6・さて、放課後

 八尾と約束したラッキーバーガーは、同じ制服のヤツらであふれていた。

 まあ、この時間帯はそうなるよな。みんな腹減ってるし、安くてそれなりに食える店となるとやっぱりファストフードに行っちまうもんだろ。

 ってことで、ポテトのLサイズとドリンク2人分を受け取って席に向かう。スマホをいじっていた八尾は、俺に気づくと「こっち」と軽く手をあげた。


「悪い、持ってきてもらって」

「いいって。松葉杖じゃ、さすがに無理だろ」


 ごく当たり前のことを言ったはずなのに、八尾はポカンとした顔で俺を見た。


「何だよ?」

「いや……やっぱりお前ら別人なんだな」


 あいつなら絶対言わねぇわ、という八尾のボヤきは、今の俺にはちょっと堪えた。おかしな話だよな、たぶん褒めてくれてんのに。


「まあ、俺は『わがままプリンセス』じゃねーから」


 なんとか笑顔を浮かべて、ポテトをつまむ。しょっぱい。揚げ物担当のやつ、絶対塩加減間違えただろ。


「で、話って?」

「ああ……うん」


 自分から「話がある」と伝えたくせに、いざ親友を前にするとうまく言葉が出てこない。だって俺、ちゃんとした恋バナってしたことがないんだ。元いた世界の八尾とも、このテの話題は妙に気恥ずかしくて、ずっと避けてきたくらいだし。

 ああ、くそ。なんて切り出そう。焦りのせいか、しょっぱいポテトがハイペースで減っていく。ついでにコーラも。

 やばい、今の俺、傍から見ると絶対におかしい──


「青野のことか」


 八尾のストレートパンチが、胸のど真ん中に決まった。

 そうだ──こっちの世界のこいつは、恋バナに慣れているんだった。


「ええと……まあ、そんなとこっていうか」

「好きになったのか」


 ストレートパンチ2発目。こいつ、マジで容赦ねぇ。

 うつむいた俺を見て、八尾は「やっぱりな」とため息をついた。


「まあ、時間の問題だと思ってたけどよ」

「えっ、なんで……」

「なんでも何も、お前、けっこう前からあいつのことを意識してただろ」


 そんなつもりは──あるのかな。

 自分ではよくわからない。ただ、最近の俺の心を一番揺さぶっていたのは間違いなく青野だ。まさか、そこから恋に発展するとは思ってもみなかったけど。


「で、どうすんだ? 元の世界に戻るの、やめんのか?」


 八尾からの質問に、俺はモゴモゴと口ごもった。


「それは……ちょっと保留」

「は? 『やめる』一択じゃねーの?」

「そんなわけないだろ。俺、こっちの世界の人間じゃないんだし。それに──」


 青野は、こっちの世界の俺に会いたいと思うんだ。あいつが本当に好きになった「わがままプリンセス」な俺に。


「それにはさ、俺が元いた世界に戻るしかないじゃん」

「いや、けど……」


 八尾は、困惑したように言葉を濁した。それから、ウーロン茶の入ったカップに手をのばした。

 俺も自分のコーラを飲もうとしたけど、中身はだいぶ薄くなってしまっていた。マジか。やっぱり俺、飲むペース早すぎだろ。仕方なく、ストローで氷をつついていると「あのよ」と再び八尾が視線をあげた。


「それって本音か?」

「……わかんねぇ」


 正直、心はずっとグラグラしている。「青野と一緒にいたい」ってのと「それって卑怯じゃねぇ?」ってのと、「青野的にはどうなの?」ってのと。


「青野には幸せになってほしい……それはマジで本音なんだよ」


 けど、そこを突きつめていくと、結局は「俺が元の世界に戻るしかない」って結論になっちまう。だって、本当に好きなやつと付き合えるのが一番幸せなはずだろ?

 なのに、八尾は「そうか?」と首を傾げた。


「そこはまだわかんねーだろ。もしかしたら、別人のお前のことも好きになるかもしれねーんだし。実際、今のあいつがアプローチかけてんのは、お前に対してだろ?」

「それは……あいつが、諸々気づいてないからじゃん」


 もし、青野がパラレルワールドのことを信じてくれていたら、今頃こんなことになっていないんじゃねーの? あいつの性格からして「別人なら仕方ありませんね」ってあっさり身をひきそうじゃん。


「でさ、それって今後もありえることだろ?」

「というと?」

「もし、俺と青野が付き合うことになったとしてさ。いつか俺が別人だってわかったとき、あいつはさっさと身を引くんじゃねーの?」


 「外見が同じでも、中身が違うなら付き合えないっすね」──そう言って、去っていくあいつの後ろ姿が、いとも簡単に目に浮かぶ。


「だから無理っつーか、付き合えないっつーか」


 やっぱり俺は、元の世界に戻るべきなんだ。

 で、あいつが本当に好きな「俺」がこっちの世界に戻ってきて、それでふたり仲良く幸せになってもらったほうが──


「バレなきゃいいんじゃね?」


 八尾は、ポテトでベタついた指先をなめながら事もなげに言った。


「お前が、こっちの世界のお前になりきればいいんじゃねーの?」

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