第38話
写真たてを大事そうに抱き抱えるミチルさん。
「娘さんを、家族をなくしてしまったんですね……」
俺が復唱した事をミチルさんは頷く。
「なにも珍しい事なんてない……近所に行けばそんな奴ごまんといる」
顔を上げたミチルさんは潤んだ瞳で俺の方を見る。
「アンタはそうなんだろう?」
「……はい」
「でしょうね……そういう顔をしてる」
次にミチルさんに視線を向けられたカグヤ。
「アンタは……どっちなんだろうね?」
「……」
「まだいるのか、もういないのか……」
「……どう、なんでしょうね」
「!」
ミチルさんは目を見開いた。
理由は当然カグヤの顔を見てだろう。
いったいどんな顔をしてたんだ?
俺は横にいるカグヤの方を見た……けれどその顔は別段いつもと変わりない。
「アカリさん、女の子の顔をじろじろ見るものではありませんよ」
「あ、ごめん……」
笑いながらそう言ったカグヤに俺は違和感を感じた。
釘を刺された?見られたくなかったから……いや、探られたくなったのか?
いま俺はじろじろと言われるだけの時間見てなんかいない。精々が3秒程だ。なのにいつも通りなのに顔をあまり見るなということはそこから分かるかもしれない感情の残滓から推測、つまりは探られることを嫌ったように思える。
いったい何故だろう?流れ的に考えればミチルさんの話、つまりは家族がまだいるかいないかだ。ならカグヤは……。
「ん?ミチルさん、あれってなんですか?」
考える俺をよそにカグヤは棚の上に束で置かれた封筒を指さす。
「あぁ、それは手紙」
「へー、ミチルさん宛のですか?多いですね」
「私から娘へのよ」
「え、でも娘さんはたしか……」
ミチルさんは立ち上がると束になった手紙を手に取る。
「娘が14の時だった。もっと稼ぎの良い仕事をするためにこの町を出て首都へ向かった数日後……首都に隕石弾が落ちた」
感傷を感じさせるミチルさんの声にカグヤは耐えきれずか悲しそうに目線を誰にでもなく何もない場所は逸らし悔しそうに下唇を噛み締める。
「しかもなんの因果か隕石弾はどんぴしゃに娘の住む予定だった場所に落ちた」
ミチルさんは手紙の束の隙間から1枚の写真を取り出し机の上に置くとそこには無惨に吹き飛んだ建物の数々が写っていた。
「ネズミに無理言って頼んだ当時の娘が住む予定だった場所の写真。こんなのを見たなら嫌でも分かってしまう……生きてる可能性なんてある筈ないって……でも」
ミチルさんは手紙を名残惜しそうに触れる。
「信じたくなった……でもそこまで行くことの出来ないからせめて手紙を書いてあの子の勤め先に送ろうとした……でも、出来なかった。もし返事が返ってこなかったなら生きてないと確定してしまいそうで、怖くて……出せなかった」
よくある事だと言って、もう区切りがついたように言っておきながらその実未練たっぷりなのだと感じられる。
何も出来なかったが故の未練か。
もしもという自分の心の壁に阻まれただけに今も……いや、この先もずっと消えないんだろうな。
気の毒だと思う。でも未練や後悔は自分から発生したもの。どんな形であれ自分で踏ん切りをつけるしかなく他人がどうこうする問題じゃない。
——そう、俺は思ったのだが。
「じゃあその手紙、私達が運びましょう」
「「は?」」
カグヤの言葉に俺とミチルさんは同時に同じ反応をする。
「私達実は此処での用事を済ませたら手紙を届ける仕事をやるためにこのエリアの首都に許可証を貰いに行くんです。だからそのついでに——」
「ちょっと待て。なにを勝手に話を進めてるんだ」
話が妙な方向に行き始め慌てて止める。するとカグヤは不思議そうに首を傾げた。
「あれ?私変なことを言いましたか?」
「言ってる。まだ許可を貰ってないのに仕事を受けるなんて……」
「これは仕事ではありませんよ。あくまで目的地が一緒だからそのついでにという話、つまりは人助けです」
「人助け?」
「そう、人助けです。困っている人がいるなら手を差し伸べる。ただそれだけの事ですよ」
カグヤは胸を張ってそう言う。
善意の人助け……分からないではないけどそれはあくまで知り合いの場合だ。知らない人間が困っていたから助けるなんてリスクが大きすぎる愚行だ。する方も、そして受ける方も。
「どうですかミチルさん?私達に手紙の配達を任せてみてはくれませんか?」
「……なにが狙い?」
「え?」
「一体なんの目的でこの手紙を持って行こうとしてるって聞いてんのよ」
ミチルさんは凄い剣幕で俺達を睨む。
まあ、それは怒るよな。
今のはカグヤ、というか俺達か……ミチルさんの弱みを利用しようとしている様にしか見えない。しかも仕事じゃなく人助けなんて何より胡散臭いことを言って。
「金?情報?それとも何かの偽装工作?なんにしろこの手紙は絶対渡さない!分かったなら町から出ていけ!」
「あ!まってミチルさん——」
ミチルさんは手紙の束を自身の懐に仕舞い込みとカグヤの言葉を聞かず外へ出て行ってしまった。
「……アカリさん、私は何か間違ってしまったのでしょうか」
開け放った扉を見つめながらの寂しそうな声のカグヤ。
無視して黙っているのがこの場合優しさなのかもしれない……けれど言わなければ同じ事を繰り返してしまうだろう。だったら……。
「ああ、間違った」
「……なにを、でしょうか」
「善意の人助けが通ると思い込んでるところかな」
「……詳しくお願いします」
「本当なら善意の人助けっていうのは良いことだ……でもそれは酷く胡散臭い。現に信じて何かに利用され物を盗まれたり殺され売られた人達は少なくない」
カグヤは信じられなと言わんばかりに驚愕の表情を浮かべる。
「無償の人助けは端から成立しない。やるだけ自分が傷つくだけだ」
カグヤは小さな声で「……でも」と呟く。
「……それでも人助けをしたいなら、なんでもいいから見返りを求めるんだな」
その言葉にカグヤは悲しそうに俯いたままこたえない。
その後、数分もしないうちに俺達の様子を見に来たネズミに促されて家から出た。
外にいたミチルさんは会った時よりも不機嫌で俺やカグヤにもう目も合わせてくれず会話も必要最低限かつ返事を許さない一方通行。
なんとも居心地の悪い空気の中、案内のもと目的に辿り着いた。
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