第41話 壁画の謎
「魔法研究所の研究員が、どうしてこんな所に?」
すると、ラインハルトさんがエルフの女性―セラフィさんに問い掛ける。
「ここの神殿の大部分が、謎が未解明のままだからですよ」
「地下十五階まである事が分かっているのにか?」
「はい。その下は調査出来ていませんが、それよりも謎なのは神殿のあちこちにある壁画と、謎の文章です。古代語らしき言語で記されている事までは判明していますが、文法などの詳しい所までは解読出来ていない状況なのです」
「だから自らの足で、調査に赴いたと?」
「ですです」
ラインハルトさんの言葉に、セラフィさんは何度も頷く。
「せっかくですから、一般公開されている地下三階までの間、ボクがガイドしますよ?」
「いいのか?」
「はい。ボクとしても、誰かに話す事で思考を整理するのに丁度良いので」
「そうか……どうする?」
するとラインハルトさんが、わたし達の方に話を振ってきた。
「いいと思いますよ」
「ええ。あたしもいいわよ」
「わたしもです、兄様」
「……だ、そうだ。お願い出来るか?」
「お任せあれ。それじゃあ、そうですね……丁度良いので、この壁画についてボクなりの考えを発表しますね」
セラフィさんはそこで一旦言葉を区切り、壁画の方を向いてから続ける。
「この壁画は、太古の時代に確かにあった争いを描いているんだと思います。生き物っぽいナニカは、神話に登場する旧支配者だというのが今の主流です」
「旧支配者……それは、創世神話に出てくる女神と敵対していた神々ですか」
「そうです。その旧支配者です」
リリアちゃんの言葉を、セラフィさんは頷き肯定する。
「そしてこちらのヒト型の絵の方が、女神マテリアルだというのがボクの仮説です。それを裏付ける証拠がないんで、今回はその証拠集めが主な目的なんですよ」
「それじゃあ……そっちの旧支配者? の近くにいる小さいナニカって何ですか? 眷属かナニカですか?」
わたしがそう指摘すると、セラフィさんは驚いたかのように目を見開く。
「眷属……そうか眷属か。その発想は無かったです。てっきり旧支配者の仲間かナニカかと思ってたんですけど、眷属というのがしっくりきますね。それなら旧支配者よりも体が小さい事にも説明が付きます」
「マシロは眷属って言いましたけど、セラフィさんの元々の考えだと何になるんですか?」
クロナちゃんがそう尋ねると、セラフィさんは答える。
「ボクの考えは、この小さな二つは……『対の魔王』だと思ってたんですよ」
「そう考える根拠は?」
「百年前の『賢者』セイラ様との戦い、ですかね? 記録によれば、『対の魔王』は不老不死に限りなく近い性質を持っていて、その性質からセイラ様は『対の魔王』を封印するに留めたらしいんですよ。だから『対の魔王』が神話時代から生きていたと仮定して、この二つは『対の魔王』なんじゃ? というのがボクの考えです」
「そうなんですか」
セラフィさんの言葉に、わたしはうんうんと頷く。
そしてセラフィさんは絵の方から、古代語の文章の方へと視線を移す。
「そしてこちらが問題の古代語です。あまりにも謎過ぎて、母音と子音の判別すら出来ていなかったんですよ、最近までは」
「最近まで? って事は……」
「はい。今はある程度の法則性を発見して、少しずつではあるんですけど単語単位での解読は進んでいますね」
「それで……ここにはなんて書かれてるんですか?」
「ちょっと待ってくださいね」
クロナの問い掛けにセラフィさんは待ったを掛け、ショルダーバッグの中から手帳サイズのノートを取り出す。
そしてそれを開きながら、壁画の文章と交互に見つつ解読していく。
「ええっと…………順番に行きますね。……クタアト……ダゴン……ルルイエ…………あとは……おお、い、なる…………ク、クス? ……ごめんなさい。この後はちょっと解読出来ないですね」
「いや、十分だ。しかし……何を示している単語なんだ?」
「ここが神殿という事を踏まえると、旧支配者の神々の名前では?」
「だとすると、ものすごい数の神々がいた事に……」
「……マシロ」
ラインハルトさん達が意見を交わしている中、クロナちゃんがそっとわたしの手を引っ張る。
その目は何かを訴えていたし、わたしもクロナちゃんに確かめたい事があった。
彼等から少し離れ、クロナちゃんとひそひそと話し合う。
「……マシロ、気付いた?」
「……うん。わたしもそんなに詳しい方じゃないけど、聞いた事はあるよ」
そう言い、わたしとクロナちゃんはもう一度壁画の方を見る。
「クタアト」、「ダゴン」、「ルルイエ」。
それと実は気になってはいたハスター渓谷の「ハスター」もそうだろう。
それに、セラフィさんが解読を断念した「ク」から始まる単語も、おおよその見当はついていた。
わたしはクロナちゃんと顔を見合せ、ラインハルトさん達に聞こえないほどの小さな声で同時に言う。
「「……あの壁画に描かれているのは、クトゥルフ神話で間違いない」」
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