第41話
それが銃声だと直ぐには気づけなかった。
宙を舞っている血を見ても乾いた火薬の臭いでも。
気づかせたのは肩を抑えてうずくまるミチルさんを見た数秒後だった。
「ミチルさん!?」
ミチルさんが抑えた肩からは赤いしみが広がっていく。
「っ……ぐっ、ぁ、ぁぁぁ」
凄く苦しそう……っ、なにを当たり前の事を考えているの私は!撃たれたんだから苦しいのは当然でしょう!
「直ぐに手当をします!気をしっかり——」
ショルダーバッグから手当に必要な道具を取り出そうとした瞬間、銃声がし顔の横を弾丸が通り過ぎた。
手と足を止め恐る恐るミチルさんに向けていた顔をゆっくりと上げる。するとそこに立っていたのは……。
「……ネズミ、さん?」
「さっきぶりだな、嬢ちゃん」
目の前に立つネズミさんはそう言って軽く手を振りながら片手で煙の出ている銃を向ける。
間違いない。いま撃ったのはこの人だ。
「……どうして」
もしかしたら私達の直ぐ近くに敵が居たからなんてありえない期待を持ちながらたずねる。
「そりゃあ、なに対してのどうしてだ?」
ネズミさんは本気で分からないといった風に首を傾げた。
こんな察しの悪い質問されたらそうなりますよね。
「あ、因みにボウズなら来ないぞ?今頃大勢の賞金稼ぎに襲われて無事じゃないだろうからな」
アカリさんの居る方から聞こえた銃声はそういう事ですか。となるとネズミさんは最初から標的とぐる……ですか。
そうなってくると此処まで来た事は仕組まれていたと考えていい。となると狙いは私やアカリさん、もっと言えば町の住人であるテレサさん達……最悪の状況ですね。
相手は準備万端で待ち構えていて私達はまんまんと引っかかった。
絶望的な状況に泣きそうになるけれどいまは考えないように努力する。
何故なら今は注意を逸らす必要があるからだ。
ミチルさんから注意を逸らす必要が。
「どうして、ミチルさんを撃ったんですか?」
状況的に考えてミチルさんは敵側だったと思っていいだろう。なのに撃たれた。しかも銃口が今も向けられている。それは一体なぜなのだろう。
「あぁ、それは俺を裏切ったからだよ」
「裏切っ……それはどういう意味ですか?」
「言葉通りだよ?ボウズと嬢ちゃうを助けようとして俺達を裏切った。そうだよな。ミチルさん?」
私は思わずミチルさんを凝視する。
助けようとしてくれていた?
いったいどの辺りでそんなことを?そんな素ぶりは一度もなかったはず……。
「ピンとこないだろう?ミチルさんはぶっきらぼうで口下手だからなぁ……道中何回か言ってたこの町から出ていけや黙って露骨に機嫌を悪そうにしてるのがよぉ、まさかそうだとは絶対思わねぇよな?」
「あ」
「本当なら臆病な被害者を装って案内の道中で嬢ちゃんだけを攫う手筈だったのに台無しだ……嬢ちゃん達が死んだ自分のガキと同じくらいだから情でも湧いちまったのかい。ミチルさんよぉ〜?」
痛むであろう肩を抑えてミチルさんは殺意のこもった視線をネズミさんへと向ける。
「おいおいなんだよその目は?もしかしてその体になった事でまだ恨んでるのかい?ねちっこいね〜」
「体?いったい何を言ってるんですか?」
ミチルさんの身体にまかれた包帯については隕石弾や戦いに巻き込まれたものだと思っていたけど……。
「その包帯のやつじゃないぜ?中の方の事だよ」
「中?」
「っ、余計なことを……喋るな!」
「まったく、馬鹿だよなぁ。ガキの安否を確かめるためなんぞに腹の中の殆どを金に変えてまで俺に依頼したあの時と変わりやしない」
「お腹の中をお金に……まさか臓器を!?」
ネズミさんは肯定とばかり笑う。
ミチルさんはその手は無意識にだろうか、いつの間にか痛いであろう撃たれた傷ではなく腹部を抑えているのだから本当なのだろう。
「どうしてそんな無茶を……」
対価には金銭が伴うのは常。
でもだからといって臓器を売ってまでお金を作るなんてあまりにも馬鹿げている。
他にも選択肢はあった筈だと口にしようとした瞬間ミチルは呟いた。
「……それしかなかったのよ」
ミチルさんは私の方を見る。
「この世界では力と金が絶対……その両方がない奴は文字通り身を削る覚悟がなければ駄目……でないと子供1人も守れはしないんだから」
涙で瞳が揺れている。
その言葉がどれほど重みを持っているのか私にはまだ理解出来ない。しかしミチルさんが様々な事に耐えて文字通り身を削って頑張って生きて、子供を育ててきたかはうかがえる。
力とお金がなければ選択肢はない。
弱者は強者に搾取されるしかないのがこの世界のルール。
……認められない。
「そんなものは間違っています……力やお金がなければ生きていけないなんて、悲し過ぎます」
「……だとしても」
「それでも間違ったルールに従わないといけないのならその時は……」
雲で覆われた夜空を見上げる。
「自分や世界を変えればいい」
「——」
そう、変えればいいんだ……彼のように。
「あはは!世界を変えるとは大きく出たもんだな嬢ちゃん!?」
腹を抱えて大笑いするネズミ。
「これまで色んな奴を見てきたがそんな大言を吐いたの嬢ちゃんが初めてだ。でもな。それが叶う事はない。何故ならミチルさんは此処で死んで嬢ちゃんはこれから売られるんだからな」
ネズミは銃口をミチルさんに向け私はミチルさんに覆いかぶさる。
「っ、どきな……!アンタまで撃たれる!」
「無傷が1番なんだけど、どかないなら手足とかに当てるぞ?」
「どきません!死んでもどきません!
覆いかぶさったミチルさんは私をどかそうと体を揺らす。ネズミは呆れた様子で引き金にかけた指をゆっくり力を込める。
怖くても痛くても死のうとも譲らない。
例え力は通じなくても心は負けない。
「はっ、口ではなんとも言える」
ネズミのその言葉と共に銃声が響き私は目を瞑る。
数秒後の痛みを覚悟した。
しかし痛みは一向になくゆっくり目を開けると目の前にはうずくまって血の出ている手を抑えたネズミの姿があった。
いったい、なにが?
「——間一髪だったな」
後ろを振り返るとそこには白煙の出た銃を握ったアカリさんが立っていた。
「アカリさん……どうして?」
「どうしてって、そんなのこっちで銃声が聞こえたからだけど?」
「い、いえそうではなくてですね。アカリさんは大勢の賞金稼ぎに襲われていると……」
「あー、それなら気絶させた。本命には逃げられたけど」
「そうですか……でもアカリさんが無事でよかったです」
「そちも無事……とは言い難いけど生きてて何より。それでこの状況の説明をしてもらってもいいか?」
「あー、そうしたいんですけど……少し待ってもらってもいいですか?体に力が入らなくて」
どうにか間一髪のところで2人、いや3人とも無事だった事から緊張が解けてしばらくその場から立ち上がる事が出来なかった。
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