第36話

 まったく読めない。


 大事な人達であるテレサさんを助けるための行動をアカリさんは後回しにして目についた本屋や食べ物屋に雑貨屋などに入って観光を楽しんでいる。

 

 この行動になんの意味があるのだろう?

 私がわからないだけで何か意味があるのだろうか?


「店主さん、この緑のバケツみたいなのはなんですか?」

「兄ちゃん見るのは初めてか?そいつはスライムってんだ」

「すらいむ?」


 首を傾げるアカリさんに店の店主は中身を出してみる事を勧める。そして中身を手に乗せて驚くアカリさんを見て店主は大笑いする。


「……これじゃあ本当にただの観光ですね」


 不真面目さを怒るべきなのだろう。

 でも私はそれが出来ない。


 はあ……あんなに、子供の様に楽しそうな姿を見たら怒る気になれませんね。


「——カグヤ!カグヤも触ってみろよ!これ、すっごい変で面白いぞ!」

「いえ、私は遠慮しておきます」

「そうなのか?このスライムっていう相手に飲ませて使う凶器、本来の用途として使わなくても面白いのに」

「……スライムを触るのは遠慮しますが純真無垢なお客様に間違った知識を吹き込む店主にはクレームを入れないといけないようですね」


 ファミレス跡の雑貨屋の店主にしっかりクレームという名のお説教をし次へ向かう。


 そこには様々な絵が飾られているバレー教室の跡地を利用した絵画展。


「色々な絵が飾ってある。特にこの絵なんか斬新だ」

「ほほほ、お客さん、お若いのにお目が高い。その絵はピカソといって名画中の名画でございますよ」

「へー、芸術て全然わからないけどこういう絵が名画なのか。てっきり子供が描いた落書きだと思ってしまいましたよ」

「ほほほ、お客さんもまだまだですな」

「「ははははは!」」


 アカリさんは老店主は楽しそうだ。


 うん、楽しそうなのはいいんですけれども……この絵ってピカソなんかじゃなくてアカリさんが言った通りどこからどう見ても子供の落書きですね。画用紙にクレヨンで描いてますし。


 何処の世界に画用紙に絵を描くピカソがいるのかと、無知というのは恐ろしいものだ。

 しかし見て展示している人達が楽しいなら嘘も方便なのだろう。


「それでですねお客さん、今ならなんとこの絵がたったこの値段で……」

「ん?」

「こら!偽物で堂々と商売するのはやめなさい!」


 本物のピカソはどんなであるかを正座させた2人に説明し二度と偽物を売らないように注意すると次へ向かう。

 

 立ち寄った場所でその都度アカリさんは楽しそうになり私は助けた。


 冗談にしてほしいくらいの偽物商品の数々に本物を知識のみだが知る私は自分が疑問を持つ事がおかしいのだろうかと思い始めていた。


「偽物が悪いなんてルールはない……けど勝手に語ってそれでお金儲けをしようとするのを見るとどうも……」


 そう呟くと横で面白そうにアカリさんは笑う。


「それはそれでいいさ。その本物が相当に良い物だって証拠なんだろうし」

「だからってそれを認めていたら本物を作った人を侮辱する事だってあるかもしれないんですよ?」

「それだったら作ってもいない俺達がとやかく言う事じゃないだろう?偽物を認めない権利を持ってるのは本物の製作者だけなんだから」

「た、たしかに……でも本物の製作者がもう亡くなっている場合はどうなんです?」

「うーん、許されていいんじゃないか?」

「そんな適当な……」


 しかしアカリさんの言っている事も一理ある。消費者の立場である私達がさも生産者になった様にとやかく言うのは違うのだから。


「はあ……これからは偶然同名の方で偶然同名の作品だと思うようにしましょう」


 そう呟くと横を歩きながら楽しそうに笑顔を浮かべるアカリさん。


「そろそろこたえてもらっていいですか?」

「なにを?」

「人殺しの件を後回しにして観光している理由です」

「ああ、そのことか」

「何か目的があっての事なんですか?」


 アカリさんは苦笑いを浮かべる。


 いじわるな言い方をするな……私は。


 目的なんて聞かなくてももうわかっている。なのに責めるような言い方をしてしまっている自分に嫌気がする。


 彼に目的なんてない。ただ純粋に観光を楽しんでいるだけだ。


「此処自体は来た事があるんだ。ただその時は前の仕事の行きや帰りなんかで通り過ぎるだけだった……だから見て触れたくなったんだ」


 予想通りの答えに黙って首を縦に振る。


 そしてその後に予想していない言葉が続く。


「時と場合を選ばなくちゃいけないのは十分わかってる。けどこの今を逃したらしばらく見る事はない」

「どうしてですか?問題が解決したなら時間なんていくらでも……」

「多分だけどこの後件の人殺しとの戦いはかなりの大事になる。もしかしたらミーティアを出さないといけないくらいの」

「それはいくらなんでも……」

「考えすぎか?そうかもしれないな……でも相手はSDを持ってるかもしれない」

「でもネズミはSDの事なんてなにも言っていませんでしたよ?」

「人殺しが隠してる場合やネズミが脅されて敢えて黙ってる可能性だってあるだろう?」

「あ」


 その可能性は失念していた。


 なぜ繋がっている可能性を私は考えなかった?ネズミは人殺しについて困っている様子だったからか?テレサさん達の情報を流させたくらいには接触は確実にあったといのに。


「……失態ですね」

「まだ確実にそうだと決まったわけじゃないんだ。気にするには早いよ」


 アカリさんはそう言うけれどはいそうですねと受け入れられない。


 もしこの可能性を考える前に人殺しの所に向かったら最悪アカリさんや私は死んでいた可能性があった……アカリさんが今観光をしてこの時間がなければ。


「……もしかしてこの可能性を私に教えるために今観光を?」

「まさか。理由はさっき言った通り時間がないかもしれないそれだけ」

「えー」


 あっけらかんに想像を否定されてしまった。


「でも早くから気づいてたんですよね?」

「まあ、昨日の廃ビルから帰る時点では」


 そんな段階から……。


「だったら今日観光をしてそれを聞くタイミングがなければどうしていたんですか?」


 アカリさんの口ぶりから察するに今この話をしたのは偶々私が話を聞いたから。

 つまり話しても話さなくてもどうにかする策はあったということになる。


「それはな……」


 アカリさんは雲のかかった空を見上げる。


「……この後の展開次第かな」


 またまた想像は否定され思った以上に緩い考えだった。

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