10・新たなチャレンジ

 そんなわけで、俺の「わがままプリンセス」チャレンジが始まった。

 とはいえ、ちゃんとこっちの世界の俺っぽく振る舞えているか、自信はない。八尾には「お前のわがままレベルは大したことない」ってダメ出しくらってばかりだし。

 でもさ、例えばだけど青野がうまそうな焼き芋を食っていたとして


『青野、一口ちょうだい』

『嫌です。自分の分は自分で買ってください』

『なんだよ、いいだろ一口くらい』


 ──これって立派なわがままだよな? 青野が拒否したのに「一口よこせ」ってねだってるんだから。

 なのに、八尾に言わせるとこんなのはわがままのうちに入らないらしい。


「この程度のやりとりなら、俺とお前だってやるだろ」

「そりゃ、そうだけど」

「それにお前、このあともう一度青野に拒否られたら『わかった』ってスゴスゴ引き下がるんだろ」

「それは……まあ……」


 だって、二度も拒否するなんて、よっぽど食わせたくないってことだろ?


「それだよ、それ」


 八尾は、手にしていた割り箸の先を、ビシッと俺に突き付けた。


「お前はそうやってすぐに青野の気持ちを読もうとする。で、ビビって、さっさと引き下がろうとする」

「いや、だって……」

「言っとくけど、こっちのお前なら絶対引き下がらねぇからな。本気で食いたいなら、青野が根負けするまで『ちょうだい』って連呼する」


 え……マジで? そんなことして青野に嫌われねぇ?


「そういうの気にしないんだよ、あいつは」

「へ?」

「なーんかへんな自信があるんだよな、こっちの世界のお前。『自分は、青野に愛されて当たり前』『絶対に嫌われることはない』的な」

「……なんだよ、それ」


 いくらなんでも自己評価高すぎだろ。

 俺には無理だ。そんな自信、かけらすらも持てるわけがねぇ。

 旧視聴覚室の机に突っ伏した俺に、八尾は「つーかさ」とさらなる爆弾を投下してきた。


「そもそもこっちのお前は『自分で買え』って言われたら『じゃあ、青野、買ってきて』って返すからな」

「……は?」

「いや……何ならおねだり自体しねぇか。食いたくなったら、青野の手を押さえつけて、勝手にガブッっていくかもな」


 おいおい、予想外すぎるだろ。それ、どこの野生児だよ。


「つーか、そんなことやられて青野はキレねーの?」


 俺ならキレる。間違いなくキレる。相手が青野だとしても「ふざけんな!」って怒鳴るかもしれねぇ。


「同感だな。俺もキレるわ、たぶん」


 けどよ、と八尾は口の端をあげた。


「案外怒らねーんだよ、青野のやつ」


 度量が大きいのか、こっちの俺のわがままに慣れちまったのか。よっぽどひどいことじゃない限り、だいたいのわがままは受け入れてくれるらしい。


「だからさ、お前ももうちょっとわがままのレベルを上げてみろって。そのほうが、こっちのお前っぽくなるからよ」

「……わかった。やってみる」


 釈然としないながらもうなずいてみせたところで、スマホがブルルと震えた。画面にメッセージアプリの通知が表示される。送信者は青野だ。


 ──「放課後、一緒に帰れますか?」


 もちろん、と打ちかけたメッセージを、俺はいったん消去した。

 で、かわりに


 ──「教室まで迎えに来て」


 どうだろう。これなら「わがままプリンセス」っぽい……よな?

 おにぎりを咀嚼中の八尾に見せると、ピッと親指を立ててきた。

 よし、じゃあ、送ってみよう。ドキドキしながら送信マークを押すと、すぐに返信が表示された。


 ――「面倒くさいです」


 えっ、ダメだった? こういうの、青野的には「ナシ」ってこと?

 けど、すぐにスタンプがふたつ届いた。ひとつめは「ふみニャン」がため息をついているやつ。

 で、ふたつめ──「ふみニャン」が「OK」を出しているやつ。

 どう判断すればいいのかわからなくて、再び画面を八尾に見せてみた。


「いい感じじゃん」


 マジで? そりゃ、最後は「OK」ってスタンプが送られてきたけど、その前に「面倒くさい」とため息ついてるスタンプがあるだろ?


「ンなの、ただのポーズだって。あいつ素直じゃねぇから」

「……そっか」


 その判断でいいのか。胸をなで下ろした俺を見て、八尾は「心配症だな」とカラカラ笑った。


「そうビビるなって。あいつの愛情信じてやれよ」

「お、おう」


 そうだよな。じゃあ、この調子で放課後も頑張ってみようかな。

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