から機械触手が飛び出し、地球防衛隊のロボの一体を拘束し始める。



『これから一体一体抑えつけて書き換えを行う。精密作業を行うので流れ弾が当たったらとてもマズイ。分かるな?頑張れメタニン!』

「行動する前に説明してください!」



どうやらハードウェアを物理的に弄るらしく、装甲の隙間から触手が侵入し何らかの作業を開始している。あれ可愛い女の子ボディの私がされたら大変なことになるが。



内部部品を弄られている最中に大きな衝撃を受けたらひとたまりも無いだろうし、この拘束中のロボは絶対に守りつつ、地球防衛隊の他の機体もなるべく守らなければならない。


いっそ迎撃装置の方を破壊してしまえば良い気もするが、免疫構造みたいなことを言っていたので私が余計な攻撃をしたらとんでもない威力の反撃が帰ってくるかも知れない。


ゴールキーパーの精霊で守り切るにも限度があるので、これはやはり別の精霊に手を借りるべき状況に思える。学習データ内に次々浮かび上がる候補から、適性のものを絞り込んでいく。なんかこう、うまいこと制御を奪うとか、あるいは、こう、なんだか良い感じに……衝撃を吸収する……



(((軟体……)))


そう、軟体!硬いものではなく、柔らかいもの!硬度ではなく靭性!どこからか新たな精霊の柔らかそうな声が聞こえる。これだ。今この場で最も必要な精霊の声。


(((我が力を貸そう……今こそ我が必要な場面……さぁ……我が名を……!)))



「精霊!スライムー!!」



その瞬間、巨大な軟体生物の塊がいくつも迎撃装置と地球防衛隊に飛びかかり、粘度の高い半透明のピンクの体で対象を包み込む。


旧式の射撃兵器は水中でも効果が激減するもので、巨大な軟体生物の中ともなれば乱射したところで貫通は不可能だ。私めちゃくちゃ賢い。まさか自分がこんなに頭が良いとは思わなかった。かっこいいかもしれない。



(((触手……わがライバルよ……!!ロボ性癖とて負けはせぬぞ!!)))

「おいやめろ何を言ってる!?性癖対決じゃない!!誰も傷つけずに守ってんの!健全な正義の場面だぞ!!」


『メタニン!?お前性癖どうした!?』

「違う違う話こじれるから黙って!」



ほんの一瞬感じた自分の賢いイメージが儚く砕け散っていく。とんでもない精霊を呼び出してしまった。このスライム、触手に対してライバル意識がある。それも性癖の開拓において。なんてろくでもないんだ。



『そもそもなぜ精霊魔法で物理的に魔物が飛び出てくる!?明らかに別ジャンルの魔法だぞメタニン!』

「スライムの精霊呼んだんだから精霊魔法でしょうが!」


(((ロボだと服が溶かせない……)))

「ロボじゃなくても溶かすな!!健全なの!!今結構真面目な戦いやってたの!」

『よりによって服だけ溶かすエロスライムなのかこれ!なぜロボ相手に!?』



もうだめだ。スライムにより迎撃装置も地球防衛隊も双方完全に無力化出来てしまったので今更引っ込めるわけにもいかないが、こいつを出していると私の品性が疑われていく。完璧だと思ったのに、どこで何を間違えてしまったのか。



(((そうか……着衣とのバランス……装甲のチラリズム……応用……!)))

「やめろ!!!」



本当にとんでもない。必死に言動を止めようとするが、いかんせん軟体なので殴っても引っ張っても全く効果がない。もしこいつが暴走したら健全な世界が全て破壊されてしまう。



……ただ、まぁ、その……出した私ですら引き剥がせないスライムによる無力化は戦略としては成功としか言いようがなく、品性の問題にさえ目を瞑れば完全なる目標達成で、そのまま戦闘は決着となった。


スライムと触手に襲われて中身を書き換えられていく無人機達。なんだか凄く性癖が不安になる光景だ。どこから見られてるのかよく分からないがハカセのなんとも言えない視線を感じる。



妙な気まずさを感じる時間を経て作業が終わり、どうやら勝手に帰還する事にされたらしい無人機達が入ってきた穴から帰っていくのを見送って、自動修復装置が穴や隔壁を塞いでいくのを見守っていく。スライムを出した時点で任務は達成出来ていたのだ。


アレのおかげで侵入事件はあっさり解決出来たものの、親に変な性癖を知られた娘みたいな変な感覚を誤解で学習させられるという非常に余計な経験を得てしまった。本当にびっくりするほど余計な経験だ。




……そして、拍子抜けするほどあっさり解決したのと、余計な一悶着があった事で、私は途中で感じた微かな違和感を見逃してしまっていた。

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