8・とはいえ…

「で、あいつんちに泊まることになったってわけか」

「……おう」


 翌日の昼休み。自席で焼きそばパンを頬張る八尾の隣で、俺は抱えた膝に顔を埋めていた。


「やばいやばい絶対にやばい」


 泣いているあいつの頭を撫でている場合じゃなかった。「可愛い」なんてくすぐったく思っている場合じゃなかった!


(そもそも流されすぎだろ、俺!)


 めちゃくちゃビビっていたくせに、あいつの涙で心を決めるとか。

 でも、それくらい衝撃的だったんだ。あの青野が、あんなふうに泣いたことが。

 しかも、好きなヤツだぞ? そんな自分にとって特別なヤツが、あんなふうに泣くのを見ちまったら、そりゃ、なぐさめてやりたくもなるだろ? ちょっとやそっとの無茶くらい「引き受けてやるぜ!」って思うじゃんか。


「で、今になって後悔しているってか」

「後悔っつーか、我に返ったっつーか」


 なあ、大丈夫なのかな、俺。ちゃんと最後までできんの?

 つーか、本当に入るのか? 青野の青野が? 俺のケツに?


「やっぱ、どう考えたって無理じゃね?」

「そこは事前に準備とかすればいいんじゃねーの?」

「準備って?」

「こういうやつとか」


 八尾が、ご丁寧にもスマホで検索してくれる。

 でも、これ──昼飯時に観ちゃダメなヤツだった。食欲が減退しそうだったので、サイトのアドレスだけをメッセージアプリに転送してもらった。


(でも、そうか……準備か)


 さっきのサイトはチラッとしか見ていないけど、なんだかずいぶんハードルが高そうだ。だって、アレをアレしてアンナコトをするって……できるのか、俺に。本当に?


「じゃあ、青野にやってもらえばいいんじゃね?」

「嫌だ! それだけは絶対嫌!」

「だったら、自分でやるしかねぇよな」


 う……


「まあ、そこさえ乗り越えちまえば大丈夫だろ。青野は、こっちのお前にあれこれ仕込まれてるだろうし」

「仕込まれたとか言うな」

「けど事実だし、どっちも初心者よりはマシだろ」

「……まあ」


 たしかに、お互い初心者だったら絶対悲惨なことになりそうだ。

 それは認める、否定しねぇ。けどさぁ。


(それはそれで対等な立場になれたっつーか)


 やっぱりムカつくんだよ、俺だけ未経験なのって。

 だって、想像してみてくれよ。当日余裕しゃくしゃくの青野と、内心めちゃくちゃビビって震えている俺──

 くそ、考えただけでいたたまれなくなる。そんなのカッコ悪すぎだろ。


「なんで俺だけDTなんだろ」

「その身体自体は、DTでも処女でもねぇけどな」

「……っ、だからそういうことを言うなって!」

「いや、むしろ『身体だけは経験済み』って開き直ったらいいんじゃねーの?」


 そのほうが気楽だろ、って八尾は言うけど。

 どうだろう、どうなんだろうなぁ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る