第43話
私の人生は失敗ばかりだ。
まず働くのが嫌で家を飛び出したこと。
行った先で体を売ってその日を凌ぐ生活をするうち出会った男と意気投合してその場の勢いで結婚した。しかし付き合っていた頃のような幸せはなく男は金遣いが荒く暴力もよくふるわれ借金ばっかりするし働かない。地獄のような毎日をおくる羽目になった失敗。
結婚生活は長くは続かなかった。
男がアルコール中毒と薬のやり過ぎのダブルパンチで死に3年で終了したからだ。
正直に言って悲しみは微塵もない。どころか嬉しくさえあった。これで地獄から解放されるのだから。
だがそんな気持ちも束の間。
男が死んで自由になった直後、別の街にでも行こうかと考えていた私の元に借金取りがやってきた。男は私に男の代わりに金を返すように言ってきた。なんで私が?関係ないと言ったが夫婦であった事実と勝手に連帯保証人にされていた事で拒否権はなかった。
失敗した。借金がどうなっているか確認するかさっさと出て行けばこんな事にならなかったのに。
その後死ぬ気で働きなんとか借金を返済した。しかし私はすっかりと燃え尽きてしまった。
生きる気力は皆無で何をする気も起きない植物のような毎日。
そんなある時私はふと思った。
私の人生とはなんだったのか?
13歳で家を飛び出し14歳で結婚して17歳から19歳の間に死んだクズの残した借金を返済する事だけに心血を注がなくてはいけなくなった失敗ばかりの人生。
それでいいのか?こんな人生でよかったのか?
でも考えたところで失った時間は取り戻しようもないではないか……。
ぐるぐると考えるうち私はなんとも情けない事を考えた。
——そうだ。一度、家に帰ってやり直そう。
自分からやりたくもない労働を強制する両親を捨てたくせに今さら都合よくあてにする浅ましさ。しかしその時の私はそれをなんとも思わず、地球軍の兵隊の父と祖母から受け継いだ花屋で働く母のいる花屋兼家へ脇目を振る事なく一心不乱に帰ったのだ。
しかし家に辿り着いた私を待っていたのは両親はもう亡くなっていたという現実だった。
近所の人に聞いた話によると父は私が出て行った1年後に戦場で母は数ヶ月前に病でこの世を去った現実に私は言葉を失った。
私なんかとは違い普通に生きているであろう筈の2人がどうしてなのだと。
理由は私のせいだった。
居なくなった私に何があってもいいようにと父は金を稼ぐために無茶な戦いに参加し母は私を心配するあまりに心身ともに弱り病を患い治療も出来る限り金を残したいから必要最低限にしたために……。
愛されていた。
両親の口うるさいと思っていた言葉の全ては私を思ってのものだった。
なのに私は最後まで気づかず失敗し続けてしまった……愚かさここに極まれりだ。
その事実を家に置かれていた母の遺書から知ったとき私は数年ぶりに泣いた。
歳なんか関係なく子供のように何時間も、涙が枯れ喉が乾いてもわんわんとずっと。
そうしてやっと泣き止んで私は決心した。
家を継ぐ。儲かろうがなかろうが関係ない。
2人の思い出の残る場所を守っていく。そのために。
これが愛に報いる方法なのか正直分からない。
でも2人の愛はこの世界で何よりも尊いものだった事は分かる。だからそんな2人が残した家、店を継ぎ守っていく事こそがきっと正しいこと。
そして繋いでいこう。愛を、この身に宿る命へ。
・〜〜〜○
「……うっ」
「あ、目が覚めました?」
プランターに植えた野菜に水をやっているとミチルさんが目を覚ました。
「ここ、は?」
「俺のトラックの中です。いや、よかったです。3日も目を覚さないんですから」
「それはどういう……ああ、そうだった。私はネズミに撃たれたんだった」
ミチルさんは確かめるように包帯の巻かれた自身の肩に痩せた手で触れる。
「バカだって思うでしょう?こうなる事が分かってて裏切るだなんて」
「思いませんよ」
「それは私の境遇を知っての言葉?だったら……」
「そんなんじゃありません。ただ俺にはそうなってもいい覚悟はありませんでした。だから素直に凄いと思っただけです」
「それってどういう……?」
「こんな世界です。不幸なんてよくある話でしょう?」
そう言うとミチルさんは何か察した様に一瞬目を丸くしたあと俺から視線をそらした。
「そうね……不幸なんて珍しくない。無神経な逆ギレだった。悪かった」
「気にしないでください。所詮過去のことですしね」
「今は違うの?」
「はい。今はわりと幸せです。やりたい事をやろうとしてる最中ですし」
「それって、あの世間知らずそうなコの言ってた手紙を届ける仕事ってやつかい?」
首を縦に振るとミチルさんは不思議そうな顔をする。
「分からないね。アンタ確か滅茶苦茶強いんだろう?だったら傭兵や地球軍の軍人なんかやったら儲かりそうなものを」
「儲かる儲からないの問題じゃないんで。ただ俺がそれをやりたいからやる。自由にね」
「そうかい……いいね。儲かる儲からないは問題じゃないってのは。共感できていい」
ミチルさんは感慨深そうに目を瞑りながら笑う。
はて、何が面白かったのかよく分からないけれど、悪い気分じゃないしいいか。
「さて、ミチルさんが無事目を覚ました事ですしもう1人にも声をかけましょうか」
「もう1人?」
俺は運転席の方まで行くと扉を開く。
「——っ!」
開いた扉の先には聞き耳をたてていたからか慌てているカグヤの姿がそこにはあった。
「隠れて聞き耳をたてる事はないだろう?やましい事をした訳じゃあるまいし」
「うっ、そ、それはそうなんですけど……」
カグヤはどこか困った様子でミチルさんを見たあと申し訳なさそうにする。
「私の考えが甘いばかりにネズミの罠にも気づかずミチルさんに怪我をさせました……それに花屋での事もまだちゃんと謝れていませんでしたしどのタイミングでどれを言えばいいか分からなくなってしまって……」
「そんなのこの際だしまとめて全部やればいいんじゃないのか?」
「その心の準備が出来てないから困っているんですよ!」
なんだコイツ面倒くさいな。
落ち込んでたり憤慨したり表情がころころ変わるカグヤ。それを見てなのか俺の後ろでミチルさんが微笑した。
「まったく。これだから子供ってやつは見捨てられない」
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