第37話
楽しい観光を終えその日は幕を閉じる——などという事はなく俺はトラックのコンテナに設けられた小さな自室で準備をする。
「防弾チョッキに手足のプロテクターよし。体の調子も悪くない。あとは……」
ベッドの上に置かれた2本のナイフと銃一丁に弾倉1個を見る。
使わないならそれでいいけど、何事にもまさかの事態はつきものだよな……。
武器を装備し予備の弾倉を嫌々ポケットに入れる。
「アカリさん、準備は出来ましたか?」
部屋の扉をノックしたあとカグヤの声がする。
「ああ、今終わった」
「では予定通りネズミと案内人が待っているポイントへ向かいます」
「それはいいけど、運転大丈夫か?」
カグヤは知識としては車の運転方法は知っているけれど実際に運転した事はないらしい。このトラックの装甲は特別性だからちょっとやそっとの事では壊れたりはしないけれどやはり心配になってしまう。
「なにもSDを操縦するわけではないんです。問題ありませんよ」
「でもな……」
「心配なら尚更私がやらないとダメでしょう?これから先、あなた抜きでも運転出来るようにしておかないと困る場面だってあるかもしれないんですから」
うーん、そう言われたら確かにそうではある。ならこの機会にというにはタイミングが悪い気もするけどやってもらおうかな。
「じゃあ頼む——って、もう運転席に戻ったか」
やれやれと言いつつ自室を出て俺もまた運転席へと向かう。
待ち合わせ場所は町の東側にある古びた花屋の前。そこにはネズミともう1人、人殺しの元まで連れて行ってくれる案内人が待っていた。
「お待たせしまた」
トラックから降りると早速カグヤが挨拶する。
「いやいや、はやいくらいさ」
「まさか本当に来るなんて。とんだ命知らずかお人好しなのね」
「おい……」
この声、あのフードの案内人は女か。
外面バッチリなネズミと打って変わって横でフードを被った女の態度にネズミは顔をしかめる。
「もしかしてその方が?」
「ああそうだ。こいつが案内人兼この花屋の店主のミチルさんだ」
ネズミがそう言うとミチルと呼ばれた女はフードをとると包帯を巻きガーゼの貼られた素顔を晒した。
あの様子は、隕石弾……いや爆弾なんか爆発に巻き込まれたか。
痛々しくはある。けれど色々酷い世界であるからあんな怪我をした人はざらに見る。だからなにも珍しい事じゃない。
けれどカグヤは違った。
「どうした嬢ちゃん?青い顔して?」
「っ……い、いえ、昼間に少し食べ過ぎてしまって」
「はは、そいつは贅沢な悩みだこった」
陽気に笑うネズミと下手くそな作り笑顔のカグヤ。
ネズミはカグヤが過去の人間でこの世界の常識に疎く慣れていない事を知らないから本当に食べ過ぎなんだと思い込んでいる。
ここはトラックの中へ戻すべきかと思った矢先にミチルが深いため息を吐くと俺とカグヤの方を見る。
「店の中に胃腸薬があるから着いてきな」
「え……い、いや、そんな、悪いですし」
「いいからきな。それとそこのボウズ」
「俺ですか?」
「アンタ以外にボウズなんていないでしょうが」
「あ、はい。たしかに」
「横の小娘を担いで中に入りな。でないとこの後の案内は断る」
そう言われてしまっては従うしかない。
俺は嫌がるカグヤを抱き上げてミチルさんの後を追う。
「ミチルさん!俺も中に入っていいのかい!いいなら是非ともおじゃまして〜」
「おっさんの出入りはお断り」
「ちょっ、酷くないか!?」
ネズミは入店を拒絶され待機となった。
店の中に入ると中は花屋だけあって様々な花が置いてあり思わず目を奪われる。
「すごい……こんなに色々な花が咲いてるなんて」
今の地球は異常気象により常に厚い雲に空が覆われ太陽の光が差し込まない。故に自然と気温は低くなり植物なんかは育ちづらくなっている。
「一体どうやって?」
「あ?そんなの教えてやる義理はないわね」
即行拒否されしまった。
まあ確かに教える義理なんてないのだけれどももう少し優しい言い方はないのだろうか。
「蛍光灯で太陽光の代用をしているんですね」
腕の中のカグヤがそう口にした。
「蛍光灯って、そんなので代用できるのか?」
「出来ます。ただし紫外線蛍光灯やLEDなんかに限りますけどね」
ふーん、てっ、よくよく考えたら俺も野菜なんかを育てるのにライトなんかの光を代用してたし同じことか。
「へー、中々詳しいじゃない」
「少しばかりの知識です。私も花が好きですから」
そんな会話をしながら店の奥へと入っていくと椅子とテーブルがあり俺達は座った。
「さて、あんた達を此処にわざわざ連れて来た理由だけど」
「あ、胃痛薬ならは本当に結構で……」
「あー、その話は嘘。胃痛薬なんてない」
「え、じゃあどうして?」
不思議そうに首を傾げるカグヤを鋭い視線を向けたあとミチルさんはため息を吐いた。
「……悪いことは言わない。この話から手を引いて逃げな」
「え?」
「ネズミは気づかなかったようだけどアンタ、さっき私のこの顔を見て顔を青くしたんだろう?」
「っ……」
「私たち女は男に比べて少しばかり血生臭くない仕事を多く選べる。そういった女は戦いや怪我人を見慣れてない反応をする奴が多いんだ。さっきのアンタみたいにね」
それは盲点だった。
俺達男は戦いや諜報に武器製造といった血生臭い仕事につくのが当たり前だと考えている節があって女もそうなのだと思い込んでいた。
まあ、何を選ぶかは当人の自由であり他人がとやかく言う権利はない。
でも残酷な話、血生臭い仕事を選ばないという事は色々な事から身を守る手段が得られない。
ああ……だからか。ネズミや何も知らなかったであろう俺が顔を青くしたカグヤの反応に違和感を覚えなかったのは。
皆んな出会う前にい死んでしまっている。
「これからアンタ達が行こうとしている所に居るのは掛け値なしの人殺し……私の顔を見て動揺する様な子供が行く場所なんかじゃない。やめときな」
「……だとしても、私は、私達は行かないといけないんです」
「っ、どうして分からない!命の無駄だって事が分からないのかい!」
激情に任せてミチルさんが立ち上がる。するとその背後の棚に置いたあった写真たてが床に落下した。
ミチルさんは慌てて写真たてを拾うと大事そうに抱きしめる。
「その写真に写っていたのはもしかして……」
「見たのかい」
「はい」
落ちた時に見えた写真に写っていたのはミチルさん、それともう1人。
「これは、娘の写真だよ……もう居ないね」
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