第5話

事実を知り、一週間が過ぎた。

あたしは神官や侍女からサミュエルのお墓がある場所を聞き、花を手向けることにした。


彼はもう帰ってこない。

この手で……そう考えると足取りは重い。

侍女達や神官の方は墓参りなど必要ないと言ってくれるがあたしはどうしても行きたかった。


罪滅ぼし?

それもあるかもしれない。


王都の小高い丘の上に兵士たちが眠る共同墓地がある。


そこへ到着すると先客がいた。


一人はサムの死を教えてくれたエリザベス先生。

もう一人は……サミュエル=ロスガードの母親であるセリーヌ=ロスガード。


「ねえ、エリー」

「なんだ?」

「あの子は何で死ななくちゃいけなかったの?」


涙を流しながらもセリーヌ=ロスガードは酒瓶を煽る。

しかし、既に飲み切っていたようで酒瓶から酒が出てくることはなかった。


「……」


エリザベス先生はセリーヌ=ロスガードの問いに答えることが出来ない。


「生まれつき魔力がなく不自由な生活を強いられてきた……うちの子が何か悪いことをした?」


セリーヌ=ロスガードはサミュエル=ロスガードの墓の前でうずくまる。


「あいつは頭が良かった……いや、良すぎたんだ。無力でもパイロットになれる方法を確立してしまったのが災いとなってしまった」


エリザベス先生もサミュエル=ロスガード、サムに対してフォローを入れる。

彼女もまた無力ながらサムの能力に気が付き気にかけている一人だった。


「そうよね……あの子は天才だったわ……だからこそよね」


エリザベス先生の回答にセリーヌ=ロスガードの様子が一変する。

おびただしい魔力の渦が辺り一面の空気を震わせる。


「お、おい」

「これからあの子は周りから認められるはずだった……人生が上向きになってもおかしくないのに……この仕打ちは一体……何?」


手に持っていた酒瓶は一瞬で砕かれて粉々になり地面に落ちることなく宙を舞い空の彼方へ飛んでいく。

この時、彼女の魔力量は想像を逸脱していた。


「落ち着け、セリーヌ」

「……無理よ……うっうわあああああああ」


膨大な魔力の暴走が始まる。


「バカヤロウ、墓地が壊れる」


正直、あたしやロゼッタもかなりの魔力量を保有しているが、それの比じゃない。

セリーヌ=ロスガードの感情と共に周りの墓石が宙を舞う。


「セリーヌ、やめて!!!」


そこへ現れたのは二人の女性

一人は公爵夫人であるアデーライデ=ヴィンセント、もう一人は公爵夫人の侍女だろうか?


三人がかりでセリーヌ=ロスガードの魔力暴走を抑え込む。凄まじい魔力のぶつかり合いが起こったがセリーヌ=ロスガードが落ち着いたことで、辺りに静寂が戻る。


「アデー……ナタリー……私……私……」


公爵夫人に泣きながらすがるセリーヌ=ロスガード。

その姿には最強のチートの面影はなく、息子を失った母親がそこにいた。


「セリーヌ、少し休みましょう。あなた疲れてるのよ」


息子を失った母親……その原因を作ったあたし。

心臓が押しつぶされそうになる。

息が出来ない。

あたしはセリーヌ=ロスガードの前に立つ自信がなかった。


4人の女傑が立ち去るまで岩陰で隠れており、彼女たちが見えなくなったところであたしはサミュエル=ロスガードの墓の前に立つ。

岩陰から彼の墓の前へ行くまで足が震えていた。

そして、墓の前に立っても足は震えたまま。

墓石には「サミュエル=ロスガード、ここに眠る」と文字が掘られている。


あたしは立っていられないので膝をつき手を胸の前で組み懺悔する。


「ごめんなさい、あたしのせいで……ごめんなさい……ごめん……なさい」


何を言えばいいのか分からない。

あたしは最低な人間なのだろう……言い訳しか浮かんでこない。

何も知らされていなかったから……知ってたらサインしていないとか……誰も説明してくれなかったとか……



☆彡



乙女ゲーム「勇者達と恋するマギネスギヤ」としてみるとエンディングに差し迫っていた。


エンドロールの最初に出てくるのは悪役令嬢ロゼッタの結婚式だ。

相手はぽっちゃり男子代表のポルトン=ウブリアーコ

あたしは聖女としてその結婚式に参列していた。


ゲームのスチルでは彼女はポルトンのことを嫌っており、それがコミカルな風貌で描かれていた。

しかし、現実は違った。


豪華な花嫁衣装を身にまとい顔をヴェールで覆ったロゼッタ=ヴィンセントは手に花束を持ちゆっくりとヴァージンロードを歩いている。

そして、ポルトンの待つ場所へ行き、誓いのキスをするためにヴェールを持ち上げられ顔が見える。


その時のロゼッタの表情にあたしはゾッとした。

彼女の表情は死んだように落ち込み沈み切っていた。

その目に光はなく、何を見ているのかあたしには見当がつかない。


本来ならお互いに目を閉じて口づけをするのだが、ロゼッタはされるがままという状態だった。


幸せいっぱいの結婚式。

あたしが憧れた結婚式はそこにはなかった。


その結婚式の帰りにアンソニー殿下ことトニーが再度あたしにプロポーズをしてくれる。


「モニカ、俺は君を愛している。結婚してくれ!」


これと言って気の利いたセリフなどではなくストレートに思いをぶつけてくれるトニー


「う……うん」


正直、嬉しかった。


でも、何か引っかかるのであたしは素直にトニーの告白を喜ぶことが出来なかった。


そして、ついに待ちに待ったあたしの結婚式が行われる。

もちろん相手はこの国の王子様のトニーことアンソニー=ヴォルディスク。


あたしは真っ白な花嫁衣装に身を包みゆっくりとヴァージンロードを歩く。


参列する人々は上級貴族や名が知れ渡る著名人たち。

神聖教会の幹部の人たちも大勢列席している。


そんな中、一際異様なオーラを放つ女性を見つける。


あたしは表情には出さなかったが、それが目に入った途端、冷や汗が止まらなかった。


その女性は真っ黒な喪服に身を包み睨みつける様にあたしを見つめる。

女性の名はロゼッタ=ウブリアーコ

元悪役令嬢だった女性。


ただ、今のあたしは彼女を悪役令嬢として考えられなかった。

むしろ、あたしが悪役令嬢だ。


いや、悪役令嬢の方が可愛い。


あたしは彼女の大切な執事をこの手で……


本来なら幸せいっぱいの結婚式。

王族の結婚式となればかなり華やか。

だけど、あたしの心はどんよりとした曇り空。


新郎新婦の誓いの言葉も誓いの口づけも気持ちが悪かった。

そして何よりもトニーが気持ち悪かった。



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