6・罪悪感
それから、ずーっと青野と他愛のないおしゃべりをした。
今日学校で起きたこと、昼休みに起きたハプニング、妹のナナセのこと、さっきの委員会が案の定大変だったこと。
「話し合いが、ずっと同じところをグルグルまわっているんです。なのに、一部の人たちは脱線した話でやけに盛り上がって、だからよけいに議題が進まなくて」
「ああ……そういうときってあるよな」
めずらしく愚痴っぽい青野に「ほら、食え」と俺の分のミニパンケーキを渡す。
「いや、あんたも食ってくださいよ」
「バカ、もう十分食ったっての」
そこから手作りクッキーの話になって、さらに「甘い緑茶は有りかなしか」「近いうちに抜き打ちで服装検査があるらしい」なんて話題になって──
「失礼します。あと5分で閉店のお時間です」
店員に声をかけられて、ようやく自分たちがかなり長いこと店に居座っていたことに気がついた。
「やべ、母ちゃんに怒られる」
「俺もです。連絡するの、すっかり忘れてました」
急いで荷物をまとめて、店を後にする。
夜風は驚くほど冷たくて、思わず「ひゃっ」って声が出た。「なんて声だしてるんですか」と青野は白い息を吐く。
「うっせぇ。そういうときもあるだろ」
「ないですね」
「あるっての! 俺はある!」
抗議のつもりで肩をぶつけると、青野はなぜか目を細めて笑った。
え、なんで? 笑われる理由がわかんねーんだけど。
交差点の信号が赤になり、揃って立ち止まる。
少しだけ、お互いの手と手がぶつかった。
(あ……)
こういうときって手をつないだほうがいいのかな。
いちおう聞いてみようか。
いや、こっちの世界のあいつならわざわざそんなことしないか。
(……よし)
グーパーを繰りかえして軽く準備体操したあと、思いきって隣の手に指を絡めてみる。
青野が、驚いたようにこっちを見た。
えっ、ダメ? 俺、間違えた?
やっぱりなし、と手を引っ込めようとすると、逆に強く握られた。
「なんで逃げるんっすか」
「いや、その……恥ずかしすぎて……」
「……は?」
「あっ、いや、その……久しぶりだから! 前はできたことも、久しぶりだとこそばゆくなるもんだろ!?」
必死にひねり出した言い訳に、青野は「はぁ」とまたもや白い息を吐き出した。
「まさか、あんたからそんな殊勝な言葉を聞く日がくるとは」
「うっせぇ!」
ふくらはぎを蹴飛ばすと、同じような蹴りが返ってきた。
「痛っ……て!」
「そうですね、痛くしましたから」
「ふざけんなよ、もう少し加減しろ」
なんて言ってるけど、もちろん本気じゃないし、青野が加減しているのもちゃんとわかってる。
ほら、アレだ。気心が知れた同士の、ちょっとしたじゃれあいみたいなもん。
(ああ、でも……)
そっか、誰かと付き合うってこういう感じなんだ。
いや──男同士だからか? 相手が女子だったら、さすがに蹴りはいれないよな?
だとしたら、こういうやりとりをするのは青野限定か。今後、青野以外の男と付き合うことはないだろうし。
甘ったるい幸福感に浸りながらも、少しだけ罪悪感が胸をかすめる。
ごめんな、こっちの世界の俺。
青野を奪っちまって。
ごめんな、青野。
今、隣にいるのが、お前が好きになった俺じゃなくて。
(でも、幸せにする)
青野のこと、責任をもって幸せにしてみせるから。
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