第36話 聖邪の胎動


 世界の片隅で、密かに復活を遂げていた『対の魔王』は、謳うように、春の陽気のように朗らかに嗤う。


「メタトロン、カマエル、ミカエル、ガブリエル、サンダルフォン」

「サタン、アスモデウス、ベルフェゴール、リリス、ナヘマー」

「ここまで順調にやってこれた」

「これも全て、奴等のおかげだ」

「残りの『星霊』はラジエル、ザフキエル、ザドキエル、ハニエル、ラファエル」

「ベルゼブブ、ルキフグス、アスタロト、バール、アドラメレクか」

「この調子なら、近い内に全ての『星霊』を集めきる事が出来る」

「そうしたらとうとう、当初の目的を達成する事が出来る」

「でも厄介なのは、アレだね」

「『黄金の夜明け』団と、自称世界の調停者のステラとか言う輩だね」

「うん。目障りである事は確かだけど、どうせ奴等にはどうする事も出来ない」

「そうだね。この流れを止められるモノはいない」

「それじゃあ、第一フェーズは完遂したも同然だね」

「そうだね」

「あははははははははははははははははははははははは」

「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」


『対の魔王』はお互いに嗤いながら、その場でくるくると回る。

 その動きをふと止めると、お互いの顔を見合わせる。


「……一応、第二フェーズ以降の予定も確認しておこうか」

「そうだね」

「全ての『星霊』を回収した後は……」

となる魔装少女に融合して、その身体を完全に乗っ取る事だね」

「確認だけど、予備の素体の目処は?」

「こっちは候補が一つだけ。いや……一つしかなかったっていうのが正しいかな? そっちは?」

「こっちはまだ。まあ、ゆっくりと目星はつけていくよ」

「それじゃあ最後、最終段階の第三フェーズだね」

「第三フェーズは……ヨグ=ソトースを起動めざめさせ、窮極の門を開くだけだ」

「そしてその門から現れるは、が待ち望んだ混沌と狂気を振り撒く邪神達!」

「ああ、その時が来るのが今から待ち遠しいよ!」


『対の魔王』は両手を大きく広げ、空を見上げる。


 そして百年前にセイラによって出現を阻まれ、『対の魔王』が最優先で降臨させようとしている神の名を叫ぶ。


「「我等が神! 大いなる邪神、クトゥルフ!!」」




 ◇◇◇◇◇




 空中浮遊要塞、アイン=ソフ=オウル。

 ピラミッドを逆さまにし、その上に城塞を乗せた違法建築の塊のようなこの要塞は、『黄金の夜明け』団の本拠地でもあった。


 そしてその空中庭園に、ステラ……否、セイラが戻ってくる。


「お帰りなさい、セイラ様。予想より随分と早い帰還で」


 そう声を掛けたのは、一足先に要塞に戻ってきていたアレイスターだった。

 セイラはバイザーを外し、魔装を解除する。


 魔装を解除したセイラの服装は、黒のニーハイソックスと青いミニスカートを履き、白いブラウスの上からは灰色のパーカーを羽織っていた。


「まあね。戦闘らしい戦闘はしなかったしね」

「そもそも、この世界でセイラ様と互角に渡り合える人類なんていないでしょう。だって貴女は……」

「そんな事より、みんなは?」

「ハァ……イブが研究室に籠ってます。他のみんなは地上に降りてそれぞれ活動中ですよ」

「そう……イブちゃんの様子でも見に行こうかな?」


 そう言いつつ、セイラは城塞の中へと入る。

 その後をアレイスターが追い掛けて行く。


 イブと呼ばれた人物の研究室へと向かっている途中、セイラは顔を真っ直ぐ向けたままアレイスターに話し掛ける。


「ところで……アレイスターくん。カプリコーンは使わなかったの?」

「ええ、まあ。『法の書』とエイワスさえあれば、どうにかなると思ってたので」

「余裕ぶっこいてあの二人に圧倒されちゃあ、言い訳のしようもないよね?」

「……随分とあの二人に肩入れしますね?」

「それはもう。なんて言ったって、ぼくの後輩なんだよ? そりゃあ肩入れもするさ」


 愉快そうに笑うセイラとは対照的に、アレイスターはジトッとした目を彼女の背中に向ける。


「どうせ先輩風吹かそうと、いつも以上に圧倒的な実力を見せつけただけなんじゃないんですか?」

「何を言ってるかちょっと分からないな。……着いたね。イブちゃん、いる?」


 アレイスターの指摘を無視し、セイラはある部屋のドアを軽くノックする。


 するとドアは自動で開き、中から空色の髪を無造作に纏めた、人間とドワーフのハーフであるメガネの少女が姿を現す。


 この少女こそがイブで、『黄金の夜明け』団唯一のメカニックでもあった。

 そしてセイラが基礎設計し、イブが製造した対邪神用魔装である『スターズ』の一つ、ライブラの担い手でもあった。


 ちなみにセイラは『スターズ』最強の魔装であるヴァルゴの、アレイスターはカプリコーンの担い手であった。


「何です、セイラ様?」

「進捗はどうかなって」

「概ねセイラ様のご要望通りだと思いますよ? それでもまだ、半分くらいの出来ですけど……確認します?」

「お願いしようかな」

「では中に。すごく散らかってるんで、足下に注意してくださいね」


 そう注意を受けつつ、セイラとアレイスターは中へと足を踏み入れる。

 イブの言った通り、床には多くの道具が散乱していた。


 研究室の中央までやって来ると、ソレは姿を現す。

 五割ほどの完成度とはいえ全く同じ意匠・武装の魔装が二つ、並んで立っていた。


「全く……無茶な注文をしないでくださいよ。『星霊』の魔装を完コピした魔装を製造しろだなんて。おかげで十時間しか眠れてないんですから」

「……結構がっつり睡眠時間摂ってない?」

「一日の半分は眠ってたいんですよ」

「ああ、はいはい。そんなイブちゃんに……コレ」


 イブのボケとも取れる本音を聞き流しつつ、セイラはパーカーのポケットからUSBメモリーに似た物体を取り出し、イブに手渡す。


「残りの『星霊』のデータ。これでこの魔装も完成するでしょ?」

「ありがたく頂戴しましょう。これでこの魔装も完成します」

「そうだね。……『対の魔王』の復活は止められない。なら今打てる最善手を打たないと。今度こそ……この世界から邪神の脅威を退けるために」


 セイラの視線の先の二つの魔装。

 近くにあるコンソールの画面には、魔装の名前が記されている。


 そしてそこには――『双翼ジェミニ』と、記されていた―――。


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