13・青野の家へ(その2)

「どうぞ入ってください」

「……おう」


 青野の家は、駅から徒歩5分ほどのところにあった。

 意外にも一軒家。しかも築年数はけっこう新しめだ。うっかり「すげぇ」と言いかけて、慌てて口を閉ざした。だって、こっちの俺がここに来るの、絶対初めてじゃないだろうから。


「部屋に行っててください。お茶持っていきますんで」

「わかった……」


 って、待ってくれ。その「部屋」ってどこにあるんだ?

 なんて、バカ正直に訊くわけにはいかない。悩んだ末に、俺は「えー」と拗ねたような声をあげた。


「やだやだ、青野と一緒にいたーい」


 ……う、我ながら気持ち悪ぃ。

 けど、これがまた青野の心に刺さったらしい。満更でもない顔つきで「仕方ないっすね。じゃあ、お茶いれるの手伝ってください」って──お前、ちょっとチョロすぎないか。そりゃ、こっちの俺にいいように振りまわされるわけだよ。

 とはいえ、おかげで「ひとりで部屋に行く」は免れた。トイレや風呂については、なんとなく「ここだろう」っていうのがわかるから問題ない。


(あとは、夜……だよな)


 こっちの俺、どのタイミングで準備していたんだろう。

 いや、それ以前に俺はちゃんと準備できるのか?

 実は昨日、風呂場で試そうとしたんだけど、勇気が出なくて途中までしかできなかった。そのせいで、俺は今「ぶっつけ本番」で事に望まないといけないわけで──


「夏樹さん、コーヒーと紅茶どっちがいいですか?」

「あーどっちでも」

「じゃあ、紅茶にしましょう」


 青野は、戸棚からティーパックと大きめな瓶を取り出した。

 なんだ、それ──はちみつか? もしかして紅茶にいれるのかな。

 俺の視線に気づいたのか、青野は「ああ」と瓶を軽く持ちあげて見せた。


「父の出張土産です。これまでのものより糖度が高めなんで、あんた好きだと思いますよ」


 その口ぶりからすると、はちみつ入りの紅茶を飲むのはどうやら俺らしい。

 そうか、こっちの俺の好みか。そういえば「八尾メモ」にも「甘いものが好き」って書いてあったもんな。

 そっか、だから当たり前のようにはちみつを取り出したのか。

 そっか……そっか。


「……夏樹さん?」


 ふいに、青野が顔を覗き込んできた。


「どうかしましたか?」

「いや、なーんにも」


 ああ、もういちいち気にするな! むしろ新しい情報が手に入ってよかっただろ?


(こっちの俺は紅茶にはちみつを入れる……はちみつを入れる……)


 ──よし、覚えた!


「お菓子はどうします? ポテチとクッキーがありますけど」

「クッキーがいい」

「じゃあ、この箱を持って……あ、途中で開けないでくださいね」

「そんなことしねーよ!」


 とっさに口をついて出たけど──待て、こっちの俺はやるのか? やったほうが「俺」っぽいのか? でも、他所様の家でさすがにそれは行儀が悪すぎるような……ああ、でも、こっちの俺は「お行儀」なんて知ったこっちゃないってタイプっぽいし……

 グダグダ頭を悩ませているうちに、青野は紅茶の準備を済ませてしまった。

 おっと、ここはドアを開けてやらないといけないよな。トレイで両手がふさがるわけだし。


「ほらよ」

「……ありがとうございます」


 なぜか妙な間が開いたけど、そのときの俺は気づかなかった。クッキーの箱を、部屋に着くまでに開けるかどうかで頭がいっぱいだったから。

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