第35話

 早朝、尋ねてきたネズミをカグヤと共にトラックの前で応対する。


「この様な早朝に何かごようですか?」


 さっきまで寝起きで布団に入ればまた眠りそうだったくせにそう思わせない冷徹スマイルを浮かべながらカグヤは問う。


「そんなに邪険に扱わないでくれよ。こっちは急いで頼まれた情報を持ってきてやったんだからよ」


 しかし流石は信用厚い情報屋、ネズミ。昨日の今日ではカグヤへの動揺はもう見られない。


「中々無茶な事を言いますね。あなたは自分を襲おうとした相手に両手を広げて迎えられますか?」

「おっとと、そいつを言われるとな……」

「ふふ、冗談です。その話は誤解を解いてもらえた事でちゃらになりましたので……ではおふざけはこの辺りにして情報を聞かせてもらえますか」

「おっとと、そうだったな。奴の居場所だが……」


 ネズミが語り出そうとする直後カグヤは俺の方を見る。


 それは事前に決めた合図だ。


 ネズミが来た場合、罠や伏兵の存在に件の人殺しに尾行されていないかの確認を黙って俺を見るという動作を問いにし危険があるなら首を縦に振りないなら横に振る。


 危惧していた危険は一切なく首を横に振った。


「奴は今町の北側にある酒場だった場所を寝ぐらにしている」

「……だった、ですか」

「お察しの通り……酒場の従業員を殺して乗っ取ったのさ」

「……」

「付近に案内人を手配してある。お前達の事は教えてあるから行けば向こうから話しかけてくれる筈だ」

「分かりました。準備が整い次第向かい対処します」


 話は終わりネズミを見送ると俺とカグヤはトラックの中で途中だった朝食を再開した。


 しかしカグヤは悲しそうな顔をし手にしたパンを中々口に運べずいた。


「食わないと力が出ないぞ」

「……わかっています」


 そう言いつつ食べようとしない。


「はぁ……人殺しが酒場の従業員を殺して乗っ取った話をネズミに聞いた後からそんな顔をしてるな」

「……話してた時から顔に出てましたか?」

「いいや出てなかった」

「……ひっかけたんですか?」

「そんなつもりはない。そっちが勝手に勘違いしただけだ」

「むっ……」


 カグヤは不満そうに頬を膨らませる。


「雑念がある事が悪い事とは言わないけれど大き過ぎるならとっとと吐き出した方がいい」


 大き過ぎる雑念は心身ともに害だ。

 考えを鈍らせたり咄嗟の時に体が動かなくなったりするというが昔実際に体験したことがあるから嘘じゃない。

 

「……許せないんです」

「これから会いに行く人殺しが?」

「そうです……けれど根本は少し違います」「根本?」

「この世界です」


 世界ときたか。


「人が人をさも当然の様に殺しているなんて……」

「その話は此処に来る前にも何回かしただろう?それが生きる手段で当たり前なんだって」

「……ええ、確かに何回も聞きました」

「だったら……」

「それでも納得出来ないんです!!」


 机を強く叩いて立ち上がっるカグヤ。


「命の重みより金銭の方が重いものと認知されているなんてあってはならない事なんです!ましてや自己の快楽のために命を奪う者がのうのうと跋扈するなんて論外です!」


 両目には涙を溜め表情は険しい。

 悲しいのか怒っているのかいまいち分からない。けれど言葉通りカグヤがこの世界を許せない気持ちだけは分かる。

 

 ……分かるけれどだ。


「かと言って世界が気に入らないといったところでだぞ。どうこう出来る事でもないだろう?」

「それは……そうなんですけど……」

「それともお前がなってみるか?この荒れ果てた地球の指導者にさ?」


 なったらなったらで支持する者は一定数は出てくるだろう。月のお姫様として経験故か頭は良く口は達者、しかも優しいときているのだから。向いているといえば向いている。


「嫌ですよ。指導者なんてまっぴらです」

「え、なんでさ?」

「他にやりたい事があるのに指導者なんて面倒なことやってられませんよ」


 少し予想外の反応だ。

 カグヤの性格はだいぶ甘いからもしもの時は自分が地球を良くする気でいるのかと思っていたのに。


「向いてると思うんだけどな?」

「……アカリくん。嫌な事を言いますけど構いませんか?」


 手でどうぞとジェスチャーする。


「今のあなたは殺しが向いているのだから自由を捨てて殺しをやれと言われたらしますか?」

「百パーない」

「でしょう?つまりそういう事です」


 そう言って先程まで口に入れなかったパンをカグヤは不満げに小さい口を開けて食べる。


 他にやりたいことか……それは俺に語った目的の事なのか、それとも別の事なのか……いや、やめよう。これ以上は考えるだけ無駄だ。本人が何も言わないんだから。


 なにはともあれ朝食は無事終わり俺達は案内人のもとへ——まだ行かない。

 

「流石にどうかと思いますよ?」

「なにが?」


 横を歩くカグヤにそう返答するとカグヤは俺のことをまるで関わるのも嫌な奴でも見るよう目で見る。


「流石にそんな目されたら傷つくんだけど?」

「でも仕方ないと思いませんか?テレサさん達を助けるのを後回しにして町を観光したいだなんて」

「まあ、そうなんだけさ……今じゃないとダメなんだよ」

「人助けを後回しにしてでも?」

「ああ」


 カグヤは眉間に皺を寄せて首を捻る。


「……理由はありますか?」

「当然ある」

「なら聞かせてもらえますか」


 俺は首を縦に振る。


「理由は——あ、本屋発見!」

「ちょっ!説明!説明まだですから走って行かないでください!」


 殺伐とした戦いの前の楽しい観光は続く。

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