3・キラキラ

 二度目の満月チャレンジに失敗した翌朝。

 俺は、改札の前で立ち尽くしていた。


(青野だ……青野がいる)


 わかっている。ここで驚くのはおかしいって。

 先日の「由芽ちゃん劇場」以来、俺と青野は毎朝一緒に登校しているんだ。そりゃ、今日も迎えに来るよな。

 けど、今日の青野はなんか違う。

 どういうわけか、妙にキラキラして見えるんだ。


(……え、網膜剥離?)


 いや、マジで! 1年のときのクラスメイトが言ってたんだよ。「やけに目の前がキラキラしてると思ったら目の病気だった」って。あれ、すげーヤバいやつだよな。たしか、治療が遅れれば失明する可能性もあるって……


「お兄ちゃん? なんで突っ立てんの?」


 遅れてやって来たナナセが、不思議そうに声をかけてきた。

 それで、キラキラ青野も俺がいることに気づいたらしい。眠たげな目をこちらに向けて、軽く頭を下げてくる。

 ドンッと心臓が跳ねた。

 もしかしたら、身体そのものも一緒にぴょんと跳ねていたかもしれない。

 キラキラ青野が、不思議そうに頭を傾げた。「なにやってんですか、夏樹さん」──そんな声が、今にも聞こえてきそうだ。

 けど、実際に声をあげたのは、いつのまにか改札を通っていたナナセだ。


「お兄ちゃん? 遅刻するよ?」

「お、おう!」


 そうだな、いつまでもここで立ち止まっているわけにはいかない。

 いつもどおりいつもどおり、と念じながら、俺はふたりのもとへ向かった。

 できれば、このままナナセにも一緒にいてもらいたかった。けれど、そんな兄の心など知るはずもない妹は「それじゃ、ごゆっくり」とさっさとホームに行っちまう。

 ふたりきりになっても、青野の態度はいつもと変わらなかった。


「おはようございます。昨日はすみませんでした」

「……いや」


 むしろ有り難かったし。お前と帰らずに済んで。

 だって、ヤバい。今日のこいつのキラキラ具合、マジで半端ない。

 おかげで隣に目を向けられない。心拍数もどんどん上昇する一方だ。


「夏樹さん」

「はいぃぃ!?」

「いや……なんですか、そのリアクション」


 うるせぇ、ちょっと声が裏返っただけだろうが!

 抗議のつもりで睨みつけたはずなのに、青野は口元をほんのり緩めた。

 なんだよ、そのカオ。そんな目で俺を見るなよ。


(そんな……やわらかな眼差しで)


 やっぱり青野の顔をまともに見られなくて、俺は視線を逸らしてしまう。

 と、目の前にキーホルダーが現れた。


(……ネコ?)


 たしか「ふみニャン」ってキャラクターだ。一時期クラスの女子たちが「可愛い」って騒いでいたから、うっすら覚えている。


「なんだよ、これ」

「どうぞ」

「へっ」

「『欲しい』って言ってたでしょ。たまたま手に入ったんで」


 そんなの記憶にない。ということは、欲しがったのはこっちの世界の俺ってことだ。


「ああ、ええと……ありがと」


 いちおう受け取ったけど、内心はフクザツだ。俺宛てのプレゼントじゃないのに俺が受け取っちまうなんて、心苦しいし、いろいろ微妙。

 なにより、青野がこれを渡したかったのはもうひとりの俺だ。今、この世界にいない「この世界の俺」。つまり俺にあげたかったわけじゃない。


「あ、ええと……代金は?」

「10万円です」

「は!?」

「冗談っす。お金はいりませんよ、プレゼントですから」


 キーホルダーを受け取った手を、包み込むように握られる。

 俺より骨張った、少し大きめな青野の右手。そこから伝わってくるあたたかなぬくもりに、俺はなんとも言えない気持ちになった。


「あの、青野」

「なんっすか」

「手、離せよ」


 ぼそりと口にした要望は、ホームに入ってきた快速列車にあっけなくかき消されてしまう。


「電車、来ましたね。行きましょう」


 青野は、俺の手を握ったまま歩き出した。それを振り払うこともできたはずなのに、俺はおとなしくあとをついていった。

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