第34話

 真犯人は別に存在する。


 ネズミのまさかの真実に声をあげて驚きそうになるがなんとか堪える。


 落ち着け……今は情報を得るのが先だ。


「その男は何者ですか?」

「っ……分からない。つい最近この町に流れて来た奴だからな……」


 流れ者か。ならこの町に来る途中の何処かで知った可能性は十分にある……けど金まで出して情報を流させるっていうのは恨みに近い何かを感じるな。


「男の何か特徴は?まだこの町に?」

「特徴は、すまないが顔を常にフードで隠してて分からない。この町に居るのかという質問だが……俺自身ここ最近見てはいないが絶対にいる事は断言できる」

「見てないのにですか?」


 ネズミは嫌そうに頷く。


 俺に答えるのが嫌って感じ……じゃないな。強いて言うなら思い出すのが嫌って感じか。


「その男は何をしたんです?」

「っ……」


 視線をそらしたって事は当たりか。


「もう一度聞きます。何をしたんですか?」

「……殺しだ」

「殺しって、珍しくもないでしょう」

「ああ、だがそれは大概目的があった場合だろう?でもあいつは違う。あいつは、なんの目的もなく嬉々として人を殺すんだ。信じられるか?この町に来てから今日まで俺が知ってるだけで20人は殺されてるんだ」


 快楽殺人か……気分の悪い話だ。


「そいつにはまだ賞金がかかってないんですか?」

「勿論かかってるさ……だが行った奴は皆んな返り討ちで死体が増えるばかりだ」

「そうですか……」


 実に厄介だ。金が目的じゃない快楽殺人者が元凶だなんて、今の俺が1番遠慮したい案件じゃないか。


 人殺しなんてしたくないし誰かに任せたい。でも都合上人任せにする訳にもいかない理由から結局自分でどうにかする道しか思いつかない。


 後ろにいるカグヤの方を振り返ると同じ結論になったらしく黙って首を縦に振った。


「……その人殺しの居場所を探してもらいたいんですけど出来ますか?」

「え……そ、そりゃあ時間さえ貰えれば」

「どれだけの時間ですか」

「此処はそんなにでかい町じゃないから、1日貰えればなんとか……」

「1日か……分かりました。それでお願いします」


 ネズミの首から指をどけカグヤの方へ戻る。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ!もしかしてボウズがあの人殺しをどうにかしようって言うのか?」

「勿論。困りますか?」

「い、いや、むしろ助かる話ではあるがよ……一体どうして町一つなんかのために頭のイカレタ人殺しに手を出そうっていうんだ?まさか無償の人助けなんて言わねえよな?」


 理解出来ないといった風なネズミ。


 町はあくまで動物でいえば縄張りのようなもので困った事があるなら捨てればいい。そこに住む住人だって金のやり取りをするだけの関係でしかない。


 この考え方は普通だ。

 だから責めないし彼等に何かを思うこともない。


 ただ俺がおかしいだけだ。


「自由のため……かな」

 

・〜〜〜○


「あ、美味い」


 口に運んだフレンチトーストの美味さに思わず声が出る。


 廃ビルを出ると丁度昼だった。

 だから偶々人の少ない喫茶店に入って俺とカガリは昼食をとっていた。


 たい焼きもそうだけど少し前までこんなのも食べられなかったんだよな……やっぱり自由って良いもんだ。


「どうするつもりですか?」


 対面に座っているカグヤがケーキを食べながら聞いてきた。


「どうするつもりって、甘い物はこれ以上食べたら胸焼けしそうだしお茶だけおかわりを頼んでご馳走様にしようかな——」

「——おかわりの話じゃありません!人殺しの話です!」

「あー、その話か」

「その話って、まさか忘れてたんですか?大事なことなのに……」


 フレンチトーストを頬張る俺を呆れた様な目で見つめるカグヤ。


 忘れてたなんて失敬な。俺はちゃんと覚えているしどうするかもちゃんと考えてもいる。


「忘れてなんかいない。ただ今は急ぐ程切迫してないってだけ」

「その余裕はあの廃ビルを出る前にネズミさんに言った事が理由ですか?」


 俺は黙って頷く。


 俺は最後にネズミに言った。

 人殺しの場所を探してもらう以外に「子供の居る町の話は根も葉もない嘘だった」それと「着物を着た女の子供は実は貧乏人でそれを囮にやばい男の子供が身包みを剥ぐ」という情報をすぐに流せと。


「情報が浸透するまで時間がかかると思ってたけどネズミって情報屋の信用力ってやつかな。ここに入る頃にはもう襲われる事がなかった」

「情報屋って何処もこういうものではないんですか?」

「まさか。これは大分特殊なケース」


 情報屋は基本何処にでも居るし何人も居る。しかしそのどれもが信用されているわけではない。なにしろ中には金ほしさに出鱈目な情報を売る奴だっている。いや、むしろ多いすらある。


 それを踏まえて先にも言った通り町の人間にこうも容易く情報が浸透するのはネズミの情報が正しく客に信用されている証明だ。


「なら、これからネズミさんとは仲良くしておいたほうが良いかもしれませんね」

「そんなあっさり信用していいのか?」

「そう簡単にはしませんよ。でも今の私には手札が少な過ぎますからこの機会に増やしておきたいんです。信用はおいおいです」

「……したたかだな」

「ふふ、褒め言葉として受け取っておきます」


 そう言ってケーキを美味しそうに頬張るカグヤ。


 頭で戦うタイプというのはこれだから恐ろしい。


 自分の様な力主体タイプとは逆のタイプでやりづらく厄介なことも勿論ある。

 しかし真に怖いのは武器である口を動かすまでその者が厄介な相手であるとすら認識させないところにある。


 目の前のカグヤの様に美味いものを食べて純粋に幸せそうに顔をしている事から想像できないように。

 

「……カグヤが仲間でよかったよ」

「はい?」

「なんでもない。ただの独り言」


 自身の幸運を噛みしめながら美味いスイーツを食べ終えると俺達は一度トラックへと戻った。


 その翌日の早朝のことだ……ネズミが俺たちの元へ情報を持って来たのは。

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