4・決意

「で、ふてくされてるってわけか」


 教室の隅っこで弁当を掻き込んでいる八尾に、俺は「おう」と短く返した。


「せっかく、あいつのこと、ちょっと『可愛い』って思ったのによ」

「いや、青野は『可愛い』って思われても喜ばねぇだろ」

「なんでだよ、いちおう褒めてんだぞ?」

「じゃあ、お前は嬉しいのか? 青野に『可愛い』って言われて」

「それは……」


 たしかに微妙だ。ていうか、実際「可愛い」って言われて抗議しちまったっけ。

 だって、どうせ褒められるなら、やっぱり「かっこいい」って言われたい。このあたり、こっちの俺とは考え方が違うんだよなぁ。


「いや、でもマジで嬉しかったんだよ。あいつもドキドキしてるってわかって」

「で、調子にのってからかって返り討ちにあったってわけか」

「うっせぇ」


 つーか、ここまで話したところでようやく気がついたんだけど。


「俺、あいつと本当に付き合うことになったって、お前に話したっけ?」

「話してねーな、お前は」

「だよな──」


 って、待て。「俺は」?

 まさか、と思って顔をあげると、八尾は意味ありげににやりと笑った。


「青野からは報告受けてんぞ。『俺たちよりを戻しました』って。SNSのDMで」


 マジか……あいつ、そこまでお前のことを警戒してんのか。


「ただの親友なのにな」

「それな。お前とどうこうなりたいなんて一度も思ったことねーわ」


 ただ、まあ──親密といえば親密ではある。

 だって、こいつしかいないからさ。こっちの世界で俺の正体を知ってんの。


「で、もう決めたのか?」

「えっ」

「向こうに戻るか、こっちの世界に残るか」


 以前と同じ、八尾からの質問。あのときは「保留」と答えたけど、さすがにもう心は決まっていた。


「こっちに残る」

「じゃあ……」

「元の世界には戻らない」


 俺の答えに、八尾は「だよな」と大きくうなずいた。


「じゃあ、改めて──これからもよろしくな」

「おう。で、早速だけどお前に協力してほしいことがあって」


 こっちの世界に残るってことは、今度こそ、ちゃんと「こっちの俺」になりきらないといけない。

 これまでは「いつか元の世界に戻るから」ってことで、最低限の情報だけ頭にたたき込んでいたけど、これからはそうもいかないよな。


「だから、もっとちゃんと『こっちの世界の俺』のことを教えてほしいと思って」

「わかってる。任せろ」

「えっ」

「そうくると思って、いろいろまとめておいた」


 マジで!? お前、めちゃくちゃ有能すぎねぇ!?


「やばい……惚れそう」

「やめろ、青野に刺される」


 カラカラ笑いながら、八尾はスマホを操作する。すぐに、俺のスマホに「星井夏樹について」というメールが送られてきた。


「けっこうな量だな」

「なに言ってんだ、たったの4年程度だぞ」


 まあ、そうか。俺らが出会ったの、中学生のときだもんな。


「それ以前のことについても、俺が知っていることはひととおり書いておいた。あとは、ナナセあたりからうまいこと聞き出してくれ」

「わかった」


 じゃあ、今日の放課後はこれに目を通すとするか。

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