11・らしい? らしくない?

 帰りのSHRが終わり、教科書をバッグに突っ込んでいると、後ろの席の山本が「あれ」と声をあげた。


「青野じゃん。めずらしいな」


 ああ、もう来たのか。

 軽く手をあげると、ぺこりと頭を下げてきた。


「久しぶりだよなぁ、この光景も」


 山本が、感慨深げに目を細める。


「こういうの見てると、お前らよりを戻したんだなぁって実感するわ」

「……そうか?」

「そうだろ。いつもの日常が戻ってきたって感じじゃん」


 そっか、以前はこれが当たり前だったのか。俺なんて「迎えに来て」のメッセージを送るだけでめちゃくちゃ緊張してたのに。


(こっちの世界の俺、よっぽど自分に自信があるんだろうな)


 そういうところ、正直うらやましい。俺にもそれくらいの自信があれば、もっと堂々と青野にアプローチできるのに。

 バッグのファスナーを締め、青野のもとに向かう。


「悪い、待たせて」

「いえ、来たばかりですし」


 周囲のやつらが、チラチラとこっちを見ている。

 まあ、そうなるよな。こいつ学年が違うし、目立つ容貌しているし。

 ごめんな、居心地悪いだろ。そんな言葉が、喉元から出かかった。

 けど、こういうのはたぶん「わがままプリンセス」らしくない。

 ヤツなら、たぶん──


「これからは毎日来いよ」

「……え」

「教室まで。帰りは毎日迎えに来い」


 さりげなく伝えたつもりだったけど、心臓は壊れたみたいにバクバク鳴っている。だって、こんな命令じみたこと、今まで誰にも言ったことがないんだ。

 これじゃ、やりすぎだったか? もっとやわらかく言うべきだったか? せめて「毎日迎えに来てくれると嬉しい」とか、そんな言いまわしにしたほうが──


「わかってます」


 青野は、表情筋を動かすことなく答えた。


「アピールしないといけないっすからね。嘘がバレないように」

「お、おう、それな!」

「まあ、事実ってことにしてもいいっすけど。俺は」


 独り言のような呟きに、今度は心臓がギュウッと引き絞られた。


(お前……っ)


 今のはズルい……マジでズルい!

 不意打ちでそういうのはやめろ。心臓がもたなくなる。

 なのに、青野は不思議そうに首を傾げている。


「どうしたんっすか、夏樹さん。顔がブサイクですよ」


 うるせぇ、放っておけ!


(つーか、マジか)


 お前、さっきの言葉、無意識だったのか。

 もちろん、こいつが俺に好意を抱いていることは知っている。だから、こういう発言をするのも理解はできる。

 でも、それでも直接落とされた言葉の威力は半端ない。

 だって、好きだから。こいつに恋をしてしまったから。


(こんなこと言われたら、嬉しいに決まってんじゃん!)


「……夏樹さん?」


 さすがに怪訝に思いはじめたのか、青野は眉をひそめてこっちを伺っている。

 くそ、何か言わなければ。

 でも、何を? さっきの言葉に俺なりに一言返せばいい? けどこいつ、無意識だったみたいだし、だったら俺もスルーしたほうが──

 あれこれ頭を悩ませていると、きゅううっと愛らしい音がした。


「あ、すみません」


 青野が、これまた表情筋を動かすことなく自分の腹に手を当てた。


「ちょっと腹が減ってて」

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