第57話 旅の終わり


 山頂にあるヨグ神殿まで辿り着き、わたしとクロナちゃんは変身を解除する。

 神殿は大理石で出来ているらしく、全体的に白っぽい。


「こっちだよ!」

「早く早く!」


 フィーラとリーファが、わたし達を急かしてくる。

 それに従うような形で、神殿の中へと足を踏み入れる。


 中もとてもシンプルで、入口から真っ直ぐの所にある祭壇がもう見えていた。

 そしてその祭壇の手前には、魔法陣が描かれていた。


「この魔法陣の中央に立って!」

「すぐに元の世界に戻れる魔法を発動させるから!」

「……だって。行こう、クロナちゃん」

「ええ、そうね」


 クロナちゃんは頷き、二人揃って魔法陣の中央に立つ。


 フィーラとリーファはわたし達の目の前に浮遊し、魔法陣の外側からわたし達の方に手を向けていた。


「それじゃあ始めるよ!」

「右手を前に出して!」


 リーファに言われた通り、右手を前に出す。


 するとブレスレットから独りでに、これまで回収した『星霊』のコアが飛び出してきた。


 そして十個のコアは、わたしの周りを浮遊する。

 隣を見ると、クロナちゃんもわたしと同じ状態だった。


「……いくよ、リーファ」

「……うん、フィーラ」


 リーファとフィーラは顔を見合わせて頷きあう。

 すると、ガラリと二人の雰囲気が様変わりした。


「『王冠に神は無いと論じ』」

「『知恵は愚鈍となり』」

「『理解は拒絶する事で』」

「『慈悲に感動は無い』」


 何らかの呪文を二人が唱えた瞬間、全身をものすごいプレッシャーが包み込んだ。


 両足で立っていられなくて、片膝を着く。

 クロナちゃんはまだ両足で立ちながらも、苦しそうな表情を浮かべていた。


 妖精二人の詠唱は続く。


「『峻厳は残酷で』」

「『美は醜悪で』」

「『勝利には色欲が伴い』」

「『栄光を貪欲に求める』」


 そこでもう片方の膝も地面に着き、両手を着いて身体を支える。

 クロナちゃんも立っていられなくなったようで、片膝を着き片手も地面に着いていた。


 わたし達の周りを浮遊する『星霊』のコアが眩しいほどに輝きを増し、妖精達は詠唱を完成させる。


「『基礎は不安定となり』」

「『王国は物質主義によって否定される』」

「『そして限り無い光はその輝きを喪い』」

「『無限は跡形も無く消え去る』」

「『そして開かれるは窮極の門』!」

「『現れ出でよ、我等が崇め奉る深淵の神々達よ』!」


 次の瞬間、神殿全体が揺れ始めた。

 それと同時に、わたしは息苦しさを覚えた。

 というより……呼吸が!?


「が、はっ……」

「な、に……」


 身体を支える力すら失い、わたしは地面に突っ伏す。

 クロナちゃんも突っ伏すけど、意地からか上半身だけは起こしていた。


「フィーラ、リーファ……あたし達を、元の世界に戻してくれるんじゃないの……!?」

「うん、確かに戻すよ」

。肉体は無くなるから、まあ……死ぬのと同じかな?」

「えっ……?」

「魂、だけ……?」


 最初、何を言っているのか理解出来なかった。

 でも、その意味を理解した時、妖精達に聞き返していた。


「そんな……聞いてないよ!」

「だって言ってないんだもの」

「あたし達を騙したのね!?」

「騙したなんて心外だなぁ。ちゃんと初めに、「『星霊』を全て回収したら元の世界に戻れる」って言ったじゃん。そこにキミ達の生死は問われてないよ」

「そ、れは……!」


 クロナちゃんは反論しようとしているけど、彼女も本当は理解しているのだろう。

 確かに、「生きて元の世界に戻れる」とは一言も言っていなかった事実に。


 すると妖精達は、底冷えするような満面の笑みを浮かべながら、わたし達に近付いてくる。


「安心して。その肉体は、ワタシ達が……いえ。達『対の魔王』が有効活用してあげるから」

「だからとっとと、その肉体をあたし達に明け渡しなさい」

「えっ……?」

「『対の、魔王』……?」


 これまでで一番、理解出来ない事だった。

 だってそれじゃあ、わたし達は知らず知らずの内に『対の魔王』に協力していた事に……。


 すると何がおかしいのか、妖精達……いや、『対の魔王』はけらけらと大声で嗤う。


「「あはははははははははははははははははははは!!」」

「こんなに愉快な事はないよ!」

「騙されていた事を知った時のその表情がずっと見たかったんだ!」

「わたし達の言う事を素直に聞いてくれちゃって!」

「嗤いを堪えるのに必死だったんだから!」

「「あはははははははははははははははははははは!!」」


『対の魔王』が嗤い続ける中、わたしはこれまでで一番の絶望を感じていた。

 これまでの努力、成果が全て水泡に帰した瞬間だった。


 それが原因で張り詰めていた緊張の糸が緩んだのか、わたしはそこで意識を喪った―――。




 ◇◇◇◇◇




「マ、シロ……」


 意識を喪ったマシロに声を掛けるけど、彼女は何の反応も示さなかった。

 そんなマシロに、フィーラが近付いていく。


「さて……それじゃあまずは、わたしの依り代にご退場願わないとね」

「フィーラ……! マシロに、触るな……!」

「強がりもそこまでにした方がいいよ? どうせすぐに、あたしにその肉体を乗っ取られるんだから。それに……そう踏ん張ってるのも限界なんじゃないの?」


 リーファの言葉は正しくて、今にも意識を喪いそうだった。

 でもその瞬間、リーファに身体を乗っ取られてあたしは魂だけの存在になってしまう事は分かっていたから、なんとか意識を保っていた。


 その間に、フィーラはマシロの前まで移動し、マシロのおでこに手を触れさせた。……いや、触れようとした。


 その瞬間、ドカァァァン! と真上から天井を突き破る音が響いた。

 そして誰かがあたしとマシロを抱えて、魔法陣の外へと連れ出してくれた。


 それまでの息苦しさが嘘のように、呼吸が楽になった。

 顔を上げると、そこには闇色の魔装を身に纏った金髪の少女―ステラが立っていた。

 背中しか見えないから、見た目で判断するしかなかった。


「……ギリギリセーフ、かな?」

「いったい誰?」

「せっかくあたし達の新しい肉体が手に入るチャンスだったのに……ただで済むとは思わないでね?」

「そんなつれない事言わないでよ。せっかくの感動の再会でしょ?」


 ステラはそう言うと、顔に着けていたバイザーを外すような仕草をする。

 そしてあろうことか、魔装を解除する。


 あたしには謎の行動だったけど、妖精達……いや、『対の魔王』には効果テキメンだったようだ。

 二人の驚くような声が、あたしの耳にも届いてくる。


「そんな、まさか……!?」

「なんで生きてるの!?」

「「セイラ!!」」

「セイ、ラ……?」


 何処かで聞いた事のある名前だと思いながら、ステラが現れた事で安心してしまったのか、あたしはそのままマシロと同じように意識を喪った―――。


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