12・失敗

「えっ、昼飯は?」

「弁当忘れてきたんで、購買のパンをひとつ」

「バカ、もっと買えよ!」

「そうしたかったんですが、昼休みにいろいろあって購買に行くのが遅くなってしまって」


 なるほど、それでパン1個だけか。そりゃ、腹が鳴るのも当然だよな。


「じゃあ、ラッキーバーガーにでも寄って行くか」

「いえ」

「遠慮するなって。今日は俺がおごって……」


 っと「おごってやる」はダメか、「わがままプリンセス」らしくないもんな。

 こういうときは、ええと──


「もちろん、その……お前のおごりで」

「おごりませんし、そもそも今日は塾の日なんで」

「あっ……そう。じゃあ、無理か」


 がっかりしたような素振りを見せたけど、内心ちょっとホッとしていた。

 だって、年下におごらせるのって抵抗感があるだろ。むしろ、俺がこいつにおごってやりたいくらいだし。

 と、青野がジッとこっちを見ていることに気がついた。


「なんだよ」

「いえ……今日は駄々をこねないんですね」

「は?」

「てっきり『塾なんて休めよ』と言われるかと」


(えー)


 マジか。それが「わがままプリンセス」の通常運転か。


「いや……けど塾は大事だし、サボらせたらお前の親御さんに申し訳ないし」

「『親御さん』って」

「わ、笑うなよ! 実際そうだろ?」


 塾ってけっこう金がかかるって聞いてるし、なのに俺のわがままでサボらせるなんてマジで申し訳たたないし、それ以外にもほら、なんつーか、ええと……


「俺たち本当に付き合ってるわけじゃないし!」


 もちろん、最後の言い訳は声を潜めた。だって、他のヤツらに聞かれるといろいろまずいだろ。

 けど、その一言で青野の表情が明らかにかげった。緑色の瞳がゆるりと流れ、口元に皮肉げな笑みが浮かぶ。


「そうっすね。あんたにそんなことを言う権利ありませんでしたね」


(あーっ、くそ!)


 俺は、頭をかきむしりたい衝動にかられた。


(バカ! なに言ってんだ、俺!)


 今のは明らかに失言だ。青野的に、こんなことを言われて嬉しいはずがない。


(なんとか挽回しないと)


 でも、どうすればいい? 青野に塾をサボらせず、それでいて「わがままプリンセス」っぽいリアクションって──


「……コンビニ」

「え?」

「コンビニなら付き合ってやってもいいぞ!」


 わざとエラそうにそう言ってやると、案の定青野は微妙な顔つきになる。

 うんうん、わかる「なんだよ、その上から目線」ってことだよな?

 けど、お前が好きな「わがままプリンセス」ならこういう言い方をするはずだろ? なんなら、もっと高飛車な口調で──


「めずらしいっすね。あんたがそんな気遣いするの」


 ──あれ?


「昼休みに何か悪いもんでも食ったんっすか」

「食ってねぇよ! ふつうに母ちゃんの弁当食ったっつーの!」


 いや、そんなことはどうでも良くて。


(今の俺の言動も、不正解ってことか?)


 俺なりにかなり頑張ったつもりなんですけど!

 もはや涙目になりかけている俺を見て、青野はなぜかふっと笑った。


「駅前のコンビニがいいです」

「……え」

「あそこ、今おにぎり割引セールやってますし」


 そう言って、青野はさっさと歩き出す。ぽかんと口を開けたままの俺を置き去りにして。

 いや、待てよ! こっちはまだちゃんと飲み込めていねーんだよ!


「おい、青野……」

「わかってます。付き合うからお礼をよこせ、でしょう?」

「へっ?」

「いつものでいいっすよね」


 同意を求めてくる青野は、ほんのり目元を緩ませている。

 その顔につられて、俺は「お、おう」とうなずいたけど──「いつもの」ってなんだ? 「お礼」って何をするつもりなんだ?

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