8・嬉しかった思い出
あれは、あいつがナナセと付き合いはじめて1ヶ月くらい経ったときだったか。
俺が裏玄関の掃除をしていると、顔見知りの隣のクラスの女子たちが通りかかったんだ。
『えー星井、なんの罰ゲーム?』
『ウケるー、遅刻? 服装違反? 持ち物違反?』
彼女たちが勘違いしたのも、わからなくはない。だって、そのとき裏玄関の掃除をしていたのは俺ひとりだったから。
いや、俺だってやりたくてやってたわけじゃねーんだよ。ほんとは「体育祭の準備があるから」とか「バイトで急なシフト変更があって」とか「塾に遅れるから」とか、みんなみたいに理由つけてサボろうかと思ってたよ。裏玄関の清掃なんて、どうせ先生のチェックもめったに入らないし。
けど、なんか──そういうのって、やっぱりまずいのかなって。
俺は体育祭の実行委員でもないし、その日はバイトも塾もなかったし、じゃあ、いちおう当番だし掃除くらいやっておくかって。
でも、ひとりの清掃ってやっぱり罰ゲーム感がすごいんだよな。俺だって、他の誰かがひとりで掃除してたら「なにかの罰ゲームかな」って思っちまいそうだし。
で、まあ、彼女たちに「うっせー違うわ」って笑って返して、彼女たちも笑いながら「がんばってー」って去っていったんだけど。
しばらくして、今度は青野が通りかかったんだ。水色の大きなゴミ箱を抱えていたから、たぶんゴミ捨ての帰りだったんだろう。
『おつかれさまです』
『おーおつかれ』
そのまま通り過ぎるかと思いきや、青野は立ち止まってあたりを見まわした。
『どうした?』
『いえ……なんで他の人はいないのかなと思って』
『へっ?』
『清掃当番、夏樹さんだけってことはないですよね?』
驚いた。てっきりまた「罰ゲームですか?」ってからかわれるのだとばかり。
で、ちょっと動揺した俺は、ついへらりと笑ってしまったんだ。
『いやー実はペナルティーっていうか……』
『なんのですか?』
『えっ』
『じゃんけんで負けたとかですか? だとしても、たったひとりにこんなふうに押しつけるとか、ひどくないですか?』
『ごめん、うそうそ! たまたま! 今日はたまたまみんな都合が悪くて来られなかっただけ!』
ていうか、じゃんけん云々より生徒指導的な「ペナルティー」だって思わねーの? 遅刻とか、服装違反で引っかかったとか。そっちの可能性、ふつうは考えるんじゃねーの?
そんな俺の疑問に、青野は「なに言ってるんですか」と顔をしかめた。
『そんなのあり得ないでしょう。夏樹さん、遅刻とかしないですし』
『えっ、ああ……うん……』
『服装はときどき崩れてるときがありますけど、罰則を命じられるほどじゃない。夏樹さんレベルでそうなるなら、この学校の生徒の半数以上が同じようにペナルティーをくらっていないとおかしいです』
『そ、そうか? ハハハ、そっかぁ』
あのとき、あまりにも青野が勢いよくまくしたてるから、俺はすっかり気圧されて中途半端に笑うことしかできなかったんだけど。
ほんとは、すげー嬉しかった。青野は俺のこと、外見で判断しねーんだなって。
もちろん、大事なカノジョのお兄さんだから、ちょっとよい感じに言ってくれただけかもしれないけど、でも、それでも俺は──
(ああ、そうか)
だからだ。元の世界の青野の言葉が嬉しかった分だけ、こっちの青野の言葉がショックだったんだ。
だって「尻軽クソビッチ」なんて、あっちの青野だったら絶対言わないから。
(あいつ、元気にしてるかな)
なんかさ、あっちの青野のほうが、よっぽど俺のことを好きそうだよなぁ。
こっちの青野は、付き合っているわりに俺に対して雑だし乱暴だし、話を聞いてくれないし、平気でひどいこと言ってくるし。
まあ、でもあっちの青野は「妹の彼氏」だしな。俺を好きなんてこと、100%有り得ないんだけどさ。
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