7・反省

 しばらくの間、俺はただただその場に立ち尽くしていた。

 右手に残る、嫌な感触。人を殴ったのなんていつ以来だろう。たぶん、小学生のころ──ナナセと大喧嘩の末、つい手をあげちまって、両親にめちゃくちゃ怒られたとき以来だ。

 わかんね。俺、なんで青野のこと殴っちまったんだろう。

 「尻軽クソビッチ」なんてひどいこと言われたから?

 でも、ここまでひどくないにしても「軽薄そう」「いい加減そう」みたいなことは、俺、わりと言われるんだよな。


(うん、初めてじゃない)


 それというのも俺の明るい髪色のせい。

 こっちの世界ではなぜか金髪だけど、昨日までいた世界でも俺はずっと明るめの茶髪だった。これは赤ちゃんのころからそうで、父方のじいちゃん譲りの、いわゆる隔世遺伝ってやつだ。

 なのに、中学生くらいまではたびたび「不真面目なやつ」みたいな扱いを受けてきた。

 ほら、よくあるじゃん。教室の備品が壊されたり盗まれたりしても、犯人が名乗りでないこと。そんなとき、真っ先に疑われていたのが俺。「だって、あいつならやりそうじゃん」って、見た目の印象だけで決めつけられたりしてさ。

 こういうことは恋愛絡みでもそこそこあって「お前ってふたまたかけていそう」とか「付き合った女の子をすぐにポイ捨てしそう」とか、たびたび言われたりもした。ひどいよな、ただ髪色が明るいってだけなのに。

 高校では、俺以外にも茶髪が増えたおかげで、そこまで悪目立ちすることはなくなった。ただ、やっぱり「軽いやつ」って印象は変わらないみたいで「お前、見た目によらずに真面目なんだなー」なんて笑われたりして。

 ぶっちゃけ、それってけっこう失礼だよな。こっちとしては少なからず傷つくし。

 でも、そう言ってくれるやつはまだマシなんだ。だって、絶対に認めてくれないやつらもいるから。たとえば、俺がまじめに日直やってると「らしくねーな」とか「えーなんのアピール?」ってからかってくるやつ。

 まあ、俺もちょっとふざけた感じで「えーギャップ狙い?」とか返すから、ダメなんだろうけどさ。

 チャイムが鳴った。5時間目開始5分前。

 仕方なく俺は、旧視聴覚室をあとにした。廊下に出るとき、ちょっとビビったけど、幸い青野の姿はなかった。

 ホッとすると同時に、また罪悪感が沸き起こる。

 あいつ、ちゃんと顔を冷やしてるかな。やっぱり殴ったのはやりすぎだったよな。

 ほんとごめん。あとでナナセに連絡先を聞いて、謝ろう。

 そんなことを考えながら、重たい足取りで階段を下りてゆく。

 5時間目は古文だ。苦手な科目ということもあって、授業中はしょっちゅう眠たくなる。けど、がんばってちゃんと聞かないと。受験予定の大学、古文が必須だし。

 職員室の前を過ぎ、教室棟にさしかかったところで女子数人とすれ違った。上履きのラインが赤──1年生だ。


「もうさ、今日こそ絶対許さないから!」

「ああ、放課後の?」

「そう! 今日サボったら3日連続じゃん!」

「あいつら、清掃当番をなんだと思ってんだろうねー」


 あ、と思わず足を止めた。

 青野の顔が、脳裏をよぎったから。

 そうだ、思い出した。俺、以前、青野に──

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る