4・心臓が壊れそう

 いつものことだけど、この時間帯の車内はずいぶん混雑している。

 そのせいで、隣に並ぶ青野との距離はどうしたって近くなってしまう。


「どうしました?」

「え?」

「なんか今日元気ないっすね。寝不足ですか?」

「……そんなことねぇよ」


 ただ否定するだけだったのに、妙な間があいてしまう。


「むしろ寝過ぎなくらい寝たっての」

「じゃあ、寝過ぎて頭がボケてるってことですか」

「うるせぇ、ボケてねぇよ」


 つっこみはいれられるくせに、やっぱり青野の顔をまともに見ることはできない。もちろん、キラキラのせいもあるけど、それ以上に──


(顔の距離が近ぇんだよ!)


 なのに後ろの会社員、さっきから背中を押してきやがって。これじゃ、青野とさらに接近しちまうだろうが。


(やっぱり好きなのかな、こいつのこと)


 じゃないと、こんなふうに意識しないよな。

 それに、キラキラして見えるはずもない。……いや、まだ網膜剥離の可能性も捨ててねぇけど。

 ようやく、背中を押す気配が消えた。快速列車が大きめな駅に到着したせいだ。ここは乗り降りする客がめちゃくちゃ多い。後ろにいたサラリーマンも、たぶんこの駅で下車するんだろう。

 ホッとしたのも束の間、青野の手が俺の背中にまわされた。


「邪魔になってますよ」


 こちらへ、というように背中の手に力がこめられる。

 抱き寄せられた俺は、この上なく青野と密着した。あたたかな身体。以前おんぶしてもらったときと同じ、スッと刺激するような整髪剤のにおい。


「……っ」


 ヤバいヤバいヤバい、心臓が壊れる! 鼓動が速すぎて、今にも破裂してしまいそうだ。

 なのに、どうすればいいのかわからない。

 自分がどうしたいのかもわからない。


「あ、青野……」

「はい?」

「俺、あの……忘れ物したの思い出したから!」


 とっさに思いついた嘘を口走って、俺はむりやり電車から降りた。乗車しようとしていた大学生とぶつかって舌打ちされたけど、構うもんか。こっちは生命の危機なんだ。


(マジで、このままだと心臓がおかしくなるっての!)


 夏樹さん、と呼ばれた気がしたけど、俺は振り返らなかった。というか、振り返ることができなかった。電車を下りるとき、勢いがつきすぎてホームに膝をついちまったから。

 発着メロディが終わり、背中でドアの閉まる音を聞く。

 走り去る快速列車を見送って、俺はのろのろと立ちあがった。

 ようやく鼓動が落ち着いてきた──にも関わらず、まだ頬が熱かった。

 ヤバい、どうしよう。これってもう確定だよな?


(俺、青野のことが好きなんだ)

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